開幕から大接戦が続く中段勢の争い、今回はマクラーレンのノリスが”ベストオブザレスト“を獲得したが、フェラーリのレースペースは非常に印象的だった。そして角田を含む多くのドライバーが連なった「ストロールトレイン」の戦いについても振り返ってみよう。
※レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した
目次
- フェラーリ勢大躍進!
- ストロールトレインの中で光ったアロンソと角田の実力
- 用語解説
1. フェラーリ勢大躍進!
今回好調だったフェラーリのサインツ。ライバルのノリス、さらにはメルセデスのボッタスとの比較を図1に示す。
Fig.1 ボッタス、ノリス、サインツのレースペース
サインツは第1スティント後半に前方のドライバーたちがピットに入ったことでクリーンエアとなった。ここでのペースは目を見張るものがあり、なんとボッタスと同等となっている。
ハードタイヤに履き替えてからの力関係はフエルエフェクトとタイヤの履歴を換算する必要がある。まず、サインツはストロールを抜き46周目(タイヤ交換後5周目)からクリーンエアなので、そこから71周目までの26周と、ボッタスのピット後5周目からの26周のタイムを平均値で比較する。すると、
ボッタス 1.09.199
サインツ 1:09.119
と約0.1秒サインツの方が速いタイムを並べている。
また、2人のピットタイミングには14周の差があることを考慮し、フエルエフェクトを0.03[s/lap]で計算すると、0.03×14≒0.4秒ほどサインツが好条件のため、引き算すると力関係の真値はボッタスの方が1周あたり0.3秒速かったということになる。
ということは、サインツはボッタスの真後ろからスタートしていれば、71周で20秒ほど遅れてフィニッシュした計算になる。ノリスはボッタスから28秒ほど遅れていたので、ノリスが全力で走っていなかったことを考慮しても、フェラーリ勢が実力を出し切れていれば5位争いは接戦になっていたと思われる。それだけにサインツの予選、ルクレールの1周目のインシデントは残念だった。
2. ストロールトレインの中で光ったアロンソと角田の実力
今回のレースは1周目でストロールが6番手に上がったことで、多くのドライバーがレースの大半をダーティエアで走り続ける展開となった。
この状況を適切に分析するにはストロールとアロンソの比較を載せるのが妥当と判断した。
Fig.2 ストロールとアロンソのレースペース
アロンソは序盤にストロールと距離を置き、ダーティエアを避けてタイヤマネジメントに集中していた。「アロンソのペースが遅く後方がトレインになっている」と見てしまうファンも多かったようだが、実際はストロールトレインだったことがわかる。実際にアロンソは一時2秒前後に開いていた差をピットストップが近づいてくると1.5秒程度まで詰め、インラップでは1.3~1.4秒まで接近している。ラッセルや角田もこのアロンソに無理に接近しすぎずタイヤを酷使していない。
ピットストップでは今回アンダーカットが難しかったこともあり、順位の変動は無かった。そして、第2スティントでもアロンソはストロールから距離を取りタイヤマネジメントに徹した。
ここで背後の角田が採るべき戦略は、アロンソを無理に抜こうとしてタイヤを潰すことではなく、アロンソの後ろで可能な限りタイヤを残し、レース終盤でストロールが厳しくなってきた時に2台まとめて交わせるようにすることだ。エンジニアからはサインツにオーバーカットされないようプッシュするよう指示が飛んでいたようだが、これはタイヤが終わってしまうリスクを負う一方、サインツが角田の後ろに戻ったところでタイヤの履歴の差で抜かれるのは目に見えており、戦略的に悪手だ。従って今回の角田の無線での怒りは理解できる。
結果、アロンソと角田にとっては目論見通り最終盤でストロールに対してタイヤのアドバンテージを作り出すことができ、3台のテールトゥノーズとなった。一方のストロールもポジションをキープできる程度には力を残しており、順位の変動は無かったが、三者とも拍手に値する走りだった。
※補足
最終盤はハミルトンのプランFが絡み、それもあってアロンソがストロールのDRS圏内に入った。さらにシューマッハを周回遅れにする際にさらに差が詰まったが、コース後半の中高速コーナーでも1秒以内に留まり続けるにはタイヤのアドバンテージが必要なため、筆者はアロンソはストロールよりやや余力があったと考えている。そして角田は、それ以前からアロンソのDRS圏内に入っており、終盤のタイムの推移からアロンソ以上にタイヤを残していたと思われる。
レッドブルの席巻、フェラーリのレースペースなど今後が楽しみになる要素が詰まったシュタイヤーマルクGPだったが、来週は同じトラックで行われるオーストリアGPだ。そこでも基本的な勢力図は変わらないと思われ、レッドブルが2戦連続で勢力図を支配するのか、フェラーリは予選を改善しレースペースを結果に結びつけられるか、など目が離せないウィークエンドとなりそうだ。
3. 用語解説
パーマネントサーキット:レース開催のためだけのサーキット。市街地や公園の一部を使ったサーキットのようにグランプリ期間中だけサーキットとして機能するもの以外の全てのサーキットと考えて良いだろう。
トレイン:電車のこと。F1ではペースの遅い車の後ろに何台も連なっている様子のことを電車に見立ててこう呼ぶことが多い。「レーシングスクール」などとも呼ばれる。
クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。
フエルエフェクト:燃料搭載量がラップタイムに及ぼす影響。燃料が重くなることでより大きな慣性力(加速しない、止まれない)が働き、コーナリング時も遠心力が大きくなり曲がれなくなる。それによって落ちるラップタイムへの影響を1周あたりで[s/lap]としたり、単位質量あたりで[s/kg]、あるいは単位体積あたりで[s/l]としたりする。また英語でFuel Effectなので、「フューエルエフェクト」や「フュエルエフェクト」などの表記がある。当サイトでは「フエルエフェクト」と[s/lap]を標準として扱う。
ダーティエア:クリーンエアの項目を参照のこと
タイヤマネジメント:タイヤを労って走ること。現在のピレリタイヤは温度は1度変わるだけでグリップが変わってくる非常にセンシティブなものなので、ドライバーとエンジニアの連携による高度な技術が求められる。基本的にはタイヤマネジメントが上手いドライバーやチームが勝者となりチャンピオンとなることが多く、最も重要な能力と考える人も多いだろう。
アンダーカット:前を走るライバルより先に新品タイヤに履き替えることで速いラップタイムを刻み、その間摩耗したタイヤで数周走ったライバルがタイヤを履き替えて出てきた際には自分が前に立つ、という戦略。
オーバーカット:前を走るライバルより後にタイヤを履き替えて逆転する戦略。頻繁には見られないが、タイヤが温まりにくいコンディションで新品タイヤに履き替えたライバルが1,2周ペースを上げられない場合などに起こりうる。路面の摩擦係数が低い市街地やストレートの多いモンツァなどが代表的なトラックだ。
スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。
インラップ:ピットに入る周回
アウトラップ:ピットアウトした周回
テールトゥノーズ:2台のマシンが接近していること。前方のマシンのテール(後部)と後方のマシンのノーズが接近している様を表した表現。
プランF:ファステストラップ狙いで終盤にピットに入りタイヤを履き替えること。
DRS:前車と1.000秒以内にいると使えるオーバーテイク促進システム。DRSゾーンのみ使用ができる。通常1箇所か2箇所に設定される。その少し手前に設定された検知ポイントでタイム差を計測するので、後ろのドライバーにとっては例えサーキットの他の部分で離されようともそこで1.000秒以内に入れるようにすることが重要で、そのためにエネルギーマネジメントを調整する(「ターン15で近づきたいからターン1〜7で充電してターン8〜14で放出しよう」など)。前のドライバーはその逆を考え、裏をかいた奇襲なども考えられる。