英名:Michael Schumacher
チャンピオン獲得回数 :7(1994, 1995, 2000, 2001, 2002, 2003, 2004年)
優勝回数:91
ポールポジション獲得回数:68
表彰台獲得回数:155
ポイント獲得数:1566
出走回数:308
国籍:Germany
生年月日:03/01/1969
出身地: Hürth-Hermülheim, Germany
主な愛称:シューミ
対チームメイト比較
レースペース
2012年:vs ロズベルグ 3勝8敗1引き分け(+0.1秒差)
アメリカGPを除き 3勝7敗1引き分け(+0.1秒差)
2011年:vs ロズベルグ 5勝7敗3引き分け(-0.1秒差)
シンガポールGPを除き 4勝7敗3引き分け(0.0秒差)
2010年:vs ロズベルグ 3勝2敗3引き分け(0.0秒差)
スペイン・シンガポールGPを除き2勝1敗3引き分け(0.0秒差)
2006年:vs マッサ 13勝1敗1引き分け(-0.4秒差)
2005年:vs バリチェロ 3勝0敗(-0.3秒差)
2004年:vs バリチェロ 9勝1敗(-0.3秒差)
2003年:vs バリチェロ 4勝0敗(-0.4秒差)
2002年:vs バリチェロ 7勝1敗(-0.3秒差)
2001年:vs バリチェロ 7勝0敗1引き分け(-0.4秒差)
2000年:vs バリチェロ 7勝0敗(-0.5秒差)
1999年:Upcoming…
1998年:Upcoming…
1997年:Upcoming…
1996年:Upcoming…
1995年:Upcoming…
1993年:Upcoming…
1992年:Upcoming…
1991年:Upcoming…
予選(2003~06年は燃料搭載量を考慮して換算した比較)
2012年:vs ロズベルグ 6勝6敗(+0.011秒差)
アメリカGPを除き 5勝6敗(+0.139秒差)
2011年:vs ロズベルグ 0勝7敗(+0.417秒差)
2010年:vs ロズベルグ 3勝11敗(+0.254秒差)
2006年:vs マッサ 10勝0敗(-0.49秒差)
2005年:vs バリチェロ 7勝1敗(-0.36秒差)✳︎
2004年:vs バリチェロ 11勝0敗(-0.38秒差)
2003年:vs バリチェロ 7勝1敗(-0.24秒差)
2002年:vs バリチェロ 13勝4敗(-0.227秒差)
2001年:vs バリチェロ 15勝1敗(-0.548秒差)
2000年:vs バリチェロ 15勝2敗(-0.358秒差)
1999年:vs アーバイン 8勝1敗(-0.412秒差)
1998年:vs アーバイン 15勝1敗(-0.712秒差)
1997年:vs アーバイン 16勝1敗(-0.754秒差)
1996年:vs アーバイン 15勝1敗(-0.891秒差)
1995年:vs ハーバート 15勝0敗(-1.555秒差)
1994年:vs フェルスタッペン 7勝0敗(-2.108秒差)
1994年:vs JJレート4勝0敗(-2.210秒差)
1994年:vs ハーバート2勝0敗(-1.075秒差)
1993年:vs パトレーゼ 16勝0敗(-1.150秒差)
1992年:vs ブランドル 16勝0敗(-1.019秒差)
1991年:vs チェザリス 1勝0敗(-0.774秒差)
1991年:vs ピケ 4勝1敗(-0.264秒差)
レースペースでは、2000~05年にバリチェロに完勝した。また、2006年にもマッサ相手に0.4秒差の大差をつけている。アーバイン時代やベネトン時代はさらに大きな差だったと思われ、歴代最速クラスに入るのは間違い無いだろう。
予選に着目すると、ベネトン時代はチームメイトに秒単位で差をつけ、フェラーリ時代でもアーバインやバリチェロを全く相手にしない速さを見せている。2010年にメルセデスで復帰してから2年間は競争力を欠いたが、2012年にはロズベルグと互角(アメリカGPの一発を除けばやや劣勢)となっている。後にロズベルグが予選でハミルトンに対して僅差でやり合った事を鑑みれば、悪くないパフォーマンスではある。ただし全盛期の速さは、マッサやバリチェロらを介した間接比較からはハミルトンを0.1秒ほど上回っている筈であり、それを考えると0.3~0.4秒ほど力を落としていたのかもしれない。
2010年の復帰後は2010,11年は予選でロズベルグに遅れを取りつつも、レースペースでは互角もしくは2011年はやや優勢と言っても良い速さを見せた。2012年は予選での差を詰めたが、レースペースが悪化してしまった。
✳︎2005年オーストラリアGPからモナコGPまでの予選タイム差は、予選総合タイム差からフューエルエフェクト分を差し引いた結果を2で割った値を使った。