このシリーズでは、現在FIAでラップタイムが公開されている最古の年2006年からのレースを振り返ってみよう。今回は競争力の面でフェラーリ勢に分があった中、レース序盤のセーフティカーを味方につけたアロンソがシューマッハを抑えて2位に入ったトルコGPをお送りしよう。
なお、最初に1. レースのあらすじ、次に2. 詳細な分析、記事末尾に3. まとめを記した。あらすじとまとめのみで概要が分かるようになっているので、詳細分析は読み飛ばしていただいても問題ない。
目次
- レースのあらすじ
- 詳細なレース分析
- まとめ
1. レースのあらすじ
予選ではマッサがポール、シューマッハが2番手とフロントロウを独占。アロンソは3番グリッドからのスタートとなった。ちなみにシューマッハはQ2で圧倒的なタイムを出しながら、Q3のアタックではミスがあり2番手に沈んでしまった形だ。
スタートでは上位3台の順位の入れ替わりは無く、マッサ、シューマッハ、アロンソの順で第1スティントが進む。マッサとシューマッハはアロンソに10秒以上の差をつけ、あとはどこかで順位を入れ替えてシューマッハ、マッサの順で1−2フィニッシュまで運ぶだけ、と思われた。
しかし、波乱は起きた。
14周目にリウィッツィのスピンによってセーフティーカーが導入されると、2台揃ってのピットインになってしまったフェラーリ勢は、マッサのピットストップを先に行い、シューマッハは後ろで待たされる形となって、アロンソに逆転されてしまったのだ。
ここでマッサは39周目、アロンソは39周目まで積んだのに対し、シューマッハは43周目までとたっぷり積んだ。
アロンソよりも多く燃料シューマッハは、第2スティントで思うようにペースが上がらない。そして28周目のターン8ではコースオフを喫し、4.5秒ほどロスをしてしまった。
これが効いてしまい、シューマッハは2回目のピットストップを終えても、アロンソの2秒ほど後方に戻ることになってしまった。その後も最終ラップの最終コーナーまで執拗にオーバーテイクを仕掛けたが、0.081秒差でフィニッシュ。まさにテールトゥノーズの状態でのチェッカーフラッグとなった。
2. 詳細なレース分析
2-1 フェラーリが採れたベストな戦略は…?
まずマッサ、アロンソ、シューマッハのレースペースを図1に示す。
Fig.1 マッサ、アロンソ、シューマッハのレースペース
今回は14周目のセーフティカー導入時にフェラーリがもう少し何か出来なかったか?という点について考えてみよう。
前述の通り、ここでの燃料補給量はマッサが39周目まで、アロンソも39周目まで、シューマッハは43周目までだ。シューマッハを重くしたのは「アロンソに逆転されるのは不可避のため、確実にアロンソより多く積んで2回目のピットストップで逆転する」という考えに基づく判断と考えてよいだろう。
アロンソの2回目のピットストップ後の4周は、シューマッハの方が1秒以上速く走れることがグラフからも読み取れる。さらにピットストップも1秒以上短くなることを加味すると、(悲観的に見ても)39周目の時点でアロンソの5秒弱以内につけておけば、2回目のピットストップを終えて逆転できる算段になる。
実際のシューマッハは第2スティントでアロンソを0.1秒上回るペースで、シューマッハが4周分重かったことをフューエルエフェクトを0.09[s/lap]で考慮すると、地力ではアロンソを0.5秒上回っていた。
だが、その考え方は楽観的ではないだろうか?シューマッハの第1スティントの実際の燃料搭載量は分からないが、相手の力量が分からない段階でトラックポジションを捨ててしまうと、タイヤや燃料搭載量が同等だった場合の「地力のレースペース」が互角、もしくは優勢でも僅差だった場合は、負けてしまうからだ。現にアロンソのペースは意外と速く、シューマッハは重い状態でそのアロンソに食らいついて行くためにプッシュ。それが28周目のコースオフに繋がった面も多分にあるだろう。そこでの4.5秒のロスは敗北の決め手となってしまった。
この局面ではシューマッハをより確実に勝たせつつ、マッサの2位も確保することが最優先事項だ。ここで筆者が考えるフェラーリにとって最も有効な戦略は2つある。
(1)前提はマッサの給油時間を短くすること
まずはマッサの給油時間を短くするところから始まる。実際の14周目のピットレーンではアロンソはシューマッハの1.5秒前方で復帰しており、マッサとシューマッハの合計の給油時間を(1.0秒余裕を持って)2.5秒短縮できていれば、シューマッハをアロンソの前で戻すことは可能だった。
実際はマッサの静止時間は9.0秒(23周分)、アロンソは8.7秒(22周分)、シューマッハは10.7秒(ダブルピットで効率が悪く、やや少ないかもしれないが、万全なら28周分)だった。ここでマッサの給油時間を2.5秒短くすると15周分の燃料を積むことになる。この時点で待ち時間が2.5秒減ったシューマッハは、実際のレースと同じように大量の燃料を積んでもアロンソの前をキープすることができることになる。そもそも前で戻れるならばそこまで燃料を積む意味もないため、アロンソと同様の39周目付近までのスティントになっていたかもしれない。トラックポジションがある以上無理して攻めて走る必要もない。これで、どう転んでもシューマッハのアロンソに対する勝利は安泰となるわけだ。
後はマッサがアロンソの前でフィニッシュし、アロンソの2ポイントを削り獲ることができるかどうかだ。
アロンソが実際のレースと同じく22周分を積んだ場合、次回のマッサのピットストップは31周目、アロンソが39周目となる。8周軽い燃料を利用して、セーフティカーが明けてからの15周をプッシュすると、地力でアロンソと互角の場合、ギャップを11秒広げることとなる。シューマッハが間にいることも踏まえて最初に2秒広がるとすれば、アロンソに対して12秒差で31周目のピットストップを迎えることになる。
(2)マッサを変則2ストップにした場合
ここで、マッサが2回目のピットストップで28周分の燃料を積んで、変則2ストップにした場合を考えてみよう。アロンソがピットストップを行う39周目までの8周で、アロンソに1.3秒以上速く走られると、アロンソの方がピットストップが2秒ほど短いことも手伝って、12秒を逆転されてしまう。燃料搭載量の差は20周分のため、単純にフューエルエフェクトを0.09[s/lap]とすれば、1.8秒アロンソが速くなるため、逆転されてしまう可能性もあるが、新品タイヤ効果も加味すれば勝負にならない戦略ではない。さらに16周目のリスタート時、およびその後の1~2周でシューマッハがアロンソを抑え込み、マッサを数秒逃していれば勝率はグンと上がる。
またここまでの計算は、マッサとアロンソの地力でのパフォーマンスが互角だった場合を想定している。しかし、実際マッサの地力は0.4秒アロンソを上回っていたため楽勝だった。この場合マッサの2回目の31周目時点での差は17秒だ。こうなるとアロンソは自身の2回目のストップまでの8周で15秒ほどを稼がなければならず、逆転するのはかなり厳しい。マッサは楽にアロンソの前に戻れた計算になるのだ。
(3)マッサを3ストップにした場合
次に3ストップにした場合を考えてみよう。地力を互角、ピットストップロスタイムを13秒+静止時間、マッサの3回目が45周目(静止時間は2回目、3回目ともに6.2秒)として計算してみよう。
マッサはアロンソに12秒差で31周目のピットストップを行い、ピットアウトした際には7秒後ろで戻ることになる。今回のタイヤのデグラーデーションは0.01[s/lap]程度のため、タイヤのアドバンテージが15周分で0.2秒、燃料搭載量のディスアドバンテージが6周分で0.5秒となり、1周0.3秒ずつ離されて8周走り、アロンソのピットストップを迎えることになる。この時点で9秒差程度だ。故にアロンソがピットインしてからマッサが入るまでの6周で9秒、すなわち1周1.5秒速く走ればアロンソを逆転することになる。アロンソがマッサより14周分重い燃料を積んでいることと、マッサのピットストップが1.8秒短いことを考慮すれば、計算上はマッサが1秒ほど前で戻ることになる。ただし新品タイヤの効果が大きいと、アロンソに敗れる可能性が増してくることは注意した方が良い。最も、この場合はマッサが第3スティント序盤で新品タイヤで稼ぎ出すマージンも増えるため、その後のドロップオフと合わせてタイヤの特性からシミュレーションする必要があるだろう。
また、変則2ストップの項目でも触れた通り、実際はマッサの地力がアロンソより優れていたため、かなり余裕を持って勝つことができたと考えられる。
したがって、マッサのピットストップを短くして、後は新品タイヤの効果やその後のドロップオフを考慮して変則2ストップか3ストップか適切な方を選べば、シューマッハ、マッサの順で1−2フィニッシュが可能なレースだったと言える。前述の通り1回目のピットストップの段階ではアロンソの実力が分からなかったとはいえ、マッサはタイトルコンテンダーではないため、この程度のリスキーな戦略を採ることには何ら問題はなく、シューマッハがアロンソの前でフィニッシュすることが最優先事項であることと天秤にかければ、マッサを3ストップに切り替えなかったのは明らかな失策だった。
ちなみに、マッサの給油時間を極端に長くして、重い状態でアロンソを抑え込むという戦略もアリのように見えるが、おそらくアロンソの腕を考えればオーバーテイクを成功させ、実際のレースと同じような展開になっていただろう。
3. まとめ
3.1 レースレビューのまとめ
以下にトルコGPレビューのまとめを記す。
(1) 両者万全の状態、燃料搭載量やタイヤが同条件ならば、シューマッハがアロンソを0.5秒ほど上回っていた。
(2) フェラーリが採ったシューマッハの第2スティントを長くする戦略は、28周目のコースオフが無ければ成立していたが、14周目のピットストップでマッサの給油時間を短くして、シューマッハをアロンソの前に送り出した方がリスクが少なかった。シューマッハに重めの燃料を積んだことが28周目のミスを誘発した側面も多分にあると思われる。
(3) マッサの第2スティントを短くした場合、第3スティントを長くする変則2ストップ作戦、または3ストップ作戦が有効で、マッサがアロンソに勝つ算段は十分にあった。
(4) そもそもシューマッハは予選で2回のアタックをミスしていなければ、マッサの後ろになることもなく、セーフティカーが出ても何ら問題はなかった。さらに28周目のミスが無ければ、あの戦略でも勝っていたことも考えると非常に後味の悪い敗北だっただろう。
(5) (2)~(4)を総括すれば、「シューマッハをリスクに晒してしまったフェラーリと、ミスが許されない場面でミスをしてしまったシューマッハ」という、チーム・ドライバー双方にとって非常に残念なレースとなってしまった。
3.2 上位勢の勢力図
上位勢のレースペースをフューエルエフェクトやタイヤのデグラデーションを加味して算出すると、勢力図は表1のようになる。(シューマッハは出来の悪かった第2スティントを参考にしているため、第1スティントでマッサより1周積んでいた場合はあと0.1秒速かったかもしれない。
Table1 上位勢のレースペース
レース展開からも明らかなように、フェラーリ勢が競争力を示した。今回は予選一発でもロングランでも強く1-2は確定的だっただけに、非常に勿体無いレースになってしまった。