• 2025/6/19 00:17

2025年 カナダGPレビュー

 晴天に恵まれたモントリオール。マクラーレン勢が不調に喘ぐ中、メルセデスのジョージ・ラッセルがポール・トゥ・ウィンを果たした。今回も注目ポイントは盛りだくさん。それぞれについて分析的な視点で振り返りを行なってみよう。

1. 純粋なスピードで掴んだ一勝

 ラッセルは予選Q3で、ミディアムタイヤを履いたラストアタックを完璧にまとめ上げ、ポールポジションを獲得した。そしてスタートを決めると、その後は見事なレースペースを見せ、フェルスタッペンにつけ入る隙を与えなかった。

 図1にラッセルとフェルスタッペンのレースペースを示す。

図1 ラッセルとフェルスタッペンのレースペース

 第1スティント序盤は、フェルスタッペンがDRS圏内でラッセルを攻め立てたが、ダーティエア内でそう踏ん張り続けるわけにもいかず、6周目からはペースを落として距離を置いた。そしてここからはラッセルが少しずつフェルスタッペンを引き離し、その差が2秒を超えた12周目にフェルスタッペンはアントネッリに攻め上げられる中ピットへ。

 第2スティントでもラッセルは、スティント前半はフェルスタッペンと比較するとやや抑えめに入り、スティント後半で明確な差をつけた。この第2スティントのクリアラップでは、ラッセルが平均0.16秒、タイヤの差を加味してもやはり0.2秒上回っており、ここで “勝負アリ” となった。

 アントネッリも非常に良いペースで走れており、今回はメルセデスのマシンに非常に競争力があった。現状ではまだ勝負できるトラックとそうでないトラックがあるように見受けられるが、中盤・後半戦に向けてメルセデスが常にトップを争うようになると、タイトル争いの観点でも非常に面白くなってくる。

2. まさかの同士討ち

 今回衝撃的だったのは、何といっても67周目に起きたピアストリとノリスの接触だろう。

 ピアストリはターン1に向けてイン側をブロックするため、ホームストレート上で通常のラインよりも左に寄った。

 このサーキットのターン1,2の形状上、インサイドにいる側の優位性がそもそも高く、アウトから並びかけてターン2でインを取るというのはかなり難しい。だからこそノリスとしてはどうしてもピアストリの隙をついてイン側に入る必要があった。

 だが、そこに隙が無かったにも関わらず、ノリスは入っていってしまった。

  • 10ポイント差で選手権をリードする最大のライバル
  • レースもあと数周
  • ピアストリがアントネッリのDRS圏内に入り、追い抜きがより難しく

そんな局面では、人間は「トンネルビジョン(認知的視野狭窄)」に陥りやすくなる。これは、前頭前野の活動が低下し、注意の範囲が極端に狭まり、「目の前の目標(ピアストリを抜くこと)」だけに意識が集中し、それ以外の重要な情報(スペースがない、ウォールが近い、リスクの大きさ)を正しく認識できなくなる心理状態だ。

 これは、『スペインGPレビュー』にて終盤でのフェルスタッペンの脳の情報処理状態について論じたのと、全く同じ話だ。つまり、ノリスの頭の中は、「ここで、今、抜かなければならない」という思考に支配され、他の選択肢やリスク評価が意識から抜け落ちてしまった可能性が高い。

  この一瞬の判断ミスは、ノリスが「行ける!」と信じ、決して諦めない真のレーサーであることの裏返しでもある。そしてF1というスポーツが、人間の理性と本能のギリギリの境界線で繰り広げられていることを象徴する、非常に示唆に富んだアクシデントだったと言えるだろう。

3. アロンソとヒュルケンベルグの戦略レース

 今回はアロンソとヒュルケンベルグが非常に激しい戦略レースを繰り広げた。

 両者のレースペースを図2に、ギャップの推移を図3に示す。

図2 アロンソとヒュルケンベルグのレースペース
図3 アロンソとヒュルケンベルグのギャップの推移
(ラップリーダーを基準値とする)

3.1. DRSを有効活用した第1スティントのアロンソ

 アロンソは、本来勝負になるはずのないフェラーリのハミルトンに対して、9周目までそのDRS圏内にとどまり続けた。これは1周で3か所ものDRSゾーンを有するトラックでは、多少タイヤを酷使してでも、格上のマシンの1秒以内でDRSを使い続けることによるメリットが大きいからだと考えられる。データを見る限り、DRSとトゥによって0.6秒程度のゲインはありそうで、乱気流による悪影響を差っ引いても、有効性がありそうだ。アロンソはアルピーヌ時代の2022年にも、同様のアプローチを採っており、彼の常套手段としての引き出しの一つなのだろう。

 流石に無理が祟って、スティント後半にはペースが落ちているが、序盤に稼いだ貯金は大きく、ヒュルケンベルグに対して2秒以上のマージンを持って最初のピットストップを迎えることができた。

3.2. ヒュルケンベルグの驚異のロングスティント

 昨年のベルギーGP、今年の中国GPなど、「各車が序盤にピットに入り2ストップが予想される中で、ハードタイヤに履き替えると意外と持ちがよく、1ストップレースになる」というパターンがしばしば見受けられる。今回、それは少数派であったが、これを成し遂げたのがヒュルケンベルグだ。

 ヒュルケンベルグはアロンソの4周後の19周目にピットに入り、ハードタイヤに履き替えた。

 ここで図2に着目すると、アロンソは第2スティントの前半からハイペースを見せている。この中でガスリー、ローソンらをDRSトレインの中であるにも関わらず抜き去り、その後もストロール、ボルトレート、角田、サインツ、オコンと交わしていった。スティント終盤の急激なタイムの落ちも、アグレッシブな走行の裏返しだろう。

 対するヒュルケンベルグは、スティント前半はゆっくり入っており、ガスリーを交わすのにも、そこまでアグレッシブに攻めるわけではなく、タイヤと対話しながらの前進といった様子だった。

 ガスリーを交わしてからは、DRSを持っていない単独走行状態のマシンを交わしていく展開だったため、そこからはすんなりとオーバーテイクを繰り返し、図2からも明らかなように、スティントが進むにつれてタイムをどんどん上げていった。

 そして50周目にアロンソが2回目のピットを終えると、ヒュルケンベルグの6秒後方で復帰したわけだが、31周ものタイヤの履歴差にも関わらず、ペース差は1秒弱しかなく、58周目にDRS圏内に入られてから4周もの間耐えている。これは1ストップを見据えたタイヤマネジメントの結果だ。

3.3. 残り9周まで繰り広げられた極上のバトル

 最終的には、61周目の最終シケインでアロンソが仕留めて7位の座を手にしたが、両ドライバー・両チームに拍手を送りたくなる良いバトルであった。

 特に当サイトでは、2021年のフランスGPに代表されるストップ回数違いのレースの面白さを扱ってきたが、混み合った中団争いでは、戦略の違うマシンたち、特にDRSトレインの処理を計算に入れるのが難しい。その点、集団をアグレッシブにかき分けてくることに成功したアロンソの腕が光り、同様に、その中でタイヤと対話しながら歩みを進めてきたヒュルケンベルグも素晴らしかった。

 このようなバトルがあるからこそ、F1は面白い。筆者にとっても、そう再認識できるレースであった。

4. まとめと次戦の展望

 ラッセルが見事な走りで今季初勝利を飾り、特殊なトラックとはいえ、メルセデス復調の兆しを印象づけた一戦だった。一方、マクラーレンはドライバー同士の接触で大きな痛手を負い、チーム運営の難しさが浮き彫りになった。そして、中団ではアロンソとヒュルケンベルグが異なる戦略で魅せ、F1の奥深さを改めて感じさせてくれた。

 次戦オーストリアは高地+スプリント開催。再び3か所のDRSゾーンが設定され、バトルが多くみられるトラックだが、ターン4では接触が起こりやすく、波乱が起きやすい一面も持つ。マクラーレンやレッドブルにとっては巻き返しの舞台だが、勢いに乗るメルセデスが再び競争力を見せるのか、フェラーリの躍進はあるのか、興味が尽きない一戦になりそうだ。

5. インタラクティブグラフ

 自分でさらにデータを深掘りしたいという方には、こちらのグラフを使っていただければ幸いだ。

 各車のペースグラフとギャップグラフをインタラクティブな形にしており、ボタン操作で見たいドライバーだけを表示できる。ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶしてあるため、レース文脈も把握しやすい。右上のボタンでダウンロードやズームなども可能だ。

 ぜひ、ご活用いただきたい。

Race Lap Time Interactive Graph

Lap Times

Drivers: VERTSUNORPIALECHAMRUSANTALOSTRGASCOLOCOBEAHADLAWALBSAIHULBOR
−101234561:14.0001:15.0001:16.0001:17.0001:18.0001:19.0001:20.0001:21.0001:22.000
LapTime (m:s)

Gap to Leader

注意点:

ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶした。

Takumi, ChatGPT

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