• 2024/7/2 04:41

2024年スペインGPレビュー

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 F1はいよいよヨーロッパラウンドでの3連戦を迎えた。その第1戦スペインGPの舞台カタロニア・サーキットは、昨年から超高速の最終コーナーが復活。非常にチャレンジングな高速サーキットが帰ってきた。今回もそんなスペインGPを分析的視点で振り返っていこう。

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1. 速さと強さ

 今回のレースではフェルスタッペンが強さを、そしてノリスが速さを見せつけた。

 ノリスは、予選で僅差でポールポジションをもぎ獲ると、レースペースでもクリアエアでフェルスタッペンを上回るペースを見せた。図1にフェルスタッペンとノリスのレースペースを示す。

図1 フェルスタッペンとノリスのレースペース

 ノリスは、第2スティントの中盤でメルセデスに引っかかってしまったが、その部分を除けば、フェルスタッペンを0.46秒上回るペースだった。タイヤの差は6周分であり、フェルスタッペンのタイムを横ばい(フューエルエフェクト0.06[s/lap]とデグラデーションが釣り合っている)と見なせば、タイヤによるアドバンテージは0.06×6=0.36[s]であり、同条件だったとしてもノリスの方が0.1秒速かったことになる。

 最終スティントでも、最終盤に両者ペースを緩めるまでは、ノリスがフェルスタッペンを平均0.26秒上回っており、3周分のタイヤの差を同様に考慮しても、やはり0.1秒ほどノリスが速かったという計算結果が出た。

 したがって、今回は予選・決勝を通じてノリスとマクラーレンにスピード面でのほんの少しのアドバンテージがあったことは確かだ。

 しかし、フェルスタッペンはまずスタートで2番手につけると、レースが落ち着く前にラッセルを料理し、主導権を握った。この辺りにフェルスタッペンの「強さ」が光る。対するノリスはスタートで3番手まで順位を落とし、2番手に落ちてきたラッセルをフェルスタッペンのようには攻略できなかった。そしてその間にフェルスタッペンはリードを広げ、15周目に(ラッセルがピットに入って)ようやくノリスがクリアエアを得た時には、両者の差は5秒以上に開いていた。

 ここ1年半続いた圧勝劇で記憶の彼方に忘れてしまいがちだが、フェルスタッペンはマシンが悪くても勝てる強さを持ったドライバーだ。かつてシューマッハやアロンソ、ハミルトンらがそうであったように、スピード面で敵わない中でも、勝負所を抑え、絶対にミスをせずに勝ちをもぎ獲ることができる。イモラやモントリオールに続き、ここでもその類稀なる力を見せつけてくれた。

 一方で、ノリスのファイティングスピリットとマクラーレンのチームとしてのコミュニケーションも非常に良かった。

 ラッセルのピット作業の遅れを受けて、16周目にはマクラーレンチームはノリスに「ラッセルをカバーすることは可能だ。どう思う?」と尋ねた。この判断をドライバーに委ねたのは、筆者としては非常に良い仕事だったと考えている。後から

Driver:なんで入れたんだ!?タイヤはたっぷり残してあったのに!
Engineer:後で話そう。

のようになるよりも、このようにキチンとコミュニケーションできた方が良いのは明白だろう。

 そしてノリスはラッセルをカバーして2位を確固たるものにするよりも、フェルスタッペンを捕まえに行くことを選んだ。このファイティングスピリットも素晴らしかった。

2. マクラーレンの戦略の是非

2.1. ifの世界

 さて、それでも今回のマクラーレンの戦略については、ラッセルをカバーして2位の座を固めてからフェルスタッペンを狙いに行った方が良かったのではないか?という意見もあるだろう。その妥当性について考えるため、ノリスを16周目に入れた「ifの世界」について考えてみよう。

 まず、ノリスがピットに入る直前の両者の差は約5秒だ。そしてフェルスタッペンが翌周反応することになるため、その1周で約1秒詰まったと考えて、4秒差で第2スティントが始まると考えよう。

 さて、ここでノリスは、前述の通りフェルスタッペンより0.1秒速いわけだが、タイヤの面で1周ぶんの不利があるため、デグラデーションを0.06[s/lap]とすれば、ノリスのペースアドバンテージは1周あたり0.04秒、つまり2回目のピットストップを44周目とした場合、27周で1秒程度しか詰められなかったことになる。

 それでもこの時のフェルスタッペンとの差は3秒であり、現実の44周目終了時の4.4秒よりは幾らかマシである。グラフからは、このタイミングでタイヤを替えることで2秒近いゲインがあることが読み取れる。アウトラップ一発であればもう少し上乗せ出来るかもしれない。したがって、3秒差であればアンダーカットの揺さぶりを掛けることはできたであろう。結果的にはこの方が良かったのではないだろうか。

 重要なのは、「オフセットを作る戦略の有効性はオーバーテイクしやすくすることにある」ということだ。今回、ノリスが勝つシナリオとして、第2スティントでのオーバーテイクというパターンは現実的ではなかった。ならば、1回目のピットストップに関しては、「2回目のピットタイミング時に最も良い位置にいること」だけを考えれば良かった。そして、2回目でフェルスタッペンに先に入られた場合のみ、オフセットを作って最終スティントでフェルスタッペンを抜くプランBに賭ける、というのが最適解だったのではないだろうか。

2.2. 現実のマクラーレンの戦略の擁護

 とはいえ、早めにピットに入ることは、スティントの割り方を非効率的にする。さらに図1より、ノリスは、第1スティントでラッセルの後方でたっぷりタイヤを労っていたことが、16周目以降のペースアップから読み取れる。これを活かさずにピットに入れてしまうのは勿体無いというのも真っ当な考えだろう。

 実際、24周目にピットアウトしたノリスはフェルスタッペンの12秒後ろにいた。ここから平均0.46秒ずつ詰めれば、43周目までに9秒詰めて、フェルスタッペンの3秒後方につけたことになる。

 問題はメルセデス勢の存在だが、ハミルトンに対して7周(デグラデーションを0.06[s/lap]とすると0.42秒相当)、ラッセルに対して8周(0.48秒相当)のタイヤ履歴の差があれば、ほぼロスせずに抜けると考えたのかもしれない。

 さらにこのトラックは、オーバーテイク時にDRSとトゥを使えば0.5秒ほどゲインできる。各ドライバーのラップタイムを見ていると所々突き抜けた部分があるが、その多くはこれによるものだ。よって、抜く前の周でダーティエアによって若干のロスがあっても、抜く際のゲインである程度相殺できる。

 よって、マクラーレン陣営の選択にも一定の正当性はあるように見える。とはいえ、ラッセルをカバーした場合と大きくは変わらない状態で2回目のピットストップタイミングを迎えるならば、よりリスクの小さいトラックポジション重視の戦略の方が最適解だったのではないか、というのが筆者の見解だ。

3. 接近した勢力図の良しと悪し

 今季前半戦、接近したトップチームの勢力図を見て、「より面白くなる!」と胸を躍らせることもできただろう。しかし、そこには同時に懸念もあった。

 それは戦略の自由度が減ることだ。

 例えば2019年のハンガリーGP、2021年のスペインGP、フランスGPやUSGPなどのように、ピットストップを遅らたり、ピットストップ回数を増やしたりして、一度後ろに下がってでもタイヤの差を利用してオーバーテイクに繋げるという戦略は、直接のライバルに追いつくまでの間に他のドライバーがいないことで成立してきた。

 しかし、各チームが接近した状態だと、ライバルを抜くために新品タイヤに履き替えて20秒後ろに下がった時、そのライバルとの間には6台のマシンがいる事にもなり得る。各々を1秒程度のロスで抜けたとしても、合計6秒もロスして、戦略としての有効性が大きく下がってしまうだろう。

 今回のノリスの戦略を見て、その点を実感した。スパのような抜きやすいトラックでは、そのような戦略も成立するかもしれない。だが今年のF1では、2021年のような戦略勝負は、トップ4チーム中2チームが失速しない限り難しいのかもしれない。

 接近したフィールドと断絶されたフィールドには、それぞれ異なる緊張感と面白さがある。そんな一面もF1の魅力と言えるだろう。

4. 次戦はオーストリア

 次戦は短いながらもチャレンジングなコーナーを有するレッドブル・リンクだ。近年は大量のトラックリミット違反が印象に残りやすくなってしまったかもしれないが、今年からはグラベルトラップが設置されるとのことで、それがレースにどんな緊迫感を与えてくれるのか、非常に興味深いところだ。

 同じ高速サーキットといえど、バルセロナとは異なり、回り込むタイムのコーナーはターン6,7の2つしかない。さらにコース前半部分はストップ・アンド・ゴーの特性でもある。そのため、勢力図は変化するだろう。

 白熱のハイスピードレースまでもう1週間を切っている。どれだけ分析し、論理を張り巡らそうとも、いつも我々を驚きと感動へと誘うグランプリウィークエンドを楽しみにしつつ、末筆としよう。

Takumi