• 2024/4/27 18:57

2022年前半戦総括レビュー(1) 〜フェラーリの取りこぼし〜

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 フェラーリの戦略問題が大きな話題を呼んでしまったハンガリーGPを終え、F1は次戦ベルギーGPまで1ヶ月の夏休みに入る。各チームはこの間に連続した14日間のシャットダウンを行わなければならず、設計・開発・製造・ミーディングなどは行うことができない。

 文字通りの夏休みだが、この機会に前半戦を振り返ってみよう。本記事Part1ではタイトル争いに焦点を当てる。単なるフェラーリ批判ではなく、現状の分析と今後に向けて何ができるか考えてみたい次第だ。

1. フェラーリはどれだけポイントを失ったか?

 レッドブル&フェルスタッペンがレースの巧さを発揮して大量リードを築いた前半戦。一方のフェラーリはドライバーのミス、戦略・戦術面でのミス、そして信頼性の問題と、種々の要因でポイントを失ってきた。まずは表1にて、ルクレールがフェルスタッペンに対して上記3要因でどれだけの取りこぼしをしてきたかを見てみよう。

表1 ルクレールのフェルスタッペンに対するポイント損失

 まずエミリア・ロマーニャGPでは、ルクレールが自身のミスにより3位から6位に転落している。

 続いてスペインでは、優勝確実という状況でPUトラブルでリタイア。自身の25ポイントを失うのみならず、フェルスタッペンに7ポイントをプレゼントしてしまった。

 そしてモナコでも普通にやれば楽勝のレースで戦略ミス。自身の13ポイントを失い、フェルスタッペンに3ポイントをプレゼントした。

 アゼルバイジャンではPUトラブルでリタイア。順調に走ってフェルスタッペンに勝てたかは微妙なところだが、勝てた場合はスペインと同じく32ポイント、勝てなかったと見る場合は自身の2位の18ポイントのみのロスとなる。

 イギリスGPではレース終盤のSC導入時に戦略的判断をミス。優勝は堅かった上に、タイヤを履き替えていればファステストラップも獲得できた可能性が高く、14ポイントのロスと考えよう。

 フランスGPではルクレールのミス。ミスがなかったとして、フェルスタッペンに勝てた場合は再び7ポイントをプレゼントしていることになり、32ポイントのロス。勝てなかった場合は自身の18ポイントのみのロスとなる。

 ハンガリーGPは、サインツやハミルトンと同じ戦略ならば2位になることができたレースだ。よってここでは10ポイントロスしている。

 ここまでを合計すると表2のようになる。

表2 ポイント損失の合計

 現在ルクレールはフェルスタッペンに対して80ポイントのビハインドとなっており、フェラーリの取りこぼしがチャンピオンシップの展開を大きく変えてしまっていることが分かる。

 もちろんフェルスタッペンの車にもトラブルは起きており、バーレーンとオーストラリアではリタイアを喫している。これは2位2回分の36ポイントのロスに相当する。

 これらを踏まえるとチャンピオンシップはもっと接戦になっていたはずである。

 この中で特に勿体無いのは戦略・戦術面だ。信頼性はある意味では速さとトレードオフの面もある。ドライバーのミスもリスクを負って攻めることで生じる。よって、それらは勝負ゴトの一部とある意味受け入れることができるかもしれないが、戦略・戦術面での失敗は当事者にとってもファンにとってもガッカリするものなってしまっているように見える。

参考:モナコGPレビューモナコGPレビュー追加編イギリスGPレビューハンガリーGPレビュー

2. これだけではないフェラーリの戦略・戦術ミス

 フェラーリのルクレールに関するレースオペレーション上のミスは、上記で触れた3点だけではない。幸運という外的要因によってポイントロスに繋がらなかったものもある。

2.1. 「勝つ戦略」を採らなかったバーレーンGP

 まず開幕戦バーレーンでは、ルクレールがフェルスタッペンを5秒リードしていながら、「43周目に3度目のピットストップを行ったフェルスタッペンをカバーしない」という不可解な戦略を採った。

参考:バーレーンGPレビュー

 この時のフェラーリの判断は、

(1)ギリギリになるまで待っていた
(2)2ストップで走り切ろうとしていた

のどちらかが考えられる。しかし(1)ならば、タイヤ交換に時間がかかるリスクとコース上で抜けないリスクを、(2)ならばタイヤがタレて3ストップのフェルスタッペンに抜かれるリスクを過小評価している。

 ここは4~5秒の余裕があった翌周に反応して、1周新しいタイヤ(互いにソフト)でチェッカーまで運ぶのが最も確実な戦法だ。

 おそらくシミュレーション上では2ストップで走り切る方が速い、というデータを持っていたのではないかと思われるが、レースの目標は最速で走り切ることではない。目標は「勝つこと」だ。そのための手段として最速で走るシミュレーションがある。現実には不確定要素があり、全てが計算通りに進むわけではない。だからこそ、「何がどう転んでもほぼ勝てる戦略」がそこにあるならば、そちらを選択するべきだ。

 結果的には、フェルスタッペンが差を詰めてきた46周目にガスリーがストップし、SCが出動したことで、順位を失わずにピットに入ることができ、加えてフェルスタッペンのトラブルによって圧勝を飾ることに成功した。しかしSCがなければアンダーカットを許していた可能性が高く、仮に抜いて勝てたとしても必要以上にスリリングなレースになっていただろう。

 仮に勝利の美酒に酔って、この戦略ミスを重く受け止めていなかったとしたら、それがモナコGP以降の惨敗に繋がってしまっているとも言えるのではないだろうか。

2.2. サウジアラビアGPでのアンダーカット失敗

 小さいことなので当サイトのレビューでは触れなかったが、サウジアラビアGPの1回目のピットストップでペレスに先に入られてしまったのは少々問題ではないだろうか?

 図1にサウジアラビアGPのレースペースを示す。

図1 サウジアラビアGPのレースペース

 クリアエアのペレスで考えて、デグラデーションは0.12[s/lap]あった。15周目走れば2秒以上劣化していることになる。さらにハードタイヤでのデグラデーションは極めて微小で、タイヤの履歴の差で追い上げる戦略も機能しにくかった。よってこの状態ではアンダーカットが最も有効な戦略と考えるのが常識的だろう。

 しかしフェラーリは「Box to overtake(抜くためにボックスせよ)」を、最終コーナーより(おそらくかなり)前で言ってしまい、それをレッドブルに聞かれてペレスに先に入られてしまった。

 ペレスはルクレールの1.6秒前を走っていた。レッドブルがフェラーリの無線を聴いて反応するまでに0.3秒、”Box”を1回発音するのに0.3秒としても、2.2秒の猶予がある。ならば最終コーナーを立ち上がってペレスが反応できず且つルクレールが反応できる「2.2秒のウィンドウ」の間に”Box, Box”のメッセージを告げれば良かったのではないだろうか?

 結果的には翌周でラティフィがクラッシュしたため、ペレスにとっては大逆風、ルクレールにとっては恵みのSC導入となり、ルクレールがトップに浮上した。だが、これは単なる幸運であり、ラティフィのクラッシュが無ければペレスがトップで第2スティントを優位に始めていた可能性が高かった(結果的には純粋なペースで勝るルクレールとフェルスタッペンがペレスを抜いたかもしれないが)。

 筆者は当然「ここまでに”Box, Box”言えばドライバーが反応できる」ラインを事前に吟味してあるものだと考えていた。だが、ハンガリーGPの1回目のピットストップでもかなり手前で”Box, Box”を告げてしまい、ラッセルに先に入られてしまっているを見て、この点に疑問を持ち始めた次第だ。

 こうも継続して自らアンダーカットの可能性を捨てているようだと、根本的な問題があるように思えてならない。レッドブルのように相手に悟らせずにアンダーカットができるような工夫が必要だろう。

2.3. オーストラリアGPでの「いや、誰もいない。」

 こちらは既に当時のレビューで触れているが、オーストラリアでもファステストラップを失う所だった。ルクレールが自身の判断で最終ラップに獲りに行ったため事なきを得たが、判断のプロセスとしては極めて奇妙なものだった。

参考:オーストラリアGPレビュー

2.4. 幸運はいつまでも続かない

 当サイトでは「実力」を「コントロール可能で再現性があるもの」、「運」を「コントロール不可能で再現性がないもの」と定義している。したがって、幸運によって好結果を手にし続けても、試行回数が増えて運の要素が平均化してくれば、最終的には実力に見合った結果がついてくることになる。

 今年のフェラーリについてもこれが当てはまる。バーレーン、サウジアラビア、オーストラリアで幸運に恵まれたが、それはいつまでも続かず、モナコ以降次々にポイントを失ってしまっている状態と言えるだろう。

3. 戦略・戦術面の改善は急務

 ここまでの振り返りを鑑みても、フェラーリが戦略・戦術面で改善が急務なのは疑いの余地がないだろう。

 特に筆者が違和感を覚えてきたのは「数字の読み方を間違えているのでは?」という疑念だ。

 最もシンプルなのが開幕戦で、2ストップのつもりでステイアウトしたのであれば、シミュレータの指し示す数字と睨めっこしていただけに思えてしまう。勝つためにはストラテジストは「勝負師」でなくてはならない。

・自らの勝つチャンスを広げる一手を打つ
・ライバルの苦しめ、選択肢を狭め、ミスを誘う一手を打つ
・負ける手を打たない

 こうした「チェスゲームに勝つ強かさ」を兼ね備えていなければ、このゲームに勝つことはできないだろう。

 フェラーリのレースを見ていると、正にフジテレビでの川井氏の「データとかシミュレーションとかそういう事で頭ガッチガチの人なんで、レース勘がない人たち」という指摘と全く同様の印象を受ける。

 「大人数のストラテジーチームと先進的なツールを持っているレーシングチームが、TV解説者や一般のF1視聴者の多くが首を捻る判断を下し負け続ける」という事実は、いかに「数字を知っていること」よりも「レースを知っていること」の方が重要かを示しているように思えてならない。

 数字を見るときはその表面だけでなく、本質的な意味を理解しなければならない。数字という言語で切り取った世界にはスリットがあり、抜け落ちた情報がある。データを手足のように使いこなし適切な判断に繋げていくには、そこを埋める「勝負師のカン」が必要になってくる。そしてその段階に来て始めて「正しい数字の読み方・扱い方」ができるのではないだろうか。

 今後フェラーリは、そうした人物が戦略上の意思決定により深く関われる組織づくりができるだろうか?また、その中で各々がどういったマインドで思考・行動をするべきか方針を示し、チーム一丸となって勝利を目指せるか?そういった部分が、フェラーリ立て直しの第一歩のように思われる。

 Part2ではチームメイト比較に着目し、前半戦の各ドライバーの競争力について振り返る。表面的な結果ではなく、当サイト独自のタイヤや燃料の差を考慮したレースペース分析を交え、各々がどんな力を発揮していたかを掘り下げていこう。

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Writer: Takumi

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おまけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 私の好きな有効数字の話になりますが、100といっても色々な100があります。99.5を小数点第1位で四捨五入した100かもしれませんし、95を1の位で四捨五入した100かもしれません。或いは50や60だって10の位で四捨五入すれば100です。もしくは95以上105未満の後ろに「気温25~33℃」という注釈が付く100かもしれません。

 そして「50を四捨五入した100」と「60を四捨五入した100」を足せば、本当は(元の数字を足せば)110です。これは四捨五入すれば100になります。しかし先に四捨五入した100と100を足してしまうと200になります。100=200の世界です。

 このように、計測値やそこから計算して出した値には誤差や不確かさがあります。F1の世界ではセンサーの精度に始まり、データを採った時と決勝では路面状態・気温・湿度・風の状態が異なります。ドライバーも人間です。そんな不確かさを抱えながら、同様に不確かな18台のライバルと戦わなければなりません。

 だからこそ「不確かな部分について無理に数値的な結論を出さない」ことが重要です。例えば小数点第2位が全く信頼できないのに「3.67だ!」と断言するのは嘘であり危険です。この場合は第2位を四捨五入して「3.7」とすべきです。

 あるいはルクレールより0.36秒遅いのか0.43秒遅いのか分からない人を「0.37秒遅い」と表現するのは嘘になります。小数点第2位については潔く「分からない」と言うべきです。そして「0.4」と結論づけるべきです。

 私にはどうもフェラーリのこの点についての理解が浅いように思えて仕方ないのです。「シミュレーション上は最速で最後まで走り切れるはずだった」「ハードは10周後にミディアムより速くなると考えていた」「タイヤが持たないと考えた」…。

 そうしたデータには、まずデータそのものに誤差と不確かさがあり、それを初期条件として入力して動かしたシミュレータには初期条件に対する鋭敏性、つまりはデグラデーションなどの少しの誤差が、周回数を重ね、ライバルのマシンとのバトルで相互に影響し合う中で、最終的な結論に大きな影響を及ぼす、といったことも考えられます。

 そして前述の通り、あらゆる条件が金曜から日曜にかけてはもちろん、レース中にも変化する中で、参照すべきデータにはある程度アバウトさがあることを覚悟しておかなければなりません。その中で無理やり結論を出すのではなく、「分からない!」という勇気も大切だと思います。そしてデータでは分からない(確実に言い切れない)部分を判断しなければいけない時、頼るべきは常識や経験からくる直感だと考えています。

 ツールなど使えなくても、昔から戦略面に興味を持って見ているF1関係者やファンならば「次の周でカバーした方がいいよね」「引っ張ってソフトだね」「ここはダブルピットだね」と多くの人が正解を直感的に導き出すことができます。

 「直感」は「勘」とは異なります。数多くの成功と失敗のデータベースから、経験豊富な人物の脳が瞬時に導き出してくれる回答です。それができる人物がいない、或いはあるべき形で戦略的意思決定プロセスに携われていないのだと思います。

 導出された数字を信じたくなる気持ちはわかりますが、32が11である確率はどの程度あるのか?それが無視できないほど高い時、どうやって意思決定を下すのか?それができるフェラーリになることを心より願っています。