2025年スペインGPはバルセロナ、カタロニア・サーキットで行われた。ターン9や最終コーナーなど、「全開で行けるか行けないか」のスリリングな高速コーナーが多く、筆者としても年間で最も楽しみにしている人気の高いトラックの一つだ。
レースはピアストリがそのままポール・トゥ・ウィンを成し遂げたが、その背後では緊迫した戦略勝負が繰り広げられていた。今回もデータを交えながら伝統の一戦を振り返ってみよう。
1. 勝機を切り拓いたレッドブルの戦略
図1にマクラーレン勢とフェルスタッペンのレースペースを、図2にギャップグラフを示す。


第1スティントでは、マクラーレン勢が新品、フェルスタッペンが中古のソフトタイヤだったこともあり、ピアストリがフェルスタッペンを1周あたりの平均で0.3秒ずつ引き離していく展開に。ノリスも序盤はタイヤを労っていたが、ペースを上げてフェルスタッペンに接近すると、13周目にあっさりパスした。
しかし、ここからがレッドブル陣営の腕の見せ所だ。
フェルスタッペンは、ノリスに抜かれてすぐの13周目にピットへ。新品のソフトタイヤに履き替える。これにより、翌周にノリスが反応してもアンダーカットを阻止できない状況を作り、2台で戦略を分けることを嫌う傾向のあるマクラーレンは、案の定2台揃ってステイアウトを選択した。ここからが “2ストップ vs 3ストップ” レースの始まりだ。
フェルスタッペンは新品タイヤの利を活かして、マクラーレン勢を1秒上回るペースで周回。マクラーレン勢がピットに入ると、ピアストリの6秒、ノリスの10秒前方にいた。そしてピアストリが9周、ノリスが8周新しいタイヤで追い上げを始めると、ピアストリとの差が2.5秒まで縮まった29周目にピットへ。これはピアストリにアンダーカットされることを防ぐためだろう。
そして今度は、ピアストリより7周、ノリスより8周新しいタイヤで猛烈な追い上げを図った。図1を見ると、ここでフェルスタッペンが如何にタイヤを酷使してでもアグレッシブに攻めに行ったかが、見て取れるだろう。
ここでのレッドブル陣営の狙いは、ノリスをアンダーカットすること、つまり次のピットストップまでに少なくとも3秒程度までその差を縮めることだった。しかし、攻めた走りは高いデグラデーションと表裏一体。スティント終盤になると、その差は4秒強から縮まらなくなっていった。
それでもレッドブル陣営は先に動き、ノリスとの差が4.4秒となった47周目にフェルスタッペンをピットへ。翌周にノリスがピットを済ませると、その1.8秒後方につけ、その周の最終コーナーでは0.6秒差の背後につけた。しかし、ここでノリスの前には周回遅れのサインツがおり、ノリスもDRSを使うことができた。これにより、ターン1での勝負には至らなかったが、レッドブル&フェルスタッペンとしては、ペース面で劣勢の週末の中で「あと一歩」まで行った。当サイトで繰り返し述べてきた通り、勝負事では「負ける時でも “何か” する」ことが非常に重要であり、今回も王者は王者らしい戦いを見せたと言えるだろう。
2. レッドブルのタイヤ選択の是非
さて、終盤のセーフティカー時に、レッドブルがハードタイヤを選択した件については、賛否が分かれる所だろう。
3ストップだったこともあり、この時点でフェルスタッペンが持っていたのは5周オールド(予選でのアウトラップ+アタックラップ+インラップとレコノサンスでの2周)のソフトタイヤだった。
とはいえ、マクラーレン勢にしても持っていたのは予選で使った3周オールドのソフトタイヤであり、その差はレコノサンスで2周使ったか否かだけだった。よって、デグラデーションの大きさ(今回の第2,3スティントでは0.17~0.20[s/lap])を考慮しても、0.3秒程度の不利しかなく、ハードタイヤよりはマシだったのではないかというのが筆者の推察だ。
ちなみに、ステイアウトするという選択はあり得なかっただろう。
8周酷使したソフトの不利は、デグラデーションを0.20[s/lap]とした場合1.4秒だ。このスティントのアウトラップでノリスに対するアンダーカットのために激しくプッシュし、その後もなんとか勝負に持ち込もうと酷使したことを考えると、それ以上の不利があった可能性も高い。さらに、ピレリタイヤの特性として、スティントの途中で一度セーフティカー先導走行を挟むと、レース再開後もグリップが立ち上がってこない傾向がある。
これらを考えると、ステイアウトした場合は、タイヤの面で2秒以上の不利を抱えることとなり、トップチームのみならず、ガスリーやアロンソらにも抜かれていた可能性がある。
よって、タイヤを変えるという選択そのものは正しい判断だったが、マクラーレン勢に対して2周古いだけのソフトタイヤの方がハードタイヤよりはベターな選択肢だったと結論づけることができる。
3. フェルスタッペンの荒れた走り
さて、終盤にはフェルスタッペンがラッセルに対してポジションを譲るふりをしつつ、再加速して相手の車の横に突っ込んでいくという珍事が発生した。これについて考えてみよう。
これはタイヤ戦略の失敗により、フラストレーションが強まり、前頭前野の働きが一時的に弱まったのだろう。特に、トップアスリートほど自己同一性を「勝利=自分の価値」と結びつけやすく、地位が揺らぐ瞬間は過剰防衛に傾きやすいと考えられる。そしてこの過程で、認知的視野狭窄(stress-induced tunnel vision)により、長期リスク(ポイントの損失や信頼関係の破壊など)より「目の前の鬱憤晴らし」が優先されたと説明することができる。
エラーや衝動自体は、人類が “素早く決断する” ためのトレードオフで備えた性質だ。完全無欠より試行錯誤→学習の方が環境適応力を高める。それが “弱い逸脱” ならば、社会も寛容に受け止め、過ちを犯した者も学習して成長し、全体が最適化されるが、強い逸脱が頻発すると、信頼の破壊コストが累積しコミュニティや社会の「協力のゲーム」が崩壊する。
人間の “ひび割れ” というのは美術品の貫入のようなものではないだろうか。そこから光が漏れるおかげで、共感が生まれ、物語性が宿り、予測不能な創造性が迸る。だからこそF1は面白い。
ただし割れ目が大きすぎて構造を損なう前に、コミュニティや社会側が補強材(ルール・教育・ケア)を差し込む必要がある。フェルスタッペンは後にInstagramで自身の過ちを認めた。そして、FIAもペナルティポイント制度で抑止力を設けている――これはまさに「壊れる前に補修する」メカニズムと言える。
要するに、不完全さは“味”であり“危険物”でもある。スパイスは一振りなら料理を引き立てるが、鍋ごと投入すれば食べられなくなる──筆者は、個と社会の「ちょうど良い不完全さ」の尊さを今回の一件の裏側に見た。
4. まとめと次戦の展望
ピアストリは盤石の今季5勝目。レッドブルとフェルスタッペンが3ストップで揺さぶりをかけたものの、終盤のセーフティカーが明暗を分けた。
次戦カナダGPは、長いストレートとシケインが連続する “ストップ・アンド・ゴーの象徴” として知られるジル・ビルヌーブ・サーキットで行われる。変わりやすい天候と高いセーフティカー率も波乱要素だ。勢いに乗るマクラーレンが3連勝を狙う一方、縁石を苦手とするレッドブルがどこまで食らいつけるか、フェラーリもパワーサーキットでの復調を虎視眈々と狙う。勝負の行方は再び戦略とSC・VSCの兼ね合いが大きな要因となるかもしれない。
5. インタラクティブグラフ
自分でさらにデータを深掘りしたいという方には、こちらのグラフを使っていただければ幸いだ。
各車のペースグラフとギャップグラフをインタラクティブな形にしており、ボタン操作で見たいドライバーだけを表示できる。ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶしてあるため、レース文脈も把握しやすい。右上のボタンでダウンロードやズームなども可能だ。
ぜひ、ご活用いただきたい。
Lap Times
Gap to Leader
注意点:
ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶした。
Takumi, ChatGPT
