各チームが天候と路面状態の変化に翻弄され、レッドブル・フェラーリ・メルセデスのトップ6台がまちまちな戦略を採用したハンガリーGP。フェラーリの戦略問題が再び大きな話題となってしまったレースとなったが、今回もグラフを交えて分析的視点で振り返っていこう。
1. 勝敗を分けたフェルスタッペンの38周目のピットストップ
10番手から追い上げて優勝を飾ったフェルスタッペン。今回の勝因の非常に大きな部分は「38周目というタイミングで2度目のピットストップを行ったこと」だ。
ルクレールvsフェルスタッペンという視点で見ると、ルクレールはミディアムスタートで第2スティントもミディアムへ。一方のフェルスタッペンはソフトでスタートして、第2スティントでミディアムに履き替えた。
レースでは2種類のタイヤを使わなくてはならず、加えてフェラーリもミディアムを2セットしか持っていなかったため、必然的にルクレールの第3スティントはハードかソフトのどちらかになる。
その状況で、38周目に7秒後方にいたフェルスタッペンがピットに入るということは、フェラーリにとっては
(1)翌周にハードに換えて前にとどまる
(2)アンダーカットは許して引っ張り、第3スティントでソフトを履いてタイヤの差で追い上げて抜く
の2択を迫られることを意味する。
残りが30周以上ある状態でソフトに換えることはあまりに無謀なため、「翌周にソフトに換えて前にとどまる」という選択肢はなかった。仮にフェルスタッペンがアンダーカットを仕掛けたのがあと数周遅ければその選択肢が生まれてしまい、フェラーリ&ルクレールの勝利となっていただろう。
したがって、38周目のアンダーカット戦略は、サインツとラッセルをまとめて料理できたことのみならず、フェラーリ&ルクレールに厳しい2択問題を突きつけた点で非常に効果的だった。
2. フェラーリはどうすればよかった?
2.1. ハードはあり得なかった
さて、フェラーリは前者を選んだわけだが、後者を選ぶべきだったという指摘が各所から噴出している状態だ。
これについて状況を整理するには、まずハードタイヤのパフォーマンスについて情報を集める必要がある。まず第2スティントでハードを履いたオコンとマグヌッセンについて見てみよう。
まず図1に着目する。
第1スティントにおいて、ノリスのピット直前にオコンはノリスの2秒以内につけていた。またリカルドはオコン&アロンソ編隊からジワジワと遅れ、アロンソの約6秒後方となっていた。
タイヤはマクラーレン勢がソフト、オコンがミディアムだが、ラッセルとサインツの関係から考えて両コンパウンドに大きな差はなかったと考えられる。そこで、この第1スティントの力関係を「ノリスはオコンと互角、リカルドは明確に遅い」と受け取ろう。
すると、第2スティントでオコンより9周古いミディアムのノリスと8周古いミディアムのリカルドに物凄い勢いで離されてしまったのはハードタイヤが遅いということに他ならない。
ちなみにリカルドのデグラデーションは0.08[s/lap]で、8周分の使用履歴の差は0.6秒に相当する。よって、35周目あたりからオコンとリカルドのタイムが接近してきているのを「10周程度でミディアムと同等になる」と読むのは間違いだ。10周目の時点でも実質的に0.6秒ほどミディアムのリカルドが上回っていたと下駄を履かせて読むのが正しい。
さらに図2のマグヌッセンは、早めのピットでハードタイヤを履いているが、ミディアムのシューマッハを0.3秒ほど上回っている。しかしシューマッハのデグラデーションは大きく、これを加味するとマグヌッセンのハードはシューマッハのミディアムより0.5秒ほど遅い計算になる。
そして恐ろしいのはシューマッハがハードに履き替えて、両者ハードになった部分では、シューマッハが15周新しいタイヤにも関わらず平均0.35秒しか速くない。デグラデーションを加味するとマグヌッセンが0.4秒上回っていた計算だ。
つまり「同条件で0.4秒速いドライバーが、ハードを履くことでミディアムに0.5秒負ける」という事象が発生しており、ハードのミディアムに対する不利が、0.9秒という数値で明確に出ている。
こう考えるとハードという選択肢はあり得ない。そしてフェラーリもあの場でこのぐらいの計算は弾き出せたはずだ。(1)の戦略は自滅行為と言えるだろう。
2.2. ソフトで追い上げる戦略は機能したか?
ここでフェラーリが検討すべきは(2)の戦略が機能するか否かだ。
第1スティントのラッセルやペレス、ノリスあたりを見ると、好ペースを維持できるのは15周程度、最終スティントで燃料が軽くなることを加味しても20周弱のスティントが好ましいと考えられる。
2.2.1. 理想的なシミュレーション
そこで、55周目にソフトに交換する場合をシミュレーションしてみよう。なお、シミュレーションの前提として、「タイヤ・燃料が同条件の時、ルクレールとフェルスタッペンのペースは互角」とした。またデグラデーションは双方0.08[s/lap]とし、15周ならばソフトはミディアムと同様の性能を発揮するとした。
39周目にフェルスタッペンがルクレールの27秒後方でピットアウトするところからスタートだ。
フェルスタッペンは17周新しいタイヤを活かし、1周1.36秒の勢いでルクレールとの差を詰めていくことになる。そして55周目、ルクレールがピットに入る頃にはその差は約4秒まで縮まる。
今度はルクレールがピットに入り、約16秒後ろから17周新しいタイヤで1.36秒追い上げる番だ。これは単純計算で12周で追いつくことになり、オーバーテイクは容易だろう。
ただしラッセルはルクレールの0.3秒落ちのレースペースだったため、56周目時点でフェルスタッペンの7秒ほど後方、つまりルクレールの前にいることになる。ルクレールとしてはすぐ抜けるだろうが、1周のロスだとしても、フェルスタッペンとの勝負はもっと際どくなり、ファイナルラップのターン1勝負あるいはターン12あたりの勝負になっていたかもしれない。
よって判断のプロセスとしては、38周目のレッドブルからの挑戦状に対する答えは、(2)の戦略、つまり「引っ張ってソフトに換えて追い上げる」とするのが最も理に適っていたと言えるだろう。
2.2.2. 実際のフェルスタッペンの速さとフェラーリ&ソフトの相性を加味したシミュレーション
しかし、前述の通りこのシミュレーションで前提とした「フェルスタッペンがルクレールと互角」「ソフトでも15周ならばミディアムと同等」は、実際にはそうはなっていなかった可能性が高い。
前者については、図4にて第2スティントで両者本来のペースで走っている部分(走行状態はこちら)で比較すると、ルクレールは5周新しいタイヤにも関わらず、フェルスタッペンを0.1秒程度しか上回れていない。これはデグラデーションを考慮するとフェルスタッペンの方が0.4秒ほど優れていたと言える数値だ。
さらに、図5にてルクレールとハミルトンの比較を行うと、ミディアムの第2スティントではルクレールが0.3秒、デグラデーションを加味して0.2秒ほど上回っていた。
しかし、ソフトに換えてからは3周新しいタイヤで互角、デグラデーションを加味するとハミルトンの方が0.3秒上回るペースとなっており、少なくとも対メルセデスではソフトに乗り換えて0.5秒失っていた。(ちなみにルクレール自身のパフォーマンスはミディアムと同じくサインツを0.3秒上回っており問題なかった)
したがって、フェルスタッペンの地力のペースの速さ、そしてフェラーリがソフトで今ひとつだったことを考慮すると、ルクレールの追い上げは現実のハミルトンのようには上手くはいかず、シミュレーション上接戦だった勝負は、実際はフェルスタッペンに軍配が上がった可能性が高そうだ。
もちろん「フェルスタッペンが40周目前後で2回目のストップを行う(つまり第2スティントが長くない)前提で飛ばしていたのではないか?」、或いは「サインツとのギャップを2.5秒にキープしながらタイヤを労ったことのアドバンテージが無視できないほど大きかったのではないか?」、さらには「ソフトでフェラーリが遅かったわけではなくメルセデスが速かったのではないか?」という反駁も可能で、ルクレールが勝った可能性もゼロではない。
ただし筆者としては、レース終盤のペレスとルクレールのペース差が1.36秒も無かったことから、残り6周付近でラッセルを捉えて2位というのが現実的な着地点かと考えている。
しかし何れにせよ、ハードを選んで6位になるよりは遥かにマシだ。フェルスタッペンのレースペースが速く、レッドブルが38周目にタイヤ交換という絶妙な戦略を選んだ時点で、優勝はかなり厳しかった。その中で最大限の結果を掴める(2)の戦略を選択すべきだったのは間違いないだろう。
3. フェラーリを擁護できるか…?
さて、ビノットは計算上はハードで行けたと考えていたが、結果的にそうならなかったとの旨を述べている。私の計算とは全く異なる事から、おそらく異なるデータや思考過程を元に導出したと思われる。
一つ考えられるのはFP2のデータだ。レースとなれば様々な駆け引きが存在する。その中でアルピーヌやハースのデータを愚直に信じることには、確かに一定のリスクがあるだろう。
だが、今回は週末を通して天候が大きく変化しており、路面温度・風が未知のコンディションとなっていた今回のレースでは、リアルタイムで少しでも各チームから情報を集めるのが理にかなっているのではないだろうか?
もう一つ考えられるのは、ノリスとリカルドの第1スティントを高く評価した可能性だ。デグラデーションが大きいため、途中からオコンの方が速くなっているが、ソフトの旨味が活きる序盤ではオコンより0.5秒ほど速い。そこでマクラーレン勢を評価した場合は、確かにハードの遅さを過小評価することに繋がる。
だが、これもマクラーレン勢のデグラデーションはかなり大きく、「デグラデーションを抑えて走ったらこのぐらい」とアバウトに補助線を引くことはできるはずである。そしてその場合0.1~0.2秒の誤差は生じるかもしれないが、ハードの致命的な遅さの前では誤差範囲内だ。
定量的な結論を出そうと潔癖になることよりも「ハードは大幅に遅い」と訂正的な結論を出し、それを元に判断するのが、現実的にベストな結果に結びつくのではないだろうか?
よって今回のフェラーリの判断は擁護するのが厳しく、チャンピオンシップを争うチームがやることではないように見受けられる。
ドライバー・チーム関係者のみならず、多くのファンが今季何度も繰り返し失望させられてきている。ライバルチームのファンも、もっと手強いライバルとの激戦を経て勝つレースにこそ熱狂するだろう。フェラーリのレースオペレーション問題はF1ファミリー全体の多くにとってマイナスの影響を及ぼしていると思われ、今後に向けて改善が急務となっているのではないだろうか。
4. 詳細な力関係は「レースペース分析」で
ここまではフェラーリの戦略面の賛否について論じてきたが、チームメイト同士のレースペースの比較、或いはライバルチーム同士の比較は、追ってコアファン向けおすすめコンテンツである「レースペース分析」で掘り下げる予定だ。また分析で得られた知見を元に、全F1ファンを対象としてレース全体の総括も簡潔に行う予定だ。
Writer: Takumi