Part1では、表彰台3人の争いとフェルスタッペンの2年連続チャンピオン決定までの軌跡について、データを交えて掘り下げた。ここからは中団争いにフォーカスしよう。
1. ラストランのベッテル vs 猛追のアロンソ
1.1. アロンソの22周目ピットの是非
今回非常に競争力があったアロンソ&アルピーヌ。しかし予選ではQ3の2回目で更新できずにオコンの後ろの7番手となった。
余談だが、アロンソに唯一の弱点があるとすればこのQ3ラストアタックでの決定力だ。当サイトの歴代ドライバー競争力分析ではシューマッハ、フェルスタッペン、ルクレールらより少し下になっているが、本来速さでは彼らに引けを取っていない。しかし最後に更新できないことが時折あるため、平均するとあの位置になってしまうのだ。この傾向はフェラーリ時代から対マッサでも時折見られたもので、あるいはそれ以前からあったかもしれない。
さて、それによりオコンの後ろでレースを進めることになってしまったアロンソ。リスタート後にインターミディエイト(以下インター)に履き替える際には、7周目終盤の時点でオコンの3.8秒後ろにいた。これによりダブルストップはかえって損な状況となってしまい、ライバルたちより1周長くウェットタイヤで走ることとなり、ピットアウトするとベッテルの後ろになってしまっていた。この1周でアロンソは1.9秒失っている。
そして抜けない状況が続く中で、アルピーヌ&アロンソは打開策を見出すためにピットイン。新品インターに交換した。ここからの展開を振り返るため、ベッテル、アロンソ、ラッセルのレースペースを図1に示す。
アロンソはラスト6周の22周目にピットへ。そこからはライバル勢を交わしながらも、ベッテルを1周5秒近く上回るペースで追い上げた。
結果的にはベッテルは交わせず。サイドバイサイドでチェッカーを受け、その差は僅か0.011秒だった。ちなみに、24周目の逆バンクでラティフィを交わしていること(これはほぼロスなし)、26周目終盤から27周目はターン1にかけてラッセルとバトルしてパス、最終ラップ終盤でベッテルとバトルしていることは注釈しておこう。
フィニッシュ後には無線で「戦略的なミス」を指摘していたアロンソ。これは「もっと早く交換していれば」ということだろう。本項では、その意見の妥当性について考察してみたい。
ここで重要なのは、新品インターが秒単位でのアドバンテージを持つのは最初の5周前後だということだ。その後はかなりの勢いでデグラデーションが進むことが他チームのレースペースグラフ(参照:日本GP 全車の走行状態)から分かっている。ストロールやジョウはアロンソの3周前に交換して猛烈に追い上げていたが、終盤は無交換組に追いついても抜けない状態となり、ファイナルラップには寧ろ離され気味だった。
加えて、アロンソはラティフィやラッセルに対して圧倒的なアドバンテージがあるからこそタイムロスを最小限にオーバーテイクすることができた。もしもっと早く交換していれば、それだけ相手とのタイヤの差も小さくなり、オーバーテイクに時間を要することになる。それはかえってタイムロスに繋がるだろう。インターでの20周を14+6という一見非効率的な割り方をしたアルピーヌの戦略の正当性はそこにあると考えられる。
ただし結果論だが、あと1周早く入れていればベッテルには勝てただろう。
図1より、アロンソがピットに入る頃にはラッセルの方がベッテルより速いことがわかる。21周目終わりには9.7秒だった差が8.2秒まで縮まっている。よってアロンソを入れるタイミングが1周遅れることは、ピットアウト後の前方のラッセルとの距離が広がること、ひいてはラッセルに追いつくタイミングが遅れること、ひいてはラッセルに追いついた時の自分のタイヤの状態がより悪くなっていることを意味している。
この時点では無交換勢のデグラデーションは落ち着いて来ている。フューエルエフェクトも0.08[s/lap]であるため、アロンソのペースは左に1周分、下に0.08秒分だけ平行移動したものになる。よって、1周なら早く入ってもベッテルに対する有意はさほど変わらず、最終ラップのターン1もしくは逆バンクかヘアピンあたりで交わしていた可能性が高い。
とはいえ、これは結果論だ。インターのデグラデーションのおおよその傾向はタイヤエンジニアが導いていたと思われるが、その最適解が21周目なのか?22周目なのか?それはあの時点では分からなかったことだろう。
1.2. ありがとう!セバスチャン・ベッテル
そのアロンソと最終シケインからフィニッシュラインまでサイドバイサイドのバトルを繰り広げたのが、鈴鹿ラストランのベッテルだ。ベッテルはこのサーキットを非常に得意としており、レッドブル時代もウェバーを相手にせず、フェラーリ時代も当時他のトラックで押され気味だったルクレールを予選で上回ってポールポジションを獲得するなど、数々の活躍を見せてきた。
今回の予選でも、ストロールがQ1で敗退する中でベッテルはQ3に進出し、インラップにはラジオで感動的な日本語での挨拶も行った。鈴鹿は多くのドライバーが愛するサーキットだが、ベッテルの鈴鹿愛は特に深く強いものがありそうだ。
決勝終盤のアロンソとのバトルでは互いに1台分ギリギリのスペースを残し、”フェア”に”ハードレーシング”を繰り広げた。これぞチャンピオンズバトルという非常にエキサイティングなものであり、両者に拍手を送りたい。
2. 角田の戦略は正しかったか?
さて、角田もアロンソと同様にレース終盤にタイヤ交換することを選んだ。これはノリスに捕まって11番手を走っていたからで、ハミルトンやアロンソなどを見ているとオーバーテイクが現実的でないのは容易に想像がつく。よって誰かがリタイアして10位入賞を狙う他力本願よりも、タイヤを履き替えて勝機を見出そうという積極的な戦略を採ったのは良い判断だろう。
問題はアロンソ同様「いつ?」だ。これは前述のアロンソの項と対比しながら考えると非常に面白い。図2に角田とリカルド、ボッタス、シューマッハの比較を示す。
角田の交換タイミングは20周目と少し早めだったが、走り始めのリカルドに対するペースアドバンテージは3秒強と、アロンソとベッテルほど強烈ではない。これには純粋なペース、早めに入ってタイヤの差が小さかったこと、スティントが長いため少しマネジメントしていたかもしれないこと、など様々な要因が考えられるが、2,3番目に関しては早く入ることのデメリットだ。
ドライレースでも単独で走る上で最速ではなくとも、相手をオーバーテイクできる履歴の差を作るために、あえて非効率的なスティント割りをすることがある。それをやったのがアロンソ&アルピーヌで、より効率に振ったのがアルファタウリという所だろう。
実際、角田はシューマッハ、ボッタス、マグヌッセンを抜くのに少し時間を要してしまった。ここで数秒失っており、最終的にリカルドの3秒以内まで追い上げていることを鑑みると、もう1周遅く入って少しでもタイヤに差を作っていた方が良かった可能性もある。
或いは、「もう1周早く入ってタイヤを労わりながらオーバーテイクのチャンスをじっくり伺っていく」という組み立て方もあっただろう。そう考えると、19周目、20周目、21周目それぞれに正当性があったと解釈することもできそうだ。
そんなわけで様々な要因が絡み、あと一歩入賞までは届かなかった角田だが、非常に内容としては良い母国凱旋GPだったと言えるだろう。アグレッシブに攻める戦略の中でもミスをせず、ペース的にもマシンの限界を引き出していたように見える。こうしたレースを続けていればいずれ大きな結果がついてくるだろう。
Writer: Takumi