• 2025/6/13 03:04

2025年 モナコGPレビュー

 2025年モナコGPを制したマクラーレンのランド・ノリス。ドライバーズランキングでは、首位に立つチームメイトとの差を僅か3点差にまで縮めた。しかしその背後では “抜けないモナコ” という特性がレースを極めて風変わりなものにしており、話題を呼んだ。

1. オーバーテイク困難が生んだ戦略合戦の様相

 だが、この決勝は、モンテカルロ市街地コース特有の追い抜き困難な状況が極限まで顕在化したレースでもあった。実際、トップ4台はスタートグリッドと全く同じ順位でフィニッシュし、レース中のオーバーテイクは、1周目のボルトレートとアントネッリの攻防と、最終ラップでのストロールのヒュルケンベルグに対する追い抜きの2つのみだった。FIA側も、昨年のパレードレースを受けて対策を講じており、「レース中にタイヤ3セットを使用する」という特別ルールを導入して事実上の2ストップ以上を義務化した。だが蓋を開けてみれば、そこで繰り広げられたのは、通常のレースとは質的に大きく異なる戦略ゲームだった。

2. 極端なブロッキング戦術:チームメイトを「壁」に

 モナコならではの戦略として際立ったのが、チームメイト同士の連携による極端なブロッキング戦術である。中団勢ではレーシングブルズやウィリアムズがこの作戦を最大限に活用した。例えばレーシングブルズは、ローソンが意図的に極端なスローペースで走行して後続を抑え込み、その間に僚友ハジャーがピットストップしてもポジションを失わない “フリーストップ” を2度も成功させた。一方、ウィリアムズの二人も、互いに「壁役」を交代しながら味方を逃がし、タイヤ交換後も順位を維持させることに成功。中盤には入賞圏内の順位が事実上確定する状況を生み出した。

 図1,2にレーシングブルズ勢およびウィリアムズ勢のレースペースを示す。

図1 レーシングブルズ勢のレースペース
図2 ウィリアムズ勢のレースペース

 15周目付近のローソンや50周目のアルボンを見ると、4~5秒遅く走っても抜かれない状況だったことが分かる。これぞ「絶対に抜けない」モンテカルロだ。

 逆に言えば、彼らの後方にいたメルセデス勢を始めとするドライバーたちは、このトレインに捕まり、レース中盤には勝負権を失ってしまった。そして、レース終了時点で6位以下のマシンは全て1周遅れ、9位以下は2周遅れになるという極端な結果となっており、いかに中団が意図的にペースを落としていたかを物語っている。

3. ラッセルが見出した “抜け道”

3.1. 今回のケース

 この状況を打破しようと極端な手を打ったのが、ラッセルだった。ウィリアムズ勢のブロック戦術により、ラッセルはアルボンの後ろで周回を重ねる羽目になり、明らかにペースを抑え込まれていた。業を煮やしたラッセルはついに48周目、ヌーベルシケインでコースをショートカットしてアルボンを強引に抜くという奇策に打って出る。無線では「接触回避のためやむを得なかった」と弁明しつつもポジションを返さず、その差を広げ始めたラッセルだが、その意図は「たとえ10秒のタイムペナルティを科されても、後ろで1周3秒失い続けるよりは遥かに得だ」という所だろう。

 しかしこの意図的なコース外オーバーテイクにはスチュワードも即座に厳格対応し、通常の10秒加算では不十分と判断して、より重いドライブスルーペナルティを科した。FIAも、レース前からこのような状況が起こることを予見しており、レースディレクターのルイ・マルケスは事前にすべてのチームに対して、シケインで意図的にコースを離れて追い越しを行なった場合は厳しく審査され、ガイドライン通りの10秒タイムペナルティ以上の厳罰を受ける場合があることを通達していた。

 しかし面白いのはここからだ。なんと、ラッセルは引き続きスロー走行を続けるアルボンを尻目にあっという間に差を広げ、53周目にドライブスルーペナルティを消化してもなお、アルボンの前にとどまることに成功した。図3に47周目からアルボンとラッセルのギャップの推移を示す。

図3 アルボンとラッセルのギャップの推移

 ドライブスルーのタイムロスは14秒程度で、1周3~4秒速かったラッセルはこれをあっという間に稼いだ。この戦術によってゲインしたのは数秒であり、順位に影響はしなかったが、こうした戦術が使えるという事実は、今後に向けて大きな議論を残したと言えるだろう。

3.2. 考えられうる応用例

 例えば、先頭にノリス、2番手にルクレール、3番手にピアストリが連なっていたとしよう。その場合、ピアストリがシケインショートカットによってルクレールを抜き、即座にノリスに譲ってもらえば良い。ドライブスルーまでの数周飛ばすピアストリに対して、ルクレールは4秒遅いノリスに引っかかり、ピアストリはペナルティを消化してもトップでコースに復帰、ノリスに順位を戻すという戦略が考えられる。

 すぐ後ろにハミルトンがいた場合はさらに厄介だ。ピアストリが逃げ始めてすぐ、まずルクレールはノリスをシケインカットによって追い抜き、翌周ハミルトンが同じことをするだ。そしてハミルトンのスロー走行によってルクレールはドライブスルー1回分のギャップを築くことになる。これによってルクレールは、ピアストリには勝てないものの、ノリスには勝てる。とはいえ、これはハミルトンが完全な捨て駒になってしまうため、シーズン前半においては、この選択ができるチームはレッドブルぐらいだろう。

 ちなみに、これを阻止するべくノリスがシケインをカットしたらどうだろうか?そう。今度はペナルティストップを終えたピアストリがルクレール以下を抑え込めば良い。このようにして、非常に奇妙な光景が繰り広げられることとなるため、抜けないモナコでのペナルティのあり方については再考が必要だ。

4. 問題提起と考えられうるソリューション

 F1の競技運営側にとっても、見せ場に欠けるレースが続くことは無視できない問題だ。モナコという特異な市街地サーキットを今後も維持していくのであれば、車幅拡大などで年々追い抜きが難しくなっている現状を踏まえ、レギュレーションやサーキットのあり方について議論を深める必要があるだろう。今回のレースは、F1が直面する課題を浮き彫りにした一戦だったと言える。

 そこで筆者が提案する短期的に実現可能なソリューションは以下の通りだ。

・抜けないモナコを受け入れる

 この異様な光景も、数戦に一度訪れるのであれば問題だが、年に一度であればそれもまた味わいではないだろうか。そしてレースで抜けないからこそ予選の重要性が高まる。実際、筆者が一年で最も緊迫感を持つ土曜日は、毎年必ずこの週末だ。2023年のフェルスタッペンの驚異のセクター3など、ここでの数々のエキサイティングな予選アタック合戦を思い出してみてほしい。そう、「抜けない日曜日」という未来が土曜日を形作っていることを頭の片隅においておくと、日曜日に「現在」に対する解釈が変わってくるかもしれない。

 つまり「昨年までのやり方で良いのではないか」という意見であり、筆者個人としてはここに位置する。年間6戦中の1戦がここまで特殊だと問題意識も生まれるが、年間20戦を超える中で1つこういうグランプリがあるのも、また一つの適度なスパイスである。

・抜けないモナコを強める

 さらに過激にするならば、今年の方向性とは逆に、タイヤ交換の義務をモナコの週末に限り撤廃するのも一つの手かもしれない。レースで(ほぼ)確実に順位変動がないことを一層決定づけ、予選での緊迫感をさらに高める方向性だ。

 この場合、持ち込むタイヤを柔らかくすることで、ノンストップ組 vs 1ストップ組(デグラデーションが大きい中で50周の履歴の差があれば流石に抜ける)という構図を生み出せるかもしれないが、この場合はまた、チームメイトがフリーストップできるようにもう一方がスローペースで走行する戦略も復活することとなる。

・抜けないモナコを2倍にする

 上記の思想を発展させ、土曜日に第1予選と第1レース、日曜日に第2予選と第2レースを行うというのも一つの手だろう。それぞれ決勝の周回数は半分の39周、ポイントもハーフポイントとなる。これにより緊迫の予選を二度楽しめ、レースでの唯一の順位変動のチャンスであるスタートを2回行える。

 ある意味では伝統を崩すことにもなるが、万物は流転するという見方も可能だろう。人々がいかに早くハロに慣れたかを考えれば、人類の適応力を侮らない方が良いという考え方もあるだろう。

厳しいタイムペナルティ

 僅かなウォールとの接触に対しても5秒のペナルティを課す方法だ。通常のサーキットのトラックリミット違反のように、接触回数が貯まるとペナルティ、という形でも良いかもしれない。これにより、「前のドライバーが5秒落ちてくるかもしれない」という前提から、最終ラップの最終コーナーまで激しく緊迫したタイムバトルが発生する可能性がある。

 ただしこの場合も、後ろにいるのがチームメイトであれば、ブロック戦略で5秒先に逃すケースは依然として生まれてくる。

・雨が降る可能性を作る

 何らかの方法でレース中に雨が降る可能性を作ると、実際に降るか否かに関わらず、レースの在り方は大きく変容する。2023年がその良い例で、レース中盤の降雨に備え、タイヤを持たせつつも各々が本来のレースペースで走行していた。結果的に雨は降ったが、仮に降らなくても、各所で緊迫感のあるレースになっただろう。

 ただし、方法として考えられるのは、雨雲レーダーをハッキングして各チームに降雨の可能性を信じ込ませるか、人工的な雨を降らせるといったところで、前者は違法行為、後者も今すぐには現実的ではなく、極端な形でのアイディアの片鱗として考えていただきたい。

 とはいえ、そのようにして「レースを製造する」ことに対しては筆者は反対の立場であり、基本的には最初の3つのアプローチのいずれかが望ましいと考えている。

5. まとめと次戦の展望

 “追い抜けない”モナコで露呈したF1の構造的課題は、次戦スペインGPで異なる様相を見せることになりそうだ。6月1日に決勝を迎えるカタロニア・サーキットは、長いストレート、中速コーナーや高速コーナーが連続するレイアウトが特徴で、マシンの総合力が問われる本格的なサーキットである。

 マクラーレンとレッドブルは依然として優位と見られるが、大型アップデートを投入予定のメルセデスがどこまで差を詰めてくるかにも注目が集まる。ノリスとピアストリのポイント差はわずか3点。ドライバーズタイトルを巡るチーム内の攻防が本格化するのは間違いないだろう。

 例年通り気温が高ければタイヤの摩耗も激しく、2ストップが主流になる見込みだが、展開によっては3ストップ作戦も現実味を帯びてくる。何れにせよ、戦略の差による順位変動やコース上でのオーバーテイクが多く見られそうだ。戦略とペースがものを言う伝統のバルセロナで、各チームがどのような一手を打つのか――再び激戦の火蓋が切られる。

6. インタラクティブグラフ

 自分でもっとデータを深掘りしたいという方には、こちらのグラフを使っていただければ幸いだ。

 各車のペースグラフとギャップグラフをインタラクティブな形にしており、ボタン操作で見たいドライバーだけを表示できる。ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶしてあるため、レース文脈も把握しやすい。右上のボタンでダウンロードやズームなども可能だ。

 ぜひ、ご活用いただきたい。

Race Lap Time Interactive Graph

Lap Times

Drivers: VERTSUNORPIALECHAMRUSANTALOSTRGASCOLOCOBEAHADLAWALBSAIHULBOR
−101234561:13.0001:14.0001:15.0001:16.0001:17.0001:18.0001:19.0001:20.0001:21.000
LapTime (m:s)

Gap to Leader

注意点:

ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶした。

Takumi, ChatGPT, Gemini

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