• 2024/4/25 09:32

2006年 中国GPレビュー 【レインマスターの劇的勝利】

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 このシリーズでは、現在FIAでラップタイムが公開されている最古の年2006年からのレースを振り返ってみよう。今回はミハエル・シューマッハの最後の勝利、中国GPを振り返っていこう。

 なお、最初に1. レースのあらすじ、次に2. 詳細な分析、記事末尾に3. まとめを記した。あらすじまとめのみで概要が分かるようになっているので、詳細分析は読み飛ばしていただいても問題ない。

目次

  1. レースのあらすじ
  2. 詳細なレース分析
  3. まとめ

1. レースのあらすじ

Formula 1 公式YouTubeによるレースハイライトはこちらより

 ウェットコンディションで行われた予選では、アロンソがフィジケラに0.4秒以上の差をつけポールポジションを獲得。水量の多い路面に強いミシュラン勢が上位を独占した。ブリヂストン勢はマッサが13位、その他が15位から22位を下位独占してしまう中で、シューマッハだけが6番手と凄まじい走りを見せた。

 レースでは序盤はやや水量が多かったものの、雨は止んできており、乾いていく展開となった。アロンソは大逃げを打ち、フィジケラはライコネンに追い回される展開に。そしてシューマッハは8周目にバリチェロを、13周目にはバトンを交わした。

 ライコネンも13周目にフィジケラを交わすが、19周目にはトラブルでリタイアとなってしまった。

 シューマッハはフィジケラとの差を1周あたり1秒以上のペースで詰め、17周目には背後に迫った。シューマッハは21周目、フィジケラは23周目にピットストップを行い、共にタイヤ交換は行わずにピットアウトした。

 一方のアロンソは22周目にピットストップを行ったが、なんとフロントタイヤのみを交換。これによりペースが落ちてしまい、第2スティントではシューマッハとフィジケラに1周あたり3秒ものペースで差を詰められてしまう。そして、一時は19秒あった差も28周目には3台がテールトゥノーズの状況に。30周目にはフィジケラが、31周目にはシューマッハがアロンソを交わし、フィジケラvsシューマッハの優勝争いとなった。

 その後、路面が乾いてくる中、アロンソが35周目にドライタイヤへ交換。上位2台はしばらく睨み合いを続け、シューマッハは40周目に、フィジケラは41周目にピットストップ。ドライタイヤに履き替える。

 フィジケラがピットアウトしてきた時点ではフィジケラが前。しかしタイヤが冷えているフィジケラに対し、1周周って温まっているシューマッハはターン1でインサイドに飛び込み逆転。そこからの1周で7.6秒もの差をつけることに成功した。

 ここからフィジケラはペースを落とし、アロンソと順位を入れ替え。アロンソはファステストラップを叩き出しながらシューマッハを追うが、シューマッハはペースコントロールに入っており、最終盤の雨にも危なげなく対処。ついにアロンソと同点に並ぶ、通算91勝目を挙げた。そしてこれがミハエル・シューマッハのF1最後の優勝となった。

2. 詳細なレース分析

2.1 レースクラフトで差がついたシューマッハとアロンソ

(1) 第1スティントのタイヤマネジメント

 今回は水量の多い序盤から路面が乾いていき、最後にドライになるという難しい展開だった。シューマッハ、アロンソ、フィジケラの戦いぶりを振り返るため、まずは図1に三者のレースペースを示す。

画像1を拡大表示

Fig.1 シューマッハ、アロンソ、フィジケラのレースペース

 アロンソは序盤で圧倒的なペースを見せている。ただし16周目にコースオフを喫すると、その後もフィジケラやシューマッハ以下のペースとなっており、タイヤが厳しくなってきていたことが見て取れる。これが1回目のピットストップでフロントタイヤのみを交換した理由だろう。

 対してフィジケラは7周目付近から(おそらくグレイニングと思われる)ペースダウンが見られたが、その後はみるみる回復し、アロンソを上回るペースを見せている。

 シューマッハは8周目にバリチェロを交わしてからは、アロンソの0.4秒落ち程度、13周目にバトンを交わしてからはアロンソを0.3秒上回るペースを見せている。この比較からも、レースが進むにつれてシューマッハの状態が良くなっていることが分かる。

 ここまでを総合すると、アロンソは序盤から飛ばし過ぎたと言える。フィジケラのペースダウンから推察できることは、アロンソがスタート直後からアグレッシブな走りで素早く熱を入れたのに対し、フィジケラのスムーズなドライビングスタイルでは熱が入らず、グレイニングが起きてしまったのではないか、ということだ。つまり、皮肉にもアロンソの雨量が多い中でもアグレッシブに攻めることができるスキルが裏目に出てしまった可能性がある。これによりタイヤの摩耗を速め、1回目のピットストップでフロントタイヤを交換する羽目になってしまったのではないだろうか。

 このような乾きかけのコンディションでは、インターミディエイトタイヤが摩耗して溝が少なくなっていた方が、接地面積の向上によりグリップ力が上がる。溝の排水能力が問われる水量の多いコンディションとは話が違うのだ。したがって、フィジケラやシューマッハのようにタイヤを交換しないのがセオリーだ。
 しかしゴムを使い切ってしまう程になってしまっては、交換せざるを得なくなる。そこまで極端ではなくとも、溝が完全に無くなってしまえば、まだ水が残っているコンディションでは厳しくなってしまう。これが理想的でないと分かっていながら、アロンソがタイヤ交換をせざるを得なかった理由と考えられる。
 逆に言えばこのようなコンディションでは、フィジケラやシューマッハのように「ドライタイヤに履き替えるタイミングまでインターミディエイトタイヤを持たせる走り」が要求されるのだ。

 いずれにせよ、アロンソの第1スティントがオーバーペースだったのは間違いない。仮にフロントタイヤを交換していなければ、もっと悪いペースになっていた可能性もあり、さらにドライタイヤに履き替えられるタイミングまで持たず、もう1度ピットストップを行うという最悪の事態も予想された。よって、タイヤ交換の判断自体は間違いとも言い切れないだろう。

 ちなみにシューマッハは、第1スティントでマッサを0.5秒前後、第2スティントでは0.7秒ほど上回っており、相当のハイペースにも関わらずタイヤを持たせている。タイヤの特性の差もあるとは言え、レインマスターの見事なパフォーマンスだった。

(2) シューマッハvsフィジケラ、第2スティントまでの展開

 さて、シューマッハはフィジケラに18周目に追いついた後は、21周目にピットストップを行っている。対するフィジケラは2周後の23周目だが、2人の1回目と2回目のピットストップ時間の合計は同じだ。これは

①シューマッハの1回目は燃料を余した状態で入ってきた可能性
②シューマッハが第2スティントで燃費走行していた可能性

が考えられる。

 ①の場合は、良い判断だ。タイヤを変えない以上、先にピットに入った方が重くなり不利に思われるが、図1を見ると確かにピットストップ後にタイムが上がっている。ピットストップ前にはタイムが頭打ちになっていることから、水量が多いピットレーンとその出入り口を走行することでタイヤを冷やせたことによってグリップが回復したと考えられる。したがってピットストップ前にはタイヤにオーバーヒートが起きていたことが想像できる。よって、結果的には機能しなかったものの、「ペースにアドバンテージがあるなら先にピットに入れる」という判断は良い判断と言える。

 ②はシューマッハが21周目で空になって入ってきた場合だ。この場合はシューマッハがフィジケラより2周長い距離を同じ燃料消費量で走り切ったことになる。これまでもシューマッハはサンマリノGPやヨーロッパGPなどで、自身の本来のペースより遅いペースで走らなければならなくなった時に無理に勝負をせず、燃費走行に切り替えることで数周分の燃料を稼ぎ、戦略的に優位に立ってきた。よって、筆者はこちらの可能性の方が高いと考えている。

 逆にシューマッハが燃費走行をしていなかった場合を想像すると、2回目のピットストップが0.6秒ほど長かったことになり、少なくともあの場所でフィジケラを抜けてはいなかった。フィジケラに追いつく場所がターン2や3でウェットパッチにラインを外さなくてはならない状況になっていたとしたら、シューマッハにとっては少し厄介なことになっていただろう。よって今回もシューマッハの燃費走行は、度合いこそ小さいながらも勝利に寄与していた可能性が高い。

(3) シューマッハvsフィジケラ、2回目のピットストップでの攻防

 続いては、40周目のシューマッハのドライタイヤへの交換、41周目のフィジケラ、そして42周目のターン1でのシューマッハの豪快なオーバーテイクの一連の流れだ。これはなんと言ってもシューマッハのアウトラップが見事だったのが最大の勝因だ。

 以下に把握できる範囲でのアウトラップのタイムを示す。なお、アウトラップのタイムにはピットストップも含まれているため、(ラップタイム)-(ピットストップタイム)で示し、純粋に「ピットを出てから1周を終えるまでのパフォーマンス」を比較した。

Table1 各ドライバーのドライタイヤ交換直後の
(アウトラップ)-(ピットストップタイム)

スクリーンショット 2022-01-26 18.04.57を拡大表示

※クビサは1周、佐藤は2周遅れのため、実質的にはクビサはシューマッハの1周後、佐藤はシューマッハと似たようなタイミングだ。

 この表からもシューマッハのアウトラップは飛び抜けて速かったことが分かる。また、インターミディエイトで2.5秒ほど遅かった佐藤がシューマッハと3.1秒差の2番手タイムを出していることも興味深い。このことから、ちょい濡れ路面におけるブリヂストンの温まりの良さと、シューマッハの腕前のダブルパンチが効いて、勝利に結びついたことが伺える。

 ちなみに、シューマッハはピットレーンでフィジケラに対して0.9秒ほど失っている。今シーズンのシューマッハは攻めすぎによるミスを何度か犯しており、意識して慎重に行ったのかもしれない。上海のピットレーンの入口は雨だと非常にトリッキーで、翌年ハミルトンがリタイアしていることからも、このシューマッハの判断は頷けるものだろう。

3. まとめ

 以下に中国GPレビューのまとめを記す。

(1) アロンソは序盤で飛ばし過ぎ、フロントタイヤを交換せざるを得ない状態となってしまったと考えられる。その結果、第2スティントでペースが落ちて優勝争いから脱落してしまった。乾いていく展開のウェットレースでは、「ドライタイヤに履き替えるタイミングまで(無交換で)インターミディエイトタイヤを持たせる走り」が要求される。(図1)

(2) シューマッハとフィジケラはレース後半までタイヤを持たせ、最適な戦略を採ることができた。特にシューマッハはマッサを同条件で0.5秒ほど上回るハイペースでこれを実現した。(図1)

(3) フィジケラの背後に迫ってからのシューマッハは、燃費走行していた可能性がある。この場合、40周目のピットストップの静止時間を短くすることに繋がっており、逆転劇へ繋げた一因になっていたと言えるだろう。

(4) シューマッハとフィジケラの2回目のピットストップの際、シューマッハのアウトラップの異常な速さが決め手となった。シューマッハの腕は勿論のこと、佐藤琢磨のタイムも非常に速いことから、ちょい濡れコンディションでのブリヂストンの性能も大きく貢献したことが分かった。(表1)

最後に…

 乾いていく展開でのタイヤマネジメントの重要性が示された2006年中国GP。全ての状況で完璧な走りと判断を行ったシューマッハ&フェラーリが大逆転勝利を収め、アロンソと同点に並んだ。

 アロンソは若さが出てしまった形だが、翌2007年もここ上海で同じような展開となっており、その時はアロンソが上手くタイヤを持たせ、序盤に飛ばし過ぎたハミルトンがタイヤを完摩耗させてしまいレースを終えている。

 アロンソにとって、サンマリノやここ中国での敗北は、非常に良い成長の糧となったのだろう。その結果として、その後そして現在に至るまでの「現役最強」と呼ばれるほどの強いアロンソに繋がっていると考えると、このシューマッハvsアロンソの頂上決戦が現代のF1にもたらしている功績は無視できないと言える。