波乱含みの展開となったアゼルバイジャンGP。中段争いは今回も非常に接近した戦いとなり、非常に緊迫感があった。彼らの市街地バトルをグラフを交えながら客観的に振り返ってみよう。
※レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した
目次
- 復調のベッテル
- 角田は「長い目で」
- 用語解説
1. 復調のベッテル
予選で11番手だったベッテルは新品ソフトを履いてスタート。ライバル勢より10周前後も引っ張り角田をオーバーカットした。第2スティント以降も好調で、上位勢の波乱もあり、見事2位表彰台を獲得した。以下にベッテルとガスリー、ルクレールのレースペースを示す。
Fig.1 ベッテル、ガスリー、ルクレールのレースペース
ベッテルの第1スティントは見事で、前が開けてからのペースはガスリーやルクレールのウォームアップが済んだ新品ハードタイヤよりも速い。デグラデーションもゼロで見事な出来だ。
セーフティカー明けではウォームアップの差からかガスリーをオーバーテイク。その後も0.4秒ほど速いペースで引き離しにかかった。
フォースインディア時代から伝統的にチームとして得意としてきたサーキット、予選11番手で新品スタートを選べたこと、デグラデーションが小さくオーバーカットが可能な展開、この3つの要素も起因して、ベッテルとアストンマーティンは大きな流れを掴むことができたと思われる。
2. 角田は「長い目で」
ここからは入賞を果たした角田の週末を振り返る。まずアルファタウリ勢のレースペースを図2に示す。
Fig.2 アルファタウリ勢のレースペース
今回はガスリーは基本的に終始クリーンエアのレースだった。一方の角田はアロンソを抜いたあと、7,8周目はクリーンエアで、第2スティントはセーフティカーが入るまではクリーンエア、セーフティカー後はルクレールが前におりダーティエアだった。したがって角田の実力の真値は基本は第2スティントのセーフティカー導入前までで測るのが適切と考えられる。
以上を考慮すると、第1スティントの終盤はもう少しタイムが出てても良い印象はあるが、アロンソを抜くためにエネルギーを使い切っており理想的なエネルギー状態で走れなかった可能性はある。またタイヤも使ってしまった可能性は十分にある。
第2スティントでのペースは決して悪くなかった。ガスリーが全力だったかは分からず、セーフティカー明けのペースから逆算すると0.3~0.5秒ほど余裕を持っていた可能性もあるが、それなりに競争力のあるスティントだった。
一方で予選のクラッシュに関しては筆者は「半分OK、半分NG」といった見方をしている。
イモラのようにQ1やQ2でクラッシュしてしまうのでは、結果に大きく影響するだけでなく、ルーキーにとっても最も大切な学習の機会をも失ってしまう。そうしたリスクを避け、Q3の2回目のアタックでアグレッシブに行った姿勢は評価できる。
しかしアグレッシブと無茶や不注意は意味が違う。あの突っ込み方はかなり大きくブレーキングポイントを間違えていると思われる。実際ルクレールのポールラップでは125m付近でブレーキを踏んでいるが、角田は90m付近で踏んでいる。同じマシンではないものの、流石に35mも突っ込んで止まれるわけがない。
攻めた結果のミスというのは「2m奥まで突っ込んでみて、アンダーが出て、タイムを失ってしまった」、もしくは「それを一か八か無理矢理曲げようとしてスピンした」、というようなものであり、今回のようなミスは不要だ。
角田はイモラから、「自分が思ったより奥でブレーキを踏んでいる」ようなことが多いのではないか?と筆者は推察している。これは冷静さを欠いた時に非常に起こりやすいものだ。開幕戦のベッテルが際たる例で、オコンとの接触の際にベッテルはコックピットにいる時に全く違う景色を見ていたかのようなコメントをしていた。
こうした事は極限状態で戦っている上でどうしても起きてしまうことだが、冷静さを身につけ、常に物事を正しく見る能力を養う必要がある。そこからは走りの細かい部分の学習も進みやすくなるだろう。その為にも成熟したレーシングドライバーのメンタリティ(物事の捉え方や考え方、思考パターン、哲学など)を身につけることが有効と思われ、だからこそのイタリアへの移住なのだろう。こうしたことは効力を発揮してくるのに時間が必要だ。個人的な意見ではあるが、今年1年は学習の期間と割り切って、本人も応援する側も過度な期待をせずに現状を見つめていくのがベストかもしれない。
3. 用語解説
スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。
オーバーカット:前を走るライバルより後にタイヤを履き替えて逆転する戦略。頻繁には見られないが、タイヤが温まりにくいコンディションで新品タイヤに履き替えたライバルが1,2周ペースを上げられない場合などに起こりうる。路面の摩擦係数が低い市街地やストレートの多いモンツァなどが代表的なトラックだ。
デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。
オーバーテイク:追い抜き
クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。