フェルスタッペンによる22戦19勝という驚異的な一年となった2023年シーズンを終え、F1は長いようで短い冬休みを過ごした。テストの段階からレッドブルの優勢が噂される中で、蓋を開ければやはりレッドブル、特にフェルスタッペンの圧勝となった。しかし表彰台争い、入賞争いなど様々な場所でエキサイティングなバトルが繰り広げられたのも事実だ。今回はそんな開幕戦バーレーンGPをいつものようにデータを交えて分析的視点で振り返っていこう。
1. 明らかになった勢力図
開幕戦の楽しみは何といっても勢力図が明らかになることだ。まずは先に行ったレースペース分析結果と、上位勢のレースペースグラフを示す。
参考:レースペース分析の詳細
フェルスタッペンとペレスの比較は、ペレスがクリアエアであった第2スティントで行うのが適切だが、平均ペース差は0.77秒だった。ペレスのタイムは0.02[s/lap]ずつ落ちているため、フューエルエフェクトを0.06[s/lap]とすると、デグラデーションは0.08[s/lap]となる。よって、5周タイヤが古いことは0.08×5=0.40[s]の損失となるとため、同条件ではフェルスタッペンがペレスより0.37秒速かったことになる。
この約0.4秒という差は、ここ数年の2人の差と一致しており、今年も「フェルスタッペンはフェルスタッペン」の一言で済んでしまう1年になりかねない予兆が見受けられる。
次にライバルチームに目を向けると、図1からもフェラーリが2番手集団から抜け出しているのが分かる。ルクレールはブレーキに問題があったとのことなので、真の実力は分からずじまいだが、現状は前方のレッドブル、後方のメルセデス、マクラーレンに対して、共に大きなギャップがある単独2番手チームと言えるだろう。
これは図2の第2,3スティントのペースの推移を見ても、明らかだ。サインツのペースはラッセルを大きく上回っており、第2スティントでの3周のタイヤの差を考慮に入れても、パフォーマンスの差は0.5秒前後と明白だった。
また、これらの内容はFP2のロングラン分析の結果と大差ないものとなっており、実際はFP2で勢力図が判明していた(各車が同じような条件で走っていた)ことも分かった。
参考:FP2ロングラン分析
2. ついに来たピアストリ!
昨シーズンはノリスに遅れをとることが多かったピアストリ。当サイトの分析では予選で3勝9敗(+0.177秒差)、レースペースで1勝8敗(+0.3秒差)と完敗した。後半戦ではマシンの競争力が高かったことと、ノリスが重要な場面でトラックリミットなどのミスを犯したことで、ピアストリの競争力不足が印象上は見えにくかった。しかし筆者としては、F2での戦績を考えればやや物足りないと考えていた。
だが、今回は予選でノリスから0.69秒差まで接近し、レースでもほぼ互角のスピードを見せた。ちなみに、分析結果では+0.1秒としたが、0.0と読んでも良いレベルの微妙な所だった。
図3にマクラーレン勢のレースペースを示す。
第1スティントでは、アロンソを交わしてからほぼ互角かノリスから0.1秒弱遅いペースだったが、第2スティントはタイヤが1周古いことを考慮すると、完全に互角だった。第3スティントでは逆にタイヤが1周新しい中での同ペースなので、やや足りないものの、それでもノリスから0.1秒弱差だった。
昨シーズンはブランク明けからのデビューということもあり、今年こそ真価を発揮することが期待されるピアストリ。まずは順調なシーズンの出だしとなった。今後これを続けていけるか、さらなる飛躍を見せるかが、同様にF2で輝きを放ったルクレールやラッセルらと対等なキャリアを歩めるか否かの分け目となるだろう。
3. ハースの大躍進
昨シーズンはレースペースで苦戦してしまったハース。しかし今回はFP2のロングランの時点で中団で戦える速さを見せた上に、予選でもQ3に進出し、一発とロングランを高次元でバランスしてきたことが示唆された。
しかしレースになるとそのペースはさらに驚くべきものだった。図4にフェルスタッペンとヒュルケンベルグの比較を示す。
第3スティント(1周目でピットインしているため実質的には第2スティント)ではタイヤの差を考慮するとフェルスタッペンの1.4秒落ちで、これはアロンソを0.1秒上回るものだった。その前の第2スティントでも、周囲とは異なるハードタイヤであるという注釈こそつくが、フェルスタッペンから1秒以内のペースで走っており、2番手争いに匹敵するスピードを見せた。
それだけに1周目のインシデントは非常に勿体なかった。だが次戦以降、競争力を保ちつつクリーンなレースができれば、5番目のチームとしてポイント争いの常連になることができるかもしれない。ハースとヒュルケンベルグにとっては、今後に向けて大いに期待が持てる開幕戦となった。
一方で、マグヌッセンは今回も予選で0.678秒、レースペースで0.5秒遅れてしまい、昨シーズンからの劣勢を引きずっていることが示唆された。
昨シーズンのマグヌッセンは、予選で約0.2秒、レースペースで0.3秒の差をつけられた。当サイトの歴代ドライバーの競争力分析によれば、両者が実力を出し切ると、ヒュルケンベルグが予選で0.3秒リード、レースで互角となるはずだ。
ここでマグヌッセンが力を発揮できていると考えると、ヒュルケンベルグがフェルスタッペン並みかそれ以上ということになり、フォースインディア時代のペレスとの比較や、ルノー時代のリカルドとの比較から考えて、不自然だ。よってマグヌッセンの力はこんな物ではないと断言できる。現在抱えている問題を解決し、ヒュルケンベルグと近い場所を走れるようになれば、ハースチームの中団の主役としての存在感が一気に増すだろう。
参考
歴代ドライバーの競争力分析(予選)
歴代ドライバーの競争力分析(レースペース)
4. RBの戦略問題
4.1. 最終ラップで戻すべきだったのではないか?
今回はレース終盤において、角田がマグヌッセンを抜きあぐねる中で、リカルドとポジションを入れ替えるチームオーダーが発生した。これは近年のF1では極めてポピュラーなもので、後ろにいるチームメイトの方がライバルを仕留められる可能性が高いなら、チームとして最大限の結果を目指すというものだ。
しかしこの戦略を採る時、前に出た方のドライバーが最終ラップまでライバルを仕留められなかった場合は、最後に順位を元に戻すのが一般的だ。
例えば、2017年のハンガリーGPではフェラーリのライコネンを仕留めるために、ボッタスがハミルトンにポジションを譲り、結局ライコネンを抜けなかったハミルトンは最後にボッタスにポジションを返した。ベッテルとのチャンピオンシップ争いの最中だったにも関わらずだ。
2021年のサンパウロGPでは、逆にアルファタウリのガスリーからポジションを守るために、アルピーヌのオコンとアロンソが順位を入れ替えたが、これも結局元の順位に戻した。自由に競った場合、ペース上でアドバンテージがあったアロンソが前でフィニッシュした可能性が高かったが、それでもチームは作戦実行前の順位でフィニッシュさせることを選択し、ドライバーも納得した。
しかし、今回はリカルド-角田の順位のままフィニッシュしてしまった。おそらく角田本人や関係者、ファンもこの点に納得が行っていないのではないだろうか?
ポイント圏外での争いではあったものの、マグヌッセンから12位を奪おうとして戦略を実行したという事実は、その前提に「圏外であっても12位は13位より価値がある」という観念があることを物語っている。ならば「13位は14位より価値がある」ことにもなり、ポイント圏外だからというのは2人の順位を戻さない正当な理由にはならない。
マグヌッセン攻略のために、ペースの良いリカルドを前に出したことそのものは何ら問題はない。年間のランキングでは同ポイントの場合、最高順位がものを行ってくる。ここでの12位と13位が年間ランキング5位と6位の分け目になる可能性もゼロではない。そもそも本質としてレーシングチームは一つ一つのレースでポイント圏内・圏外に関わらず、一つでも前のポジションを狙うべきだという哲学もあって然るべきだろう。
首脳陣もその点について説明を行なっているが、問題なのはそこではなく、最終ラップでポジションを戻さなかったことだ。その辺を追求された時(実際されたようだが)に、チームがどのような説明を行うのか(行ったのか)、筆者は非常に興味がある。
考えられる説明としては「マグヌッセンから奪うポジション1つの価値とチーム内のドライバー同士のポジション1つの価値は異なる」というものだろう。すなわち、マグヌッセンを抜いて12位になることは重要だが、チーム内でどちらが13位か14位かは特に重要ではない、という考え方だ。格別重要でないことのために、わざわざ最終ラップで余計な操作をすることもないという哲学はそれはそれで認められて然るべきだ。リカルドも同じような考え方をしていたようで、自発的にポジションを譲ることは考えなかったようだ(ただしチームからの指示があれば戻したと語っている)。
ただし、ドライバーの不満は今後のチームとの信頼関係の悪化に繋がりかねず、F1がチームスポーツである以上、それは結果にも響いてくるはずだ。「チーム内でどちらが13位か14位かは特に重要ではない」とするならば、むしろ角田が不満を募らせることを避けた方が利口だろう。
逆にポジションを戻すことでリカルドが不満を募らせることはまずないだろう。万が一、一時的にあったとしても、前述の通りチームオーダーの歴史において、最後にポジションを戻すことが一般的になっている。よって、そのような数多くの事例を持つ判断に対して、リカルドのような聡明なチームプレイヤー納得しないことは考えられない。
したがって、RBの最終ラップでの判断は、ドライバーとの関係値がもたらすチーム力への影響という観点で見たときに、悪手だったのではないか?というのが筆者の見解だ。
4.2. 入れ替えの判断そのものは正当だったか?
また、補足として、前提条件となっている「リカルドの方がマグヌッセンを抜ける可能性が高かった」という命題に関して補強しておきたい。図5にマグヌッセン、角田、リカルドのレースペースを示す。
38周目に、一時角田とマグヌッセンとの距離が2秒程度に開き、そこで僅かながら第3スティントでの角田の真のペースが垣間見えたが、ここでの角田のペースはマグヌッセンより0.2~0.3秒速い程度だ。
一方でソフトタイヤを履いたリカルドは、それより0.5秒ほど速いペースで飛ばしてきている。尚且つ角田に追いつく47周目付近までのデグラデーションは、0.06[s/lap](グラフが横ばい)と悪くない。となればリカルドがマグヌッセンを仕留める確率の方が高いと考えるのはロジカルだ。となればチームの利益のためにリカルドを優先するのは当然だ。
4.3. RBのレース全体での戦略はどうだったか?
RBの戦略については、筆者はさほど問題というほどでもなかったと考えている。バイエルCEOは29周目(おそらく28の間違い)にストロールをカバーすべきだったと語っているが、これだとジョウを攻略することができない。さらに言えばストロールからポジションを守り切れるとも限らない(ストロールが入る前のジョウと角田の間隔と、ジョウのピットアウト直後のストロールとの間隔から考えて、角田がピットアウトした時にストロールとサイドバイサイドになっていたと考えられる)。ポイント獲得を狙うなら、第2スティントを引っ張ってタイヤのオフセットを利用して抜くのが最も現実的だ。
今回はストロールやジョウらが1回目、2回目共にかなり早めのピットストップを行ったが、それがこのようにアンダーカット成功という形になるのか、最後にタイヤが持たなくなり抜かれていく展開になるのかは結果論だ。したがって、未来を予知する水晶玉がない以上、極端に早いライバル勢のピットストップに対していちいち反応することが必ずしも得策とは言えない。これがF1というスポーツの難しい部分だ。
そして、この辺りの精度を上げていくためにも、純粋な戦略面というよりタイヤに対する理解を深めていくことが求められるだろう。ただし、これに関しても、開幕戦であることを考えれば、判断がコンサバティブになるのは擁護できる。ストロールよりも早く(26周目)にピットに入るべきだったという主張もあるだろうが、レースが終わった今となっては正しいように見えても、その時点では「31周も持つのか?」という疑問はあって当然だ。筆者としては、RBの失策と見るより、寧ろアストンマーティンやザウバーがリスクを取り、それが実ったと見るべきだと考えている。
また、実際角田は35周目にピットに入ったあと、一度マグヌッセンの前で戻っている。ここからはジョウより6周、ストロールより7周新しいタイヤで追いかければ良い展開だった。追いつくとすればレース終盤だった計算だが、バーレーンの抜きやすいコース特性を鑑みると、現実的ではあった。
しかし、誤算だったのは、マグヌッセンが角田を36周目にオーバーテイクしたことだ。これがRB&角田陣営にとっては痛かった。これに関しては、新品タイヤの角田を追い回して抜き切ったマグヌッセンに拍手を送るのが自然なのではないか、というのが筆者の考えだ。
※Motorsports.comによれば、角田は36周目にターン1でオーバーシュートして抜かれたとのこと。映像は未確認だが、単にミスによって抜かれてしまったのなら、非常に勿体なかった。
5. まとめと次戦への展望
レッドブルの圧勝に始まり、各チームの勢力図が詳らかになった開幕戦。しかし第2戦サウジアラビアは、ストップアンドゴーのバーレーンとは真逆の高速サーキットだ。ここで勢力図がどう変化するのかは非常に興味深いポイントで、今シーズンの行方を占う上でも、各チームの長所と課題を明らかにする上でも良いデータが得られるだろう。
また市街地ということもあり、不確定要素がレース結果を左右しやすい。そんな中でもデグラデーションを抑え、スティントを引っ張ることができれば、SCや赤旗が不運という形で作用しにくくなる。不運を完全に排除することはできないが、それを最小限に抑えるために、各チームがどのようなアプローチを採ってくるか、楽しみにしつつ末筆としよう。
Writer: Takumi