VSCおよびSCに翻弄された大波乱のエミリア・ロマーニャGP決勝。今回もデータを交えながらレースを紐解いていこう。
1. 見応えのあるタンブレロでの攻防
1.1. フェルスタッペン、レイトブレーキングでレースの主導権を握る
スタートでは一瞬3番手に落ちたフェルスタッペン。しかし、ターン2(実質的なターン1)に対して、アウト側からブレーキングを遅らせ、やや慎重なブレーキングを見せたピアストリの外側に並びかけた。そしてターン3でイン側を取ると、鮮やかに抜き去っていった。
これによりクリアエアでレースを進めることができ、自身は第1スティントを引っ張る中で、ピアストリを2ストップ戦略に追い込むことができた。そしてそれがVSCやSCの可能性においても優位を生み、実際にそれが起きたことで、一層圧倒的な勝利へとつながった。
このスタートでのスーパープレイが勝利を決定づけたといっても過言ではないだろう。またしてもフェルスタッペンの “車のポジショニング” の上手さが光った。
1.2. ピアストリの判断の是非
さて、ここでピアストリは、サウジアラビアGPの1周目のように、エイペックスでフェルスタッペンを前に出さないようにブレーキをリリースするなどして、フェルスタッペンを押し出してしまうことも可能だった。『バトル時のガイドラインとレース運営の未来』でご紹介した通り、今年から変更されたドライビング・スタンダード・ガイドラインズでは、アウト側のマシンには「コーナーのエイペックスから出口にかけて、自車のフロントアクスルが相手車両のフロントアクスルの前に出ていること」が要求される。
今回の場合、エイペックスから出口にかけてややフェルスタッペンが前に出た状態となっていた。ただし、それはピアストリがアウト側にスペースを残せる状態でコーナリングを行ったからであり、スペースを残さない前提でブレーキングを行えば、エイペックスでフェルスタッペンを前に出さないことはできたはずだ。例えば、イニシャルのブレーキングポイントが手前だったとしても、少しブレーキをリリースするなどしてスピードをコントロールし、巧みにフェルスタッペンをグラベルに押し出すことはできただろう。まさにフェルスタッペンがこの何年も行っていることだ。
しかしピアストリはそうしなかった。ここについて、多角的な視点で見てみよう。
1.2.1. ピアストリの判断に対する肯定側の論理
レース前の時点で、ピアストリはノリスに16ポイント差をつけて、ポイントリーダーの座にいた。したがって、そこで仮にフェルスタッペンと当たって自身はリタイア、ノリスが優勝した場合、9ポイント差のランキング2位に落ちてしまう。長いチャンピオンシップを考えれば、ここでは接触のリスクを避けた方が良い。
さらに、ここ数戦でのマクラーレンのレースペースを考えれば、ここで引いても、後でいくらでもチャンスがあるという見方も、この時点ではあっただろう。
また、ペナルティポイントを貯めてしまうと、シーズン終盤の激しいタイトル争いで不利に働く可能性もある。前述の通り、エイペックスで前に出さなければペナルティ対象にはならないのが現在のルールだが、今回はサウジアラビアのターン1と異なり、外側がグラベルで、フェルスタッペンが大幅に順位を下げたり、フロアダメージを負ったりする可能性があった。スチュワードはインシデントの結果(Consequence)によらず、その行いに対してペナルティを科すのが原則だが、ここ数年を見れば、多少は結果に引きずられる(大きなアクシデントに繋がるとペナルティが出やすいなど)可能性は現実問題として否定しきれない。したがって、ペナルティポイントの観点でも、タイトル候補の筆頭としては、ここでは引いておくのが正解だったとも言える。
したがって、これらを踏まえれば、ここでリスクを負うのは悪手に見える。
(或いは、現状のドライビング・スタンダード・ガイドラインズに問題があるとしても、不利になることを承知でクリーンなレースを心がけるという論理もあるかもしれない。ただし、このルール下でそれを行えば、自身のみならず昼夜を問わずハードワークに勤しむチームの不利益となるため、短絡的に美徳とすべき話でもない。)
1.2.2. ピアストリの判断に対する否定側の論理
さて、物事は常に反対側の論理も考えておく必要がある。
現状、フェルスタッペンに対してアウト側から抜こうと本気で考えるドライバーはいないだろう。それは前述のとおり、彼が合法的にライバルをコース外に押し出すことに長けているからだ。
これは心理的優位性の問題だ。つまり、フェルスタッペンに対して「自分がアウトから並びかけてもピアストリはスペースを残してくれるが、ピアストリがアウトから並びかけてきたら押し出す」という慣例を与えてはいけないということ。さらにはノリスや他のライバルたちに「ピアストリのアウトに並びかけてもスペースを残してくれるのか…」という安心感を与えないことだ。一度「このドライバーは引かない、無理な仕掛けは通用しない」という印象を相手に与えれば、今後のバトルで相手がより慎重になったり、仕掛けを躊躇したりするインセンティブになる。
また、昨シーズンのような一騎打ちで接触が起きても、ポイントリーダーのフェルスタッペンにとってはレース数が減るだけで痛くも痒くもなかった。だが、今年のように三つ巴となると、片方のライバルと接触した場合、もう一方のライバルに差を広げられてしまう。だからこそ、フェルスタッペンに “痛い目に遭ってもらう” ことは、今後のバトルを優位に進める上で効果があるはずだ。
接触やペナルティによるポイントロスも痛いが、タイトル争いを見据えれば、それ以上にライバルに対して不利な心理的関係値ができてしまい、7点、14点…と失っていくことの方が問題だ。それは昨シーズンからフェルスタッペンがノリスに対して度々見せている心理的優位性と同様だ。そしてこういった関係値は、今季のみならずキャリアを通じて響くため、注意が必要だ。
このように、ピアストリはより強固にガイドラインの文言を利用した合法的押し出しを敢行しても良かったのではないか、という見方もある。
ちなみに、筆者自身がピアストリの立場なら、こちら側の考え方を採るだろう。
1.2.3. まとめ
ピアストリの判断は、短期的にはポイントを失ったかもしれないが、リスクを回避し、着実にポイントを獲得するための「安全策」だったと言える。一方で、長期的な視点で見れば、あの場面で強い姿勢を見せることで、フェルスタッペンや他のドライバーに対する心理的なアドバンテージを築く機会を逸したと捉えることもできる。
どちらが絶対的に正しかったとは言えず、それは結果論でしか語れない部分もある。ピアストリ自身のキャリアプランやチームの戦略、そして彼の性格にも左右されるだろう。
F1ドライバーは常に「リスクとリターン」を天秤にかけて瞬時の判断を下しており、その判断の積み重ねがキャリアを形作っていく。ピアストリが今後、どのようなドライバーとして記憶されていくのか、今回のような場面での判断がその一つの試金石になるのかもしれない。
2. マクラーレンの戦略面での妥当性
さて、第1スティント終盤では、ピアストリがフェルスタッペンについていけなくなり、その差が2.9秒になったところでピットへ。ここから、ステイアウトして1ストップを狙うフェルスタッペンと2ストップ戦略で追い上げるピアストリのバトルが見られた。
図1に両者のレースペースを、図2に両者のギャップグラフを中団勢と共に示す。

※ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜きにした

図1からも分かるように、ピアストリはクリアエアでは0.5秒ほどフェルスタッペンを上回るペースを有していたが、いかんせんダーティエアで失うタイムが大きすぎた。ピットアウト後は31.3秒差だったのに対し、VSC前の28周目にはその差が32.2秒と、むしろ広がっている。
マクラーレンとしては、中団勢に対する1.5秒前後のペース差があれば、ロスを最小限にしつつ抜いて行けると考えたのだろう。そして、実際DRSトレイン状態の部分すら一発で仕留め続けていたため、半分正解ではあった。だが、タイムロスは大きく、仮にVSCが出なかったとしても、数周後にフェルスタッペンがピットに入ってピアストリの前でコースに戻り、勝負アリとなっていただろう。また、仮にフェルスタッペンのピット作業が5秒以上かかって逆転しても、15周もの差があれば、デグラデーションを0.06[s/lap]とすると0.9秒のペース差となり、あっという間に再逆転となっていたはずだ。
フィールドの接近ぶりを鑑みれば、このような展開になることは予測できたかもしれない。ならば、結果論かもしれないが、序盤で1.5秒前後で推移したフェルスタッペンとのギャップをもう少し広げて、綺麗な空気でスティントを延ばすような走りに徹することも選択肢の一つだったかもしれない。
3. まとめと次戦の展望
タンブレロでの攻防を制した “巨匠” フェルスタッペンが、イモラを制した。ドライバーズランキングは三つ巴の様相を呈し、ピアストリ146pt、ノリス133pt、フェルスタッペン124ptという様相となった。
次に迎えるのは、伝統のモナコGP。78周にわたる市街地決戦は、予選順位が勝負の大半を占める。ピレリは今季最も軟かいC6を持ち込み、2ストップが義務化される点も興味深い。母国GPで意地を見せたいルクレールも含め、モンテカルロでの主役争いから目が離せない。
4. インタラクティブグラフ
自分でもっとデータを深掘りしたいという方には、こちらのグラフを使っていただければ幸いだ。
各車のペースグラフとギャップグラフをインタラクティブな形にしており、ボタン操作で見たいドライバーだけを表示できる。ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶしてあるため、レース文脈も把握しやすい。右上のボタンでダウンロードやズームなども可能だ。
ぜひ、ご活用いただきたい。
Lap Times
Gap to Leader
注意点:
ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶした。
Takumi, ChatGPT, Gemini
