フェルスタッペンが8ポイントリードして迎えたサウジアラビアGP。王座決定まで残すところ2戦となった中で、予選から非常に緊迫した戦いが繰り広げられた。
※レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した
目次
- 予選で魅了したフェルスタッペン
- 一つ目の分岐点はシューマッハのクラッシュ
- 物議を醸した再スタート
- “限界を超えた”激動のレース後半
- 同点でいざ最終決戦へ
- 用語解説
1. 予選で魅了したフェルスタッペン
予選Q3では凄まじい攻めの走りを見せたフェルスタッペン。結果的には最終コーナーでのクラッシュに繋がってしまったが、「これぞF1の予選」と感じた観戦者も多かったのではないだろうか。タイトル争いのこの局面で、あれができるドライバーはそう多くはないだろう。
何れにせよ、何がなんでもハミルトンに勝つという気迫が見えたアタックだった。そしてその気迫がレースでは様々な形で顕在化することになる。
2. 一つ目の分岐点はシューマッハのクラッシュ
レースでは、ハミルトンとフェルスタッペンの間にボッタスがいた事もあり、スタートからしばらくは大人しい展開となった。しかし10周目、シューマッハのクラッシュからレースが動き始める。
ここでメルセデス陣営はハミルトンとボッタスのタイヤ交換を選択、レッドブル陣営はフェルスタッペンのステイアウトを選択した。これによってフェルスタッペンが先頭に立った。まずは、この両陣営の選択について考えてみよう。
赤旗が出なかった場合、どんな展開になっていたのかを考えるため、まず図1にハミルトン、ルクレール、オコンのレースペースを示す。彼らはスタートでミディアムを履き、第1スティントをクリーンエアで走行した。
Fig.1 ハミルトン、ルクレール、オコンのレースペース
ルクレールがやや右肩上がりとなっているが、ほぼ各車タイムが横ばいのため、ミディアムタイヤのデグラデーションはフューエルエフェクトと同じ0.08[s/lap]程度と見て良いだろう。フェルスタッペンにも同様の数値が当てはまるとすると、10周古いミディアムタイヤは0.8秒ほど性能劣化していたと考えられる。
よって、あのまま赤旗が出ず、15周目に再開されレースが進んだ場合、新品のハードタイヤのハミルトンはフェルスタッペンをあっさりパスして引き離していただろう。
単純に1周0.8秒離されつつも、フェルスタッペンが均等割の25周目まで引っ張った場合、ハミルトンの約30秒後方で復帰することになる。また図2でミディアムと同様に各車のハードタイヤのデグラデーションを見ると0.05[s/lap]程度と考えて良いだろう。すると、10周目ピットのハミルトンより15周新しいタイヤは、今度はフェルスタッペンに0.8秒のアドバンテージをもたらすことになる。
Fig.2 オコン、ガスリー、ノリスのレースペース
この場合フェルスタッペンはハミルトンの約9秒後ろでフィニッシュしていた計算になるが、フェルスタッペンの土台となるペースがあと0.2秒速ければ、計算上ハミルトンの2秒後ろでのフィニッシュとなる。さらにこの場合は、再スタート後にハミルトンがフェルスタッペンを仕留めるのにも時間がかかった可能性もあり、最終盤にフェルスタッペンがハミルトンをオーバーテイクできていたかもしれない。実際にはミディアムとハードのペース差なども支配因子となってくるものの、あのままメルセデスと同じ戦略で1ストップレースを進めればノーチャンスだったため、少なくともメルセデスの逆をやったのは賢い判断だった。
Fig.2 オコン、ガスリー、ノリスのレースペース
3. 物議を醸した再スタート
実際には赤旗が出され、フェルスタッペンが一躍トップに躍り出ることになったわけだが、このスタートで事件が起きる。まず、ハミルトンが抜群の加速でフェルスタッペンの前に出た。これに対してフェルスタッペンも一歩も引かないレイトブレーキングで並びかけ、ターン1をショートカットする形でターン2でハミルトンのインを取る。これはコース外走行によってアドバンテージを得ており(本来なら危険なコース復帰も取られてもおかしくなかった)、後に問題となる。
ここで、物議を醸したのは、FIA側の対応だ。多重クラッシュによって再び赤旗が提示された後、中断中にレースディレクターからレッドブルに再スタート時の順位に関する選択権が与えられたのだ。選択肢は
・コース外走行のアドバンテージを保持したまま先頭からスタートするか
・アドバンテージを捨ててハミルトンの後ろからスタートするか
の2択だ。これは異例のことであり、戸惑った観戦者、関係者も多かったのではないだろうか?
こうした際にはレースのオフィシャル側が毅然とした運営を行い、グリッドを決めるべきだとの意見も真っ当だ。一方で、レッドブル側に選択権を委ねた今回の判断にも正当性がある。
というのも赤旗がなければ、フェルスタッペンは先頭を走り、ペナルティを受ける可能性を受け入れてでも首位を走り続けるか、順位を戻してペナルティのリスクを避けるかは、レッドブルとフェルスタッペンの判断になるからだ。また、それをレースディレクターが指示するのも通常のプロセスだ。
赤旗によって、判断のプロセスが通常と異なるものになってしまったが、このような観点からはレースディレクターのマイケル・マシの運営は適切なものだったと言える。
結果的には全ての映像を検証した結果、フェルスタッペンは順位を戻すことになり、オコン、ハミルトン、フェルスタッペンの順位でレースを再スタートすることとなった。レッドブルとしては奇数グリッドを得て、悪い気はしなかっただろう。
4. “限界を超えた”激動のレース後半
この再スタートでフェルスタッペンはミディアムタイヤを履き、3番グリッドから先頭を奪うことに成功した。ここから先の2人のレースを図3で振り返ってみよう。
Fig.3 ハミルトンとフェルスタッペンのレースペース
ハミルトンは、スティント前半では特にセクター1の高速コーナーでタイヤを労っていたように見えたが、ハードタイヤのハミルトンがペースで上回っていることを伺わせる展開となった。最初に牙を剥いたのが36周目だ。最終コーナーでフェルスタッペンに対しアウト側のラインを取ると、直線的に立ち上がり、ターン1進入時には半車身ほど前にでいた。対するフェルスタッペンも引一歩も引かず、ブレーキングを遅らせてハミルトンを押し出し、自身もスライドしながらターン1をショートカット。これが再度コース外でアドバンテージを得たことになり、ハミルトンに対してポジションを譲るよう指示が出た。
だが、ここでアクシデントが発生する。フェルスタッペンは37周目の最終コーナー手前でスロー走行し、ハミルトンはDRS検知ポイントを前で通過するのを嫌って追い越さず、押し問答のような駆け引きの結果、108[km/h]まで減速したフェルスタッペンにハミルトンが追突したのだ。ちなみに予選時の当該箇所の通過スピードは325[km/h]だ。
開幕戦ではターン4のコース外からのオーバーテイク後、バックストレートで道を譲ったフェルスタッペン。当時は当サイトでは「もっとズル賢い譲り方」をしても良いのではないか?という趣旨の記事を投稿した(当時の記事はこちら)が、今回のフェルスタッペンは道を譲りつつも自身がDRSを獲得し、ホームストレートで再度オーバーテイクできるようバトルをデザインした。
しかし、フェルスタッペンにポジションを譲るよう指示が飛んでいたことを知らされていなかったハミルトンは、急な(2.4Gの)減速に対応しきれず、追突してしまった。スチュワードもこの急な減速を主な理由として、レース後に10秒加算ペナルティを言い渡している。
フェルスタッペンは走行ラインも「いわゆる道を譲るライン」ではなくレコードライン上か、接触の時点では少しセンターに寄っているようにも見え、ハミルトンの最終コーナーへのターンインを少しでもキツくしようという意図が見て取れた。そうした駆け引きはゲームの内だが、少しやり過ぎだったとも言える。
その後42周目にも、フェルスタッペンはハミルトンに意図的にポジションを譲り、自身がDRSを獲得してターン1で順位を守った。43周目にも同様の形を取ろうとしたが、ハミルトンがフェルスタッペンをコースの外側に押し出し、ターン1での再逆転は叶わず、ここで勝負アリとなった。
このハミルトンの押し出しは、オーストリアでノリスやペレスの件に照らし合わせればペナルティに相当すると思われるが、ブラジルでのフェルスタッペンとハミルトンのバトルを基準にすれば審議に値しない。ステアリングを意図的に切らなかったという点では2016年のオーストリアとも近く、当時はロズベルグに10秒加算ペナルティが与えられた。
ここ数戦の流れ、特にチャンピオン争いの2人のバトルでの流れを考えれば、ペナルティの対象とならなかったのは頷けるが、フェルスタッペンのターン1での走りと合わせて、F1のバトルの在り方について大きな疑問符がついているのも明確に示されてしまった。
ちなみに、サインツやストロールのペースを見ると、ミディアムタイヤでも競争力があり、フェルスタッペンのタイヤチョイスが間違っていたとは言えない。フェルスタッペンの後半のペースダウンは接触によるリアのダメージの影響が大きかったと思われる。
ここでは、再スタートでチャンスを作ることの方が重要であり、10周目の選択同様、レッドブルの判断力の高さが伺える。
5. 同点でいざ最終決戦へ
今回のレースを終えて、フェルスタッペンとハミルトンは369.5ポイントで同点となった。最終戦で勝った方がチャンピオンという分かりやすい展開だが、最終戦で両者がノーポイントの場合は勝利数で勝るフェルスタッペンが初タイトル獲得となる。
両者接触という後味の悪い結果にならないよう、FIAも最善を尽くすと思われるが、ここ数戦の両者の戦いぶりを見ていると、最悪の結末を予想するファンや関係者も少なからずいるだろう。流石に故意にクラッシュするようなことはないと思われるが、ディフェンスやオーバーテイクのアグレッシブさが度を越してしまうことは十分に考えられる。
FIAには事前にスポーツマンシップに反する行いに関するペナルティの基準の明確化を、そしてチームとドライバー2名には、最後の一線を超えない範囲でのフェアで激しいバトルを期待したい。
6. 用語解説
ステイアウト:ピットに入らないこと
クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。
デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。
フューエルエフェクト:燃料搭載量がラップタイムに及ぼす影響。燃料が重くなることでより大きな慣性力(加速しない、止まれない)が働き、コーナリング時も遠心力が大きくなり曲がれなくなる。それによって落ちるラップタイムへの影響を1周あたりで[s/lap]としたり、単位質量あたりで[s/kg]、あるいは単位体積あたりで[s/l]としたりする。また英語でFuel Effectで、様々なカタカナ表記があるが、当サイトでは2021年サウジアラビアGPより「フューエルエフェクト」と[s/lap]を標準として扱う。
オーバーテイク:追い抜き
DRS:前車と1.000秒以内にいると使えるオーバーテイク促進システム。DRSゾーンのみ使用ができる。通常1箇所か2箇所に設定される。その少し手前に設定された検知ポイントでタイム差を計測するので、後ろのドライバーにとっては例えサーキットの他の部分で離されようともそこで1.000秒以内に入れるようにすることが重要で、そのためにエネルギーマネジメントを調整する(「ターン15で近づきたいからターン1〜7で充電してターン8〜14で放出しよう」など)。前のドライバーはその逆を考え、裏をかいた奇襲なども考えられる。