• 2024/4/27 20:08

2023年カタールGPレビュー ~14分の1のフェルスタッペンとF1が抱える課題~

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 砂漠の中のナイトレース。F1は2年ぶりにカタールに帰ってきた。予選からフェルスタッペンがチームメイトを圧倒し、土曜日にドライバーズタイトルを決定すると、日曜日も首位を独走して週末を完全支配した。

 タイヤ問題や、過酷なコンディションによるドライバーの健康被害の問題も発生した今回のレース。この記事ではデータを用いて幾つかのポイントを振り返っていこう。

1. 14分の1のフェルスタッペン

 さて、予選ではマクラーレン勢の自滅という側面もあったものの、危なげなくポールを獲得したフェルスタッペン。難しいコンディションの中、さながらウェットコンディションであるかのような、慎重なステアリング捌きが実に印象的だった。

動画:フェルスタッペンのポールラップ

 そんなフェルスタッペンだが、レースではピアストリの14分の1であった。何が14分の1なのか?それはプッシュしたと思われるラップの数だ。図1にフェルスタッペンとピアストリのレースペースを示す。

図1 フェルスタッペンとピアストリのレースペース

 同一タイヤでの周回数制限により、タイヤマネジメントの必要性が無くなり、ピアストリは常に予選の如く全力で飛ばしていたと語った。

 一方でフェルスタッペンのグラフを見ると驚愕せざるを得ない。第1スティント終盤の16周目、第2スティント終盤の32,33周しかプッシュしていないのだ。厳密にはセクタータイムを見るとインラップの34周目も速いが、それでも計4周しかプッシュしておらず、他は後ろを見ながらコントロールしている状態だった。そしてプッシュしている周とそれ以外の周の差は衝撃的で、ペースアップすると1秒もタイムアップしている。

 次のUSGPの舞台となるオースティンも、高速のS字区間と長いストレートを有するレイアウトで、鈴鹿やカタールに近い特性がある。バンピーな点はレッドブルにとってやや不安要素ではあるものの、それを差し引いてもかなりの競争力があることが予想される。

2. 限界を超えたコンディション

 F1カタールGPは、その過酷なコンディションから、複数のドライバーが体調不良を訴える事態となった。気温は30度を超え、湿度は80%に迫る砂漠の暑さはドライバーたちに牙を剥いた。

 リタイアしたサージェントの他にも何人かは深刻な状態にあり、他のドライバー達も非常に苦しいレースだったことを認めた。

 まず、ドライバーたちの健康そのものが最大の問題だ。そしてそれがスポーツにもたらす負の影響も計り知れない。重度の熱中症は脳機能の低下にも繋がる。しかもそれは一時的なものではなく、半永久的なものにもなり得る。脳機能が低下したドライバー達のレースがF1のあるべき姿なのか?という問いに対する答えに多くの選択肢はないだろう。

 また、これらの問題に留まらず、レース中に意識が朦朧としたり完全に気絶することによる安全性の問題も間接的に発生してくる。実際ストロールは気を失っていたと語った。これは彼自身だけでなく、他のドライバーやマーシャル、観客にも危険を及ぼす可能性がある。

 F1は、ドライバー達が心技体の極限を尽くすスポーツであるが、それはあくまで安全な環境の下で行われるべきだ。カタールGPは、F1がその環境を保証できるかどうかを問われるレースとなった。

 FIAは、このようなことが繰り返されないよう対策を講じると述べた。来年のカタールGPは暑い季節が終わった12月(2024年11月29日〜12月1日)に開催される予定だ。しかし、それでもドライバーやチームにとって十分な対策と言えるかどうかは不明であり、声明では代表的な対策案として、コックピット内の空気の流れや開催時期について言及された。

 一方で、近年は地球全体で異常気象が発生しており、カタールだけでなく他の地域でも危険なレースが発生する可能性がある。例え開催時期を最適化し、コックピット内のエアフローを改善したとしても、それだけではドライバー達の健康や安全性を保証できるとは言えないだろう。

 筆者は「コックピット内暑さ指数」のような基準を導入することを提案したい。これは一般的な「暑さ指数」に加えて、F1マシンのコックピットならではの路面温度やエンジン熱などの影響も考慮したものである。この基準があらかじめ定められた閾値を超えた場合は、レース中に1~2回休憩を取ることでドライバー達の体調を回復させるという方式である。気温45度を超える日が当たり前のようにやってくる時代には、F1の在り方も変わっていくことを受け入れていかなければならないだろう。

 勿論、レースのスポーツ性、エンターテインメント性を損なわないよう、細部を調整する必要があるが、一つの方向性として考慮する価値はあるだろう。

3. 土曜日のタイトル決定は是か?否か?

 今回はスプリントレース、即ち土曜日にタイトルが決定した。

 以前予選のポールポジションにポイントを与える案が出た際には、土曜日にタイトルが決定する可能性を避けるために廃案になった。しかし近年のスプリントレースでポイントが与えられる方式は、その当時の判断とは矛盾する。

 おそらく、スプリントレースを行うことによるメリットがより大きいと判断されたのだろうが、タイトル決定後に表彰台セレモニーもないのはどこか寂しいものだった。

 これを避ける方法はいくつかあるが、筆者が提案するのは「スプリントレースで獲得したポイントは決勝で10位以内に入らなければ有効にならない」というものだ。現在のファステストラップのポイントは10位以内に入らなければ有効にならない。これと同じ扱いにすることで、土曜日のタイトル決定は避けられる。

 タイトル決定の可能性が出てくる終盤戦はスプリントレースを行わないなどの方法もあるが、終盤戦でスプリントを実施したいトラックも出てくるだろう。やはり現実的には、ポイント確定を日曜日にする上記の案が最も現実的なのではないかというのが筆者の考えだ。

4. 周回数制限はオーバーテイク促進のヒントになり得るか?

 今回はフリー走行を終えた段階でタイヤの安全性に関する懸念が発生し、決勝レースでは新品タイヤでも最大18周しか走行してはならない特別ルールが適用された。

 実際レースをしてみると、一つ興味深かった点があった。それは各ドライバーがタイヤのライフを延ばすことを考えなくて良くなったため、レースを通してフルプッシュしたことだ。筆者はこれが近年のオーバーテイク増加への取り組みのヒントにならないか?と考えている。

 筆者がオーバーテイク促進について考えてきた第一の案はピットレーンの安全性向上だ。これによりピットレーンでの制限速度を上げることで、ピットストップロスタイムが短くなり、マルチストップをやりやすくなるというものだ。

 いくら空力特性などによってオーバーテイクを促進しても、タイヤの差がなければ基本的には追い抜きの実現はかなり難しい。したがって、1ストップになりそうなレースでピットロスを小さくしてやることで、2ストップを行いやすくし、オーバーテイクを促進するという考え方だ。

 今回のようにフルプッシュを行うとタイヤのデグラデーションが大きくなる。すると1周のタイヤの履歴の差がより大きなペース差となって効いてくる。よって、以前であれば10周のオフセットが無いと抜けなかった所も、5周の差で抜けるようになってくる、そんな事態にもなってくるかもしれない。

 今回のレギュレーションをそのまま導入しても機能しないかもしれないが、オーバーテイク促進について戦略的側面から考える際に、一つのヒントをもたらした事は確かだろう。

5. まとめ

 カタールGPは、フェルスタッペンが見事にドライバーズタイトルを獲得したレースだったが、それだけではなく、F1にとって多くの示唆や改善点も残したレースでもあった。カタールGPはF1史上に残る記念すべきレースだったが、同時にF1の在り方を考えるきっかけとなるレースでもあったと言えるだろう。これからの激動の時代をF1がどう切り拓いていくか、楽しみにしたいところだ。

Writer: Takumi