レッドブルが圧倒的優位を築いたメキシコシティから僅か1週間、待ち受けていたのはレッドブルにとっては残酷なまでのハミルトン劇場だった。
今回も熾烈なトップ争いと、激戦の中団争いにそれぞれフォーカスして分析してみよう。また全体の勢力図分析を先に行ったので、結論として出したレースペース分析表を先に記す。本記事を読み進める上での道標としていただければ幸いだ。
Table.1 全体のレースペース
※疑問符がつく部分はオレンジ色で記した
レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した。
目次
- 優勝争いを分けたのはデグラデーションの高さ
- フェルスタッペンはあと1点獲れたか?
- 中団トップはマクラーレンか?
- 実は好調だった(?)角田
- 次戦は超高速カタール
- 用語解説
1. 優勝争いを分けたのはデグラデーションの高さ
予選ではハミルトンがフェルスタッペンに0.4秒もの差をつけポールポジションを獲得した。そしてスプリントレースでは車両規定違反で最後尾スタートとなったものの、瞬く間に順位を上げ5番手フィニッシュ。そこからPU交換で5グリッド降格を受け、10番手からの巻き返しとなった。
しかしレースではフェラーリ勢をあっという間に交わし、5周目のターン1でボッタスに譲ってもらうと、フェルスタッペン&ペレスの真後ろ3番手まで漕ぎつけた。以下にハミルトンとペレスのレースペースを示す。
Fig.1 ハミルトンとペレスのレースペース。
ハミルトンがペレスをオーバーテイクしたのは19周目だ。その前の周でもバトルがあるが、この時点でのペレスは1:14.6~7程度のポテンシャルがあったとグラフから推測できる。したがってハミルトンは0.3~4秒程度のペースアドバンテージでペレスをオーバーテイクしたことになる。これは通常のレースでは考えにくいことだ。
これはインテルラゴスのサーキット特性上、ストレートが速ければオーバーテイクをしやすいという点が大きい。例えばイスタンブールのようにストレート前のコーナーの立ち上がりがオーバーテイクを左右するタイプのサーキットもあるが、インテルラゴスはそうではなく、コーナー重視のマシンが抜かれないためにはインフィールドで差をつけなければいけないのだ。
そして勿論メルセデスは今回レッドブルに単独で7[km/h]ほど差をつけていた。これにより比較的小さなペースアドバンテージでハミルトンがレッドブルを料理できることがこの時点で分かってしまった。
そこからハミルトンはフェルスタッペンを追い詰めにかかる。図2よりミディアムタイヤではフェルスタッペンと互角のペースだった。ハードタイヤに履き替えた第2スティントでは1周古いタイヤにも関わらず、後ろにピタリとつけることに成功し、ハミルトンに実質的なペースアドバンテージがある事が見て取れた。
Fig.2 ハミルトンとフェルスタッペンのレースペース
アンダーカットレンジにつけられたレッドブル&フェルスタッペンは、43周目のピットストップを決断する。第2スティントは17周、第3スティントは28周という非常に変則的で非効率的な戦略だが、先述したインテルラゴスのコース特性は逆の言い方をすれば「ペースが速くてもストレートが遅いと抜けない」と考えることもできる。レッドブルはメルセデスにアンダーカットされたらタイヤのオフセットを作ろうが何しようが抜けない、ということを分かっていたのだろう。
これによりハミルトンは後からピットに入り、3周分フレッシュなタイヤで最終スティントを進めることになった。ハミルトンはそもそもハードタイヤではフェルスタッペンを0.3秒上回るポテンシャルを持っていたと考えられるが、今回はフェルスタッペンのデグラデーションが大きく最終スティントでは0.12[s/lap]だった。これが多くのグランプリのようにラップタイムが横ばいになると0.04[s/lap]のため、3周のオフセットがあっても0.1秒のアドバンテージしか得られない。しかしここまでデグラデーションが大きいと最終スティントでのハミルトンのアドバンテージは元々のポテンシャルの0.3秒+タイヤの0.3秒で0.6秒ほどのアドバンテージがあったと考えられる。そこにインテルラゴスのコース特性とメルセデスのストレートスピードが加わり、鬼に金棒状態の最終盤となった事が大きい。
その中でフェルスタッペンは無理をしてでも速いタイムを刻み、先述のようにハミルトンに差をつけた状態でストレート区間に入れるように走行していることが、グラフより見て取れる。
それでも59周目にはオーバーテイクを許してしまい、その後のタイムの落ちから、この時点でタイヤが悲鳴を上げていたことが伺える。勿論タイヤをマネジメントして走っていたらそれより前に抜かれていたはずで、今回のレッドブル&フェルスタッペンはメルセデス&ハミルトンに対して勝ち目は無かった中での必死の抵抗だったと言える。
2. フェルスタッペンはあと1点獲れたか?
レース最終盤、筆者は観戦中に「ペレスをもう少し早くピットストップさせてボッタスにピットストップさせれば、フェルスタッペンがファステストラップを獲れる」とツイートした。それ自体は、ボッタスが69周目に入ればフェルスタッペンが入れない事を見逃した凡ミスのツイートであったが、その後意見交換をする中で、やはり可能性があるのではないか?というご意見もいただいた。
ペレスはあの時点でボッタスの3秒強後方におり、ボッタスはペレスの少なくとも2周後には反応しなければ、ペレスの前に留まれなかったからだ。つまりペレスが66周目に入ればボッタスは68周目には入らざるを得ず、フェルスタッペンの後ろに空間ができ、69周目にピットストップを行ってファステストラップを記録することができたのではないか?という考えだ。
ただし、この場合もペレスが入ったからといって、ボッタスが入ったとは限らない。ボッタスを入れればフェルスタッペンにファステストを与えることになり、ボッタスを入れなければペレスにファステストを与えることになる。ならばドライバーズタイトルのために後者を選ぶのが当然であろう。
逆にボッタスが入った場合もボッタスがファステストを取るだろう。
ペレスが66周目に入った場合、67周目にボッタスが反応すると、フェルスタッペンはピットに入ることができなかったと思われる。図2からも明らかなフェルスタッペンのタイヤの激しいタレから、フェルスタッペンは68周目に反応しなければボッタスに逆転されたと考えられ、その場合ハミルトンが69周目にピットストップを行うという最悪の事態になるからだ。ピットストップには失敗のリスクもあり、基本的にはフェルスタッペンはそういったリスクを冒さない事が賢明なため、ピットストップは行わなかっただろう。その上で、みすみすボッタスにファステストを与えるような戦略はあり得なかった。
したがって、そのような可能性を考慮しても結論は変わらず、フェルスタッペンが1ポイントを掴む一手は存在しなかったと考えられる。
3. 中団トップはマクラーレンか?
表1に示した通り、リカルドはルクレールと同等と思われるレースペースを示していた。1ストップを狙っていたようで、リタイアしていなければ最終盤にフェラーリ勢とのバトルになった可能性がある。図3にルクレールとリカルドのレースペースを示す。
Fig.3 ルクレールとリカルドのレースペース
リカルドは第1スティント終盤でのクリーンエアではルクレールと同等のペースを刻んでいる。第2スティントではガスリーの後方にいたが、1ストップを狙ってタイヤをマネジメントしていた事が伺える。このまま走り続けていれば51周目のガスリーのストップ後にタイムが上がっていた事が予想できる。もしリカルドが1:14.4程度を刻み続ければ、フェラーリ勢から逃げ切っていただろう。
さらにノリスはスタートでサインツと接触しパンクを喫してしまい、その後のレースもダメージを負った状態となってしまったが、予選からリカルドと接近したペースで走っており、スプリントではルクレールをオーバーテイクするなど好調だった。あの接触がなければルクレールの前をキープし5位が狙えただけに非常に勿体無いレースとなった。
4. 実は好調だった(?)角田
チーム別分析でも触れたが、今回は角田がガスリーのペースに接近していたと考えられる。ガスリーと角田のレースペースを図4に示す。
Fig.4 ガスリーと角田のレースペース
詳細はレース分析をご覧いただければ幸いだが、角田は”Signficant”なダメージを負った状態でガスリーと0.4秒差だった。言葉の使い方から察するに、少なくとも0.2秒以上のロスがなければ”Signficant”とは言わないと思われるため、実際はガスリーと同等か、悪くても0.2秒落ちのペースだったのではないだろうか?
当記事を開幕戦からご覧いただければ、特別角田寄りのコンテンツではなく、寧ろ国内ではかなりドライな見方をしている方だと言えるだろう。その前置きをした上で筆者は、今回は2つの点で角田およびF1にとって望ましくない事があったと考えている。
まず、角田について批判的な記事も出回っており、ペースの遅さに関する批判も見られたが、少なくともチームの公式リリースには”Significant”つまり「相当大きなダメージ」があった事が伝えられている。一ファンではなく、プロフェッショナルとして記事を書く以上は最低限全チームおよびドライバーの公式リリース程度には目を通すべきではないだろうか?
また、ストロールに対する接触の10秒ペナルティは厳しすぎると筆者は考える。「相手が避けなければ接触する仕掛けはペナルティ対象」とするならば、ブレーキングで一気にインに飛び込むリカルドやフェルスタッペンらのオーバーテイクはこれまで何度もペナルティを受けてきたはずだ。そして「結果としてストロールが閉めて当たった」事がペナルティに影響しているなら、オーバーテイクされそうになってもドアを閉め、相手にペナルティを与える走りが有効ということになる。また「ペナルティは行為の結果ではなくその行為そのものに対して与えられる」という基本的な理念にも反してしまう。
筆者の推測だが、開幕戦から続く角田のクラッシュで何かアクシデントがあれば角田に分が悪い裁定になりやすくなっているのではないか?例えばあの動きをしたのがハミルトンやアロンソだったならば10秒のペナルティが出ていたか?という点は疑わしいと考えている。
今回はフェルスタッペンもハミルトンに対する押し出しで「審議の必要なし」となっており、こちらもレッドブルリンクでのノリスやペレスのペナルティに照らし合わせれば一貫性のない結論となっていると、筆者としては感じている。
スチュワードの判断については毎回激論が交わされるトピックで、いかなる時も一定の正当性はあるものだが、今回の2つのインシデントに関しては、疑問を抱かざるを得なかった。F1のスポーツとしての一面とエンターテインメントとしての一面は時に矛盾も含むため、難しい課題であることは承知の上だが、次戦のブリーフィングでレースディレクターとドライバーたちの間で実りのある議論が行われることを望んでいる。
5. 次戦は超高速カタール
タイトル争いもついにラスト3戦のカウントダウンが始まった。
カタールは、中・高速コーナー、特にコース最終盤には超高速コーナーが連続しており、ムジェロ、あるいはザンドフールトに近いレイアウトと言えるかもしれない。
メルセデスのリアウィングはある速度を超えると下がってくるもの、と筆者は解釈しており、その前提だと、ストレートが短く超高速コーナーを有するこのサーキットでは、ザンドフールト同様にそのシステムでアドバンテージを得るのは難しいだろう。レッドブルにとっては有利と思われるサーキットだけに、ここで突き離せるかどうかがタイトル争いの鍵になってくる。
プレッシャーが高まる中、フェルスタッペンとハミルトン、2人の偉大なドライバーがどんな走りを見せるのか、フリー走行から興味が尽きない。
次戦カタールGPは以下のスケジュールで行われる。
FP1 11月19日 (金) 19:30
FP2 11月19日 (金) 23:00
FP3 11月20日 (土) 20:00
予選 11月20日 (土) 23:00
決勝 11月21日 (日) 23:00
6. 用語解説
オーバーテイク:追い抜き
スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。
アンダーカット:前を走るライバルより先に新品タイヤに履き替えることで速いラップタイムを刻み、その間摩耗したタイヤで数周走ったライバルがタイヤを履き替えて出てきた際には自分が前に立つ、という戦略。
アンダーカットレンジ:後方のドライバーがアンダーカットを仕掛けた際、前をいくドライバーが翌周に反応しても逆転を許してしまう差。
オーバーカット:前を走るライバルより後にタイヤを履き替えて逆転する戦略。頻繁には見られないが、タイヤが温まりにくいコンディションで新品タイヤに履き替えたライバルが1,2周ペースを上げられない場合などに起こりうる。路面の摩擦係数が低い市街地やストレートの多いモンツァなどが代表的なトラックだ。
デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。
タイヤマネジメント:タイヤを労って走ること。現在のピレリタイヤは温度は1度変わるだけでグリップが変わってくる非常にセンシティブなものなので、ドライバーとエンジニアの連携による高度な技術が求められる。基本的にはタイヤマネジメントが上手いドライバーやチームが勝者となりチャンピオンとなることが多く、最も重要な能力と考える人も多いだろう。
クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。