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2006年 ハンガリーGPレビュー 【バトンの初優勝とフェラーリの奇策】

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 このシリーズでは、現在FIAでラップタイムが公開されている最古の年2006年からのレースを振り返ってみよう。今回はバトンが初優勝を飾ったウェットレース、ハンガリーGPをお届けする。

 なお、最初に1. レースのあらすじ、次に2. 詳細な分析、記事末尾に3. まとめを記した。あらすじまとめのみで概要が分かるようになっているので、詳細分析は読み飛ばしていただいても問題ない。

目次

  1. レースのあらすじ
  2. 詳細なレース分析
  3. まとめ

1. レースのあらすじ

 フリー走行中の危険走行によって予選タイム2秒加算ペナルティを貰い、15番手スタートとなったアロンソ。そして同じくフリー走行中の赤旗中の追い越しによって予選タイム2秒加算ペナルティを貰い、12番手スタートとなったシューマッハ。しかしレースでは1周目を終えてシューマッハが4番手、アロンソが6番手と、レインマスターの名にふさわしい走りを見せた。その後、水量の多い路面にブリヂストンのインターミディエイトタイヤが合わないシューマッハはペースが上がらず、アロンソはこれを5周目にパス。一方、1周目では11番手だったバトンも、7周目にシューマッハを抜いて4番手へ。トップグループを追った。

 上位勢ではライコネンとバトンは軽めで、17周目にピットへ。一方でQ2敗退のアロンソは27周目まで引っ張りピットイン。やはり積んでいた。

 そしてシューマッハは17周目、フィジケラと接触してフロントウィングを破損。トップグループからさらに大きく離されてしまう。

 レースが動いたのは26周目。ライコネンが周回遅れのリウィッツィに追突しクラッシュ。これによりセーフティカーが出動した。ここでギリギリでアロンソと同一周回に留まっていたシューマッハは一気にトップグループとの差を詰めることとなった。

 ここでチェッカーフラッグまでの燃料を積んだアロンソに対し、もう1ストップ分の燃料しか積まなかったバトンは、軽さを活かしてアロンソを追い回す。しかしバトンの燃料は46周目に尽き、ピットストップ。路面はまだ濡れており、タイヤは交換せずにピットアウトした。

 アロンソはそこから5周後の51周目にピットへ。路面は乾いてきており、ドライタイヤに履き替える。しかしピットアウト後にドライブシャフトが破損。タイヤバリアに突っ込みリタイアとなってしまう。

 そこからはバトンが悠々自適のトップ快走。記念すべき自身の初優勝を飾った。

 一方でシューマッハは、40周目を過ぎた辺りから秒単位でペースアップ。水量の少ないコンディションに強いブリヂストンタイヤが作動レンジに入ったようだ。コース上でもオーバーテイクを連発し、46周目のピットストップを終えると、デラロサ、ハイドフェルド、バリチェロの後ろ、5番手で戻った。

 しかし、そこから路面は乾き、上位勢は続々とドライタイヤに交換。しかしシューマッハはインターミディエイトのままチェッカーまで走り切ることを決断し、一時は2位に浮上した。ドライタイヤに履き替えたデラロサは、1周3秒速いペースでシューマッハを追う。62周目には追いつき、シューマッハもこれを巧みにブロックするが66周目には交わされ、翌67周目にはハイドフェルドと接触。マシンにダメージを負いリタイア(完走扱いで8位入賞)となった。

2. 詳細なレース分析

2.1 アロンソvsバトンvsライコネン

 まずは序盤にトップを快走したライコネン、後方からそれを追ったアロンソとバトンのレースを詳らかにしていこう。三者のペースを図1に示す。

画像1を拡大表示

Fig.1 ライコネン、アロンソ、バトンのレースペース

 序盤、ライコネンとバトンがピットストップを迎えるまで、アロンソとバトンが同等、ライコネンはそこから0.5秒落ちのペースとなっている。そしてライコネンとバトンがピットストップを行い、燃料が重い状態になると、アロンソとのペース差は3秒近くになった。

 計算上、アロンソは29周目までの燃料を積んでいたと考えられ、フューエルエフェクトを0.09[s/lap]で考慮すると、実力的にはバトンに対して1.0秒、ライコネンに対して1.5秒のアドバンテージがあったことになる。

 また1回目のピットストップでアロンソはチェッカーフラッグまでの燃料を積んでおり、バトンが46周目にピットストップを行なっていることを鑑みると、SC後はアロンソの方が25周分重い状態だったことが分かる。この時バトンの方が0.8秒速いペースだったが、フューエルエフェクトを考慮するとアロンソが1.5秒上回っていたことが分かる。今回のアロンソは雨量の多い状態でバトンに対して1.0秒、雨量が少ない状態でも1.5秒と、ミシュラン勢の中では異次元の競争力があった。

 結果的にはドライブシャフトのトラブルでリタイアとなったアロンソだが、内容的には完全に勝ちレースだった。バトンも序盤はライコネンを上回るペースを見せ、アロンソ以外のミシュラン勢を圧倒して2番手につけていたことが初優勝が転がり込むことにつながった。

2.2 アロンソvsシューマッハ

 序盤ではアロンソがシューマッハをコース上でオーバーテイクしたが、その後の2人のペースはどのような力関係だったのだろうか?コンディション別に詳らかにしていこう。図2に両者のレースペースを示した。

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Fig.2 アロンソとシューマッハのレースペース

 前半のシューマッハは、水量の多い路面に弱いブリヂストンのインターミディエイトに苦しみ、アロンソから1.8秒ほど遅れるペースとなっている。フィジケラとの接触でピットインしてしまったため、燃料搭載量は定かではないが、アロンソと大差はなかったと思われ、この水量ではタイヤが全く機能していなかった事が見て取れる。

 しかし水量が減ると、突如ブリヂストンタイヤが作動し始め、41周目からはシューマッハが3.4秒ほど上回っている。ただしシューマッハはバトンと同様に46周目までしか積んでおらず、25周分のフューエルエフェクトを考慮すると、実力的にはアロンソを1.1秒上回っていたことになる。
 ピットストップを行なってからはさらにペースを上げ、同等の燃料搭載量でアロンソを1.4秒上回るペースを見せた。

 ちなみにシューマッハ自身は、序盤の水量が多い状態で、より軽かったと思われるマッサを1.6秒上回り、後半の乾きかけの路面でもフューエルエフェクトを考慮して1.4秒上回っていた。ドライバーとしてはパッケージの全てを引き出す驚異的なパフォーマンスだったと言え、レインマスターの名に相応しい走りだった。

2.3 フェラーリの奇策の是非は…?

 乾き掛けの路面で競争力を見せ、一気に順位を上げたシューマッハ。しかし、ライバル勢が続々とドライタイヤに履き替える中で、インターミディエイトタイヤで走り切る奇策を敢行。結果はデラロサに対して数周粘ったものの、残り5周でパスされ、翌周にはハイドフェルドと接触。ダメージを負いリタイアとなってしまった。この判断の是非について考えてみよう。

画像2を拡大表示

Fig.3 シューマッハ、デラロサ、バリチェロのレースペース

 フェラーリの作戦は一見無謀に見えたが、注意深く見てみると、より低いリスクでチャンスを生み出す見事な作戦だったことが分かる。

 デラロサ、ハイドフェルド、バリチェロがドライタイヤに履き替える前、シューマッハは上記3名の後ろにいた。よって、ドライタイヤに履き替えた場合、アロンソのリタイアを勘定に入れても5位フィニッシュに落ち着いていただろう。2021年イモラのハミルトンが良い例だが、ドライラインを外せばウェットパッチで滑ってしまうコンディションでは、コース上でのオーバーテイクを考えるのは、1周2秒速かったとしても無理があるだろう。

 しかし、インターミディエイトで走り続ければ、ひとまず3人の前には出ることになる。さらに上記の理由でドライタイヤ勢にとってはオーバーテイクが非常に難しいことを鑑みれば、シューマッハのブロックの腕前も手伝って順位を守り切れる可能性も出てくる。

 そして重要なのは、バリチェロに抜かれたとしても、クルサードまでは距離があり、5位は堅かったという点だ。すなわち「ドライに替えれば確実に5位、替えなければ2位〜5位」という状況で、後者を選択するのはある意味当然かつ賢明な判断と言える。

 結果的にはハイドフェルドとの接触という最悪の結末となってしまったが、接触のリスクはタイヤを履き替えて濡れた路面でオーバーテイクを狙う方が遥かに高い。強いていうならば「アロンソがリタイヤした中でギリギリの攻防をする必要があったのか?」という点が挙げられるが、ここまでのルノーのスピード、そしてマスダンパー問題も先行きが不確かだったことを考えると、1点でも多くもぎ取っておきたいという考えも理解はできる。

 一見眉をひそめてしまうフェラーリとシューマッハの戦いぶりだが、摩耗したインターミディエイトでペースを維持し、後続を巧みに抑え続けることができるシューマッハに託した「ローリスク・ハイリターン」戦略は、決して間違いではなかった。

3. まとめ

以下にハンガリーGPレビューのまとめを記す。

(1) 燃料搭載量やタイヤが同条件ならば、序盤の水量が多い状態ではアロンソが最速だった。バトンには1周あたり1.0秒、ライコネンには1.5秒ほどのアドバンテージがあった。(図1)

(2) 燃料搭載量やタイヤが同条件ならば、セーフティカー後の水量が少ない状態でもアロンソが最速だった。バトンには1周あたり1.5秒ほどのアドバンテージがあった。

(3) 燃料搭載量やタイヤが同条件ならば、序盤の水量が多い状態ではアロンソがシューマッハを1周あたり1.8秒前後、逆にセーフティカー後の水量が少ない状態ではシューマッハがアロンソを1.1秒ほど上回っていた。ブリヂストンとミシュランの特性の違いが秒単位で表れたレースとなった。

(4) シューマッハのインターミディエイトのまま走り切る作戦はローリスク・ハイリターンで、決して間違っていなかった。ドライに替えれば5位が確定してしまう一方で、インターのまま走り切った場合は、上手くいけば2位が狙える上に、失敗しても5位は堅かったからだ。