長い冬を終え、ついに2023年のF1世界選手権が開幕した。華やかな開幕戦の舞台バーレーン・インターナショナル・サーキットでは、今回も世界最高峰に相応しいハイレベルなバトルが繰り広げられたが、中でも一際輝いていたのがアロンソの追い上げだ。今回はそのアロンソにフォーカスし、グラフを交えながらレースを振り返っていこう。
1. 我慢の第1スティント
冬のテストからの下馬評通り、アロンソ&アストンマーティンは予選から競争力を発揮し、メルセデス勢を上回る5番グリッドを獲得した。
レースでは1周目のターン4で僚友ストロールにヒットされた影響で7番手まで順位を落とす。しかしメルセデス勢との程よい距離を保って第1スティントを進めると、13周目にはペースが落ちてきたラッセルをオーバーテイク。1回目のピットストップを終えても前をキープすることに成功した。
ちなみに、この時ラッセルのピットストップが5.0秒かかったことが、アロンソの翌周ピットという判断に繋がったと思われる。仮にラッセルのピットストップが万全ならば、下手に反応してアンダーカットされるよりも、引っ張ることで第2スティントにおけるタイヤの差を生む方が得策だと考えられる。しかしラッセルの作業の失敗により、アロンソにとってはすぐにカバーすれば確実に前に出られる状態になったのだ。
だとすれば、ラッセルのピット作業の失敗を見て柔軟にプランを変更したことになり、この辺りのチーム力にも良い印象が持てるだろう。今季のアストン・マーティンの上昇気流はマシンだけの話ではないかもしれない。
2. 因縁のアロンソvsハミルトン
2.1. 第2スティントの攻防
第2スティントはハミルトンの5秒後方で始まる。ここからの展開を振り返るため、図1にアロンソとハミルトンのレースペースを示す。
アロンソはスティント序盤からハミルトンとの差をジワジワと詰め、差が2秒付近までくるとペースを緩めている。ハミルトンもスティント終盤はややタイムを上げ、アロンソを引き離そうとしている形跡が見られるが、アロンソがついて来てしまったため、アンダーカットを警戒して早めに入らざるを得なくなった。
これによって前が開けたアロンソは猛然とスパート。スティント最終盤の32,33周目には、新品タイヤに履き換えたハミルトンに迫る驚異的なペースを刻んでいる。このハイペースによって第3スティントをハミルトンの直後で始めることができた。
2.2. 第3スティントでの逆転劇
迎えた第3スティントでは、アロンソはすぐさまハミルトンの背後に迫る。しかし今年はホームストレートのDRSゾーンが短くなったことで、昨年ほどオーバーテイクは容易ではない。37周目、アロンソはラッセルを抜いた際と同様に、ターン1でのクロスラインからのターン4勝負を挑むが、ターン4で軽くスナップ。この隙をついたハミルトンが前をキープした。(公式動画0.00~)
そして翌38周目、アロンソがS字でハミルトンに接近したことで、ハミルトンはターン8でブロックラインを取らざるを得なくなった。ここでアウトからクロスラインを取ったアロンソは、立ち上がりで並びかけると、ターン9でアウトから仕掛けつつ、なんとブレーキング中にイン側へスイッチ。ターン10でインを取ってオーバーテイクに成功した。これは極めて高度な技であり、一歩間違えばスイッチング時に接触していてもおかしくない動きだ。(公式動画0.25~)
3. 鮮やかなサインツ攻略
そしてVSC後はサインツとの差を詰めていく。図2に2人のレースペースを示す。
アロンソはサインツより0.4秒ほど速かったが、フェラーリはストレートが速く、ハミルトン以上に攻略が難しい相手だ。そこでアロンソは45周目、ターン1から続く攻防を経て、再びハミルトンと同様にターン9で並びかけ、一瞬インにスイッチするそぶりを見せた。しかしサインツがインをブロックしたため、アロンソはアウトへ。そしてクロスラインを使いつつ、一度サインツの後ろに下がりスリップストリームを利用して一気に抜き去った。(公式動画0.47~)
この後、アロンソは3周プッシュし、その後は縁石を避けて「持って帰る」走りに切り替えている。この最初のプッシュは、ハミルトンがサインツを交わした場合のことを警戒してのことかもしれない。そしてその脅威が薄れてからは手綱を緩めたというストーリーと思われる。
アロンソは特に2012,13年あたりからこうしたバトルの旨さで一際輝きを放っている。今回は当時のように競争力のあるマシンを手にし、衰え知らずの圧倒的スキルを見せつけてくれた。
4. 純粋なペースあってこそ
さて、ここまではアロンソのレースクラフト、そして近接戦闘の技術について述べてきたが、それを結果に繋げられたのは、他ならぬ純粋なペースあってこそだ。表1に上位勢のハードタイヤでのレースペース比較を示す。(レッドブル勢は終始クルージングしており、分析対象外とした)
表1 上位勢のハードタイヤでのレースペース
アロンソのペースはルクレールすら上回っており、序盤にメルセデス勢に引っかかっていなければ、自力でルクレールを逆転していたかもしれないほどに競争力があった。
また、ストロールの位置を見ても、アストンマーティンのマシンが素晴らしいことは明らかだ。しかし同時にアロンソが上乗せした0.4秒があってこそ、この展開に持ち込めたのも事実であり、今後もアロンソの生み出すハイペースがレース展開を大きく変えることが予想される。
レッドブルとフェルスタッペンの一強状態、メルセデスの失速、フェラーリの綻び…、今年も話題には事欠かない1年になりそうだ。しかしその中で一際輝くアストンマーティンとアロンソの大躍進。この劇的な下克上によってレースにエネルギーと彩りが生まれる…そんな予感を抱かせる開幕戦バーレーンGPだった。
Writer: Takumi