2025年F1世界選手権が終わった。最終戦アブダビGPは非常に印象的なタイトル決定戦となった。波乱はなく、ノリスが順当に3位でフィニッシュして、優勝したフェルスタッペンから2ポイント差で逃げ切るという、一見穏やかな展開だったが、実際には大激動が起きうる状況でもあった。今回も、この特殊なレースを分析的視点で振り返ってみよう。
1. ノリスを後押ししたピアストリのハードスタート
このレースで重要なことは、フェルスタッペンにとっては、タイトル獲得のためには、自身が優勝した上でノリスを4位以下に落とす必要があった、ということだ。そしてそのために2016年のハミルトンのような走り(追い抜きができないセクター3でスロー走行して後続勢を追い付かせ、ロズベルグをベッテルやフェルスタッペンの毒牙にかけようとした)をするというのは、一つの手ではあった。
後述する通り、フェルスタッペンはそのような手には出なかったが、その可能性を塞いでいたのがピアストリのハードタイヤスタートだ。
ピアストリがハードタイヤで引っ張り続け、レース後半にミディアムタイヤに履き替えるということは、レース終盤ではフェルスタッペンよりもタイヤアドバンテージを有しており、速いペースで走れるということだ。すると、フェルスタッペンがスロー走行してノリスを抑え込んだ場合、ピアストリは両者をあっさり抜き去り、優勝してしまうだろう。すると、フェルスタッペンにはタイトルの可能性がなくなってしまう。仮にノリスを下位に落とすことに成功しても、ピアストリにポイントで逆転されてしまうからだ。よって、マクラーレンがピアストリにハードタイヤを履かせたことで、フェルスタッペンは2016年のハミルトンの戦略を採用することが難しくなった。
2. やろうと思えばできたフェルスタッペン
2.1. スロー走行を可能にしたルクレールの2ストップ
とはいえ実際には、レース終盤、2016年のハミルトンのような戦法が可能な状況が訪れた。ルクレールの2ストップだ。
図1に各車のギャップグラフを示す。

ルクレールは39周目にピットイン。ラッセルの直後でコースに戻り、1ストップ勢対して追い上げを計った。そして翌周、ノリスがそれをカバーすべくピットへ。そして翌周ピアストリと続き、この時点でトップに立っていたフェルスタッペンは、ピアストリの翌周にピットに入ればピアストリの前で戻れる状況が整った。
こうなると、セクター3を可能なかぎり遅く走り、ルクレールをノリスの背後に追いつかせるという戦略が可能になってくる。当初想定されたピアストリのタイヤアドバンテージは無くなるからだ。
1ストップのラッセルは2ストップ勢よりも2秒近く遅かったため、ラッセルまで追い付かせるのは至難の業だったかもしれないが、失うものは皆無であるため、トライする価値はあったはずだ。
2.2. よりラディカルな戦略も可能だった
レッドブルチームが一丸となって、さらに極端な戦略を採っていた可能性もある。それは角田の燃料を軽くして、序盤でごぼう抜き、マクラーレン勢の前に立ってからはスロー走行に徹して蓋をする、という戦略だ。フューエルエフェクトを0.06[s/lap]とすれば、30周分軽い状態では1.8秒のペースアドバンテージになり、オーバーテイクやペースコントロールも容易になる。
これで何台かがノリスをアンダーカットしてくるかもしれない。逆にマクラーレンがそれを恐れてノリスを早めに入れれば、角田も翌周カバーに入り、ステイアウトしている中団勢にオーバーカットさせることができる。その上でレース中盤で、何かしら理由をつけてリタイアさせれば良い。
ただし、スポーツマンシップ上ギリギリの行為であるのは確かだ。こうした動きをピンポイントで禁じる条項はないが、ゴールまで走れない燃料でスタートさせ(完走の意思が最初からない)、目的が「マクラーレンのレースを壊すこと」だけに特化している、という二点を踏まえると、FIAのインターナショナル・スポーティング・コード(ISC)第12条「いかなる詐欺的な行為、またはいかなる競技、あるいはモータースポーツ全般の利益を損なう行為」、およびF1スポーティング・レギュレーションの8.7「もしF1コミッションの判断で、あるコンペティターがチャンピオンシップの品位に反する形でチームを運営した場合、そのコンペティターを直ちに選手権から除外できる」を根拠に、レッドブルのコンストラクターズ選手権のみならずフェルスタッペンのドライバーズタイトルにも影響を及ぼすレベルでペナルティが下る可能性はあったと言えるだろう。
ただし、最終戦でタイトルが決定し、花火が上がる中華やかなセレモニーが行われ、後日ペナルティによりチャンピオンが書き換わるというのは、スポーツの公平性の観点からは正しくても、興行上望ましくない。よって、その力が働くことを鑑みれば、「獲ったもの勝ち」となる可能性は非常に高いだろう。ゆえに、レッドブルにとってこれは現実的な選択肢であったはずだ。
2.3. フェアなストレートファイトを演じたレッドブル&フェルスタッペンに拍手
そんな中で、小難しい戦略を用いずに、シンプルに独走優勝し、負けを受け入れたレッドブル&フェルスタッペン陣営には素直に脱帽だ。極限まで足掻いてタイトルに固執するのではなく、純粋にレースを楽しむ精神、今のフェルスタッペンとメキース体制のレッドブルには、そんなメンタリティが垣間見える。そして、そこから生まれる心の余裕こそが、彼らの強みなのかもしれない、そんな風に思わせる清々しく美しい「偉大な敗者」の姿を、我々は目にした。
ちなみに、USGPレビューにて、スペインGPでのラッセルとの接触で9ポイント失ったことに触れ、実際にその通りとなったが、後味の悪い空気にならなかったのは、この最終戦での彼らの戦い方の賜物だろう。前述のような策略を張り巡らせて上で負ければ、「あの時の9ポイント」が影を持った存在になっていたはずだ。
3. データから見る “ノリスはチャンピオンに相応しい”
ついに、ランド・ノリスがチャンピオンを獲得した。そのキャラクター性と圧倒的な速さから、非常に多くのファンを持つノリス。しかし一方で、今年はフェルスタッペンがマシン性能が劣る中で超人的な走りを繰り広げ、ノリスがタイトルに相応しくないかのような論調も散見する。
だが、結論から言えばそれはない。
⚫︎純粋なペース
当サイトでは、予選およびレースペースのチームメイト比較を行なっている。それぞれ、フェアに定量的な比較が意味をなす条件のみに絞り、路面コンディションやトラブル、タイヤや燃料、スティントの長さやレース展開上の文脈も考慮した分析となっている。
その上でノリスは歴戦の強者をチームメイトに取り、驚異的なスピードを示してきた。以下に昨年までのノリスの対チームメイト比較を掲載する。
レースペース
2024年:vs ピアストリ 9勝1敗2引き分け(-0.2秒差)
2023年:vs ピアストリ 8勝1敗(-0.3秒差)
2022年:vs リカルド 13勝0敗1引き分け(-0.5秒差)
2021年:vs リカルド 12勝1敗3引き分け(-0.3秒差)
2020年:vs サインツ 6勝3敗1引き分け(-0.1秒差)
2019年:vs サインツ 1勝2敗(0.0秒差)
予選
2024年:vs ピアストリ 17勝3敗(-0.214秒差)
2023年:vs ピアストリ 9勝3敗(-0.177秒差)
2022年:vs リカルド 14勝1敗(-0.309秒差)
2021年:vs リカルド 13勝5敗(-0.163秒差)
2020年:vs サインツ 7勝6敗(-0.050秒差)
2019年:vs サインツ 8勝8敗(+0.004秒差)
現在ハミルトンがフェラーリでルクレールに遅れをとっているが、サインツは1年目からルクレールに対して予選で互角、レースペースでも0.1秒程度の遅れにとどめた。その後の3年間でも基本的にルクレールに対して0.1~0.2秒落ちのペースを見せており、トロロッソ時代にフェルスタッペンと良い勝負だったことからも、間違いなく速いドライバーだ。
そのサインツにルーキーイヤーから互角のペースを見せたのがノリスだ。さらに2年目には0.1秒程度ではあるが、上回るパフォーマンスを見せた。この時点でルクレールに近いスピードを有していることが分かる。
そして3年目には、レッドブル時代にフェルスタッペンの0.1秒落ちで走っていた実力者リカルドを完全に上回る。リカルドが苦戦していたのは確かだが、ノリスだからこそこれだけの大差がついたのも間違いない。
そして2023年、F2でルクレールに迫るほどの圧勝劇を繰り広げたピアストリをチームメイトに迎えるが、最初の2年は完勝だ。今年こそピアストリが本領を発揮し、予選では互角となったが、レースペースではいまだにノリスが0.1秒ほど速い。またピアストリが最初の2年間遅れをとっていて、3年目から力を発揮したことと、ノリスのデビュー後2年でのサインツとの比較を照らし合わせると、ここにもノリスの驚異的な力が見て取れる。
となると、少なくともペース面においては、フェルスタッペンやルクレールと並んで、F1史上でも最速クラスと考えるのが自然だ。
⚫︎強さ
また、ノリスは決して弱いドライバーではない。今シーズンを通じて、大きなミスは、サウジアラビアの予選でのクラッシュとカナダGPのレース終盤の同士討ちだけだ。年2回のミスであれば、フェルスタッペンも、スペインGP、イギリスGPで犯している。
また、バトルスキルも極めて高く、接触は非常に少ない。USGPで2度にわたってルクレールを仕留めたり、今回のレースでもロスなくステイアウト組を抜き去ってきた点は、過小評価すべきではない。
一方で、スタートはいまだに弱点と言えるだろう。表1は、タイトル争いを演じた3人の決勝1周目におけるポジションゲイン、キープ、ダウンの回数だ。
| ドライバー | ポジションアップ回数 | キープ回数 | ポジションダウン回数 |
|---|---|---|---|
| フェルスタッペン | 7 | 12 | 5 |
| ノリス | 4 | 12 | 8 |
| ピアストリ | 4 | 14 | 6 |
これを見れば、まだ1周目が課題であることは確かだろう。とはいえ、改善されてはきている。ラスベガスのターン1に向けてイン側を死守しに行ったこと自体は、正しい判断だった。昨年はそこに甘さがあったが、その点をすぐに改善してくるあたりはノリスの強みと言えるだろう。これは昨年、ドライビング・スタンダード・ガイドラインを巧みに利用するフェルスタッペンと渡り合うために、USGPでの敗北から即座に学習し、メキシコGPで完璧にやり返したことと、本質的に同じだ。学習して即座に実行する能力、それがノリスの強みと言えるだろう。
タイトルを獲得したドライバーが翌年一層強さを増す現象は、幾度となく見られてきた。新王者ノリスが来年以降どんな進化を見せるのか、今から楽しみで仕方ない。
4. まだ終わらない2025年
最終戦を終え、タイトルも決定した。だが、まだシーズンは終わらない。ここからは、1年間を通して得られた様々なデータから、シーズンの振り返りを行うシーズンレビューをお届けする。近日中に公開予定であるため、ぜひお楽しみいただければ幸いである。
Takumi, ピトゥナ
インタラクティブグラフ
ご自身の視点でさらにデータを深掘りしたい方向けに、操作可能なグラフを用意した。
このツールでは、**「ペースグラフ」と「ギャップグラフ」**の二種類が利用でき、ボタン操作で見たいドライバーだけを自由に選んで表示できる。
特にラップタイムグラフには、レース状況を理解しやすくするための工夫が施されている。
- 塗りつぶしの点:前が空いている状態(クリアエア)でのラップを示す。
- 白抜きの点:前のマシンの影響下(ダーティエア:前方2秒以内)にあるラップを示す。
この色分けによって、各ドライバーがどのような状況でそのタイムを記録したのかが一目で把握できる。
また、グラフ右上のボタンからは、画像のダウンロードやグラフの拡大・縮小(ズーム)も可能だ。分析の補助として、ぜひご活用いただきたい。
Lap Times
Gap to Leader
Takumi, ピトゥナ

