• 2024/11/21 15:37

給油あり時代におけるピット戦略概論

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 当サイトでは給油アリ時代の1994~2009年のレースレビューもお届けしているが、このページでは当該レギュレーション下におけるピットストップ戦略に関して、解説を上げておこう。最初の2項目が初心者向け、3項目の実践編はコアなファン向けとなっている。

1. そもそも何故ピットストップが必要か?

 初めてF1を見た視聴者は、何故20秒もロスするにも関わらずピットに入り、タイヤ交換と燃料補給を行うのか疑問に思うのではないだろうか?ここではそんな疑問を解消するため、図1にピットストップ回数がレースペースに与える影響を示す。

 なお、諸条件は以下の通りだ。

フューエルエフェクト:0.1[s/lap]
ピットストップロスタイム:15.0秒+静止時間
給油時間:1周分の燃料補給に0.3秒
静止時間:給油時間+2.0

画像1

Fig.1 Effect of Pit Stop Strategies on Race Pace Without Degradation

 まずはタイヤのデグラデーションがゼロの場合で考えよう。

 ピットストップを行わない場合は、レース前半で1ストッパーに対して3秒遅い状態で30周走り、90秒損することになる。1ストッパーのピットストップロスが26秒のため、64秒差でノンストッパーの前に出て、そのままの差でレースを終えることになる。よってノンストップは論外なのだ。

 一方1ストッパーと2ストッパーの比較では、同様に計算していくと、両者ピットを終えて2ストッパーが10秒前にいることになる。

 また3ストッパーはペースは良いが、流石に止まりすぎで、2ストッパーより5.5秒遅くなる。

 まとめると以下のようになる。

Table1 Effect of Pit Stop Strategies on Race Time Without Degradation

スクリーンショット 2022-01-22 17.20.34

 このように、重い燃料で走り続けるよりも、適度に軽い状態で飛ばしてはピットストップを繰り返す方が、給油ありのレギュレーションでは有利になるのだ。

2. タイヤのデグラデーションを含めた戦略

 上記はタイヤが全く劣化しないシンプルなモデルで計算したが、ここにタイヤのデグラデーションを0.05[s/lap]で考慮すると、以下のようになる。

画像3

Fig.1 Effect of Pit Stop Strategies on Race Pace Without Degradation

 こちらの方が、複数回ピットストップを行うメリットが増えてくる。ショートスティント作戦によって、燃料の軽さだけでなく、より新しいタイヤという強みが2重で効いてくるからだ。

 このシミュレーションでは、2ストッパーが最後のピットストップを終えた時、1ストッパーの15秒前に入り、レース終了時には25.0秒差になっている計算だ。

 一方、デグラデーションなしでは2ストッパーに劣った3ストッパーだが、こちらでは最後のピットストップを終えて0.2秒前に出る計算だ。レース終了時には4.0秒差に広がっている。

 まとめるとレースフィニッシュ時のタイムは以下の通りだ。

Table2 Effect of Pit Stop Strategies on Race Time 
With 0.05[s/lap] Degradation

スクリーンショット 2022-01-22 17.33.38

 このように、デグラデーションが大きくなるほどピットストップ回数を増やすことのメリットは大きくなる。フューエルエフェクトが大きくなった場合も同様で、またピットレーンが短くロスタイムが小さいサーキット(イモラやマニクールなど)ではその有効性がさらに大きくなり、2004年フランスGPのシューマッハの4ストップ作戦は、そういった部分も多分に利用した戦略だった。

3. 実戦での戦略

 2003年以降では予選時に決勝スタート時の燃料を積むことになり、軽い燃料で前からスタートするのか、重い燃料で後ろからスタートし、ピットストップ時に逆転を狙うのか、という戦略上の駆け引きが行われるようになった。

 それぞれの戦略的判断がレース展開にどのような影響を及ぼすのか見てみよう。

3.1 デグラデーションを無視した戦略シミュレーション

・Case1(短い第1スティントからの2ストップレース)
 以下に全く同じポテンシャルを有する2台が、一方が予選で10周分、もう一方が11周分の燃料を積んで、2ストップレースをした場合のレースペースを示す。

 条件はフューエルエフェクト0.10[s/lap]、デグラデーションはゼロとする。また最初の2周で先頭を走るマシンと2番手の間に1.0秒の差ができるものとする。

画像5

Fig.3 Case1

 さて、予選では0.10秒のフューエルエフェクトを利用してポールポジションを獲得したAだったが、レースでは2周目までで1.0秒、その後はフューエルエフェクトで1周0.1秒ずつ引き離しつつ8周走り、10周目の時点で差は1.8秒に広げた。そこからピットに入ったAは、残りを均等割で25周分の燃料を積み、Bよりも24周重い状態で11周目を走ることになる。これによって2.4秒遅くなるため、この1周でピットストップ前の1.8秒ギャップは逆転され、0.6秒差で前に出られてしまう。

 ちなみに、Bが15周分だった場合は、この差は2.0秒(ピットストップも短くなるので実際はさらに大きく)になり、燃料搭載量に差があるほど、逆転は起きやすくなる。

 よって予選でポールポジションが欲しいからと言って極端に軽くすると、レースではより多くの燃料を積んだライバルに対して不利な展開となってしまうのだ。

・Case2-1(3ストップレース)
 ではCase1の1回目のピットストップで両者が3ストップを選択した場合を考えてみよう。

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Fig.4 Case2-1

 まず、1回目のピットストップでAが給油量を均等割で16周とすると、Aの11周目はBより1.5秒遅くなり、逆転はせずに0.3秒差でAが前に戻ることになる。そこからの2周はスタート後と同じく1.0秒開くと仮定すると、そこからの13周は1周分のフューエルエフェクトが効いて1.3秒、合計2.3秒離れて2回目のピット(26周目)を迎えることになる。27周目にはAが16周分の燃料を積んで1.5秒遅くなっても、0.8秒差でAが首位を守ることになる。次のピットストップでも基本的には同じ展開で、Bの給油量が1周分短いためピットストップが0.3秒短くはなるが、やはりAが0.5秒差で前に出る計算だ。

・Case2-2-1(3ストップレース/Bが1回目を短くした場合)
 しかし現実はそうは行かない。BはAの給油量を知って1回目のピットストップを迎えられるからだ。この時Bが勝機を見出す戦法は、1回目のピットで14周分しか積まず、相手より2周分少ない燃料補給でピットストップを0.6秒短縮して前に出ることだ。こうすると次の25周目のBのピットストップ時には、これまでと同様の計算をすると2.2秒となっている。17周積んだBが26周目で1.6秒詰められても、ピットアウト時には0.6秒前で戻れる計算になる。2回目のピットでも同様に逆転は発生せず、0.5秒差でBが前に出るだろう。

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Fig.5 Case2-2-1

・Case2-2-2(3ストップレース/Aが2回目を短くした場合)
 逆に、1回目のピットストップで逆転を許したAが勝機を見出す戦法は、次の2回目のピットストップで給油量を3周分減らし、給油時間を0.9秒節約することで、0.4秒差で「とりあえず前に出る」ことだろう。しかしこの場合、最初の2周で1.0秒差、その後の12周で2周分のフューエルエフェクトが効き2.4秒、計3.4秒ギャップで最後のピットストップを迎える。ここから2周、18周分のフューエルエフェクトを生かしてBが飛ばせば3.6秒を稼ぐことになり、ピットストップも0.6秒短いことも加味すると、結局はBが0.8秒前に出ることになる。

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Fig.6 Case2-2-2

 Case2-2-1及びCase2-2-2から言えるのは、第1スティントで重めの燃料搭載量を選択すると、相手の給油量を見てから動けるため、有利に戦うことができるという事だ。今回は軽い燃料で前に出るパターンを想定したが、相手の1回目のピットストップが極端に短く逆転が厳しい場合は、その後のスティント割が厳しくなり最後のピットストップ後に非常に重くなるため、逆に自分は積んで、最後のストップを終えて相手が重くなった所を軽い状態で逆転すれば良い。

・Case3(効率的2ストップレース)
 さて、次はCase1で10周と11周だった第1スティントを、20周と21周にして考えてみよう。

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Fig.7 Case3

 Case1と同様に、2周目までで1.0秒、その後はフューエルエフェクトで1周0.1秒ずつ引き離すが、周回は18周になる。よって20周目の時点で差は2.8秒だ。そこからピットに入ったAは、残りを均等割で20周分の燃料を積み、Bよりも19周重い状態で21周目を走ることになる。これによって1.9秒遅くなるが、元のギャップ2.8秒を逆転するには至らない。今回は軽い燃料で飛ばしたAが勝利を収めるのだ。

 Case1との違いは、

・第1スティントが長いため、0.10秒のフューエルエフェクトで稼げるマージンが大きいこと
・Aがピットストップで積む燃料がCase1の25周に対し20周と少ないため、ピットストップ直前で軽くなっているBとの差が小さい

の2つが挙げられる。

 この比較から言えるのは、第1スティントが短いと、ライバルに1周長く引っ張られるだけでも打撃となるが、効率的な戦略を採っている以上は、燃料搭載量が少なくてもさほどハンディにはならないということだ。

 すなわち、ライバルとのレースペースが変わらない場合は、均等割以上に燃料を積むメリットはあまりなく、軽い燃料で前を押さえた方が有利と言える。

 一方、燃料を多めに積むことが有利に働くのは、予選に自信がなく、決勝でのレースペースに自信がある場合だ。Case4で見てみよう。

・Case4
 予選で実力的に0.2秒劣っていたとしても、レースで0.2秒速いのであれば、少し多めに積むのも確実に前に出るための作戦だろう。

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Fig.8 Case4

 Aの1回目のピットストップを20周目、Bを22周目とすると、地力のアドバンテージの0.2秒とフューエルエフェクトの0.2秒が相殺され、イーブンペーストなる。よって20周目の時点でBはAの1.0秒後方につけ、そこで20周分の燃料を積んだAよりも18周軽い燃料と地力の0.2秒を活かして、2.0秒速いペースを刻むことができる。すると2周で4.0秒を稼ぎ、給油量が同じなら、Aの3.0秒前方でコースに復帰することとなる。お気づきの方も多いと思われるが、これはフェラーリ&シューマッハの十八番の戦略だ。

・Case5
 一方で、同様に予選で実力的に0.2秒劣り、レースで0.2秒速いという中でも、逆に4周分軽くしてポールポジションを獲得する戦略もアリだ。

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Fig.9 Case5

 Aの1回目のピットストップを20周目、Bが16周目とすると、地力で0.2秒、フューエルエフェクトで0.4秒速いBは、(1周目で1.0秒開くとして)ピットストップまでに9.4秒の差をつけることになる。そこで22周分の燃料を積むと、Bのピットストップまでの4周で18周分のフューエルエフェクトが効き、6.4秒差を詰められることになる。給油量が同等ならBが3.0秒差で前に出ることになる。

・Case6
 ただし、Case5では器用に相手よりも4周軽い状態で予選を走り、0.2秒負けていた一発のスピードを0.4秒のフューエルエフェクトで補うことができたが、実際の予選では相手の力量も燃料搭載量も分からない。ここでは「前を取りに行こうとして軽くしたものの、1周分の差になってしまい、予選でポールを獲れなかった場合」について考えてみよう。

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Fig.10 Case6

 Aが20周目、Bが19周目に1回目のピットストップを行うとする。この時、Aが先頭、Bが2番手でレースを進めるが、第1スティントのペースはBが0.3秒速いため、1回目のピットストップは1.0秒差程度で迎えると考えよう。ここでピットに入ったBは20周分の燃料を積むと、20周目はAに1.7秒引き離されることになる。こうなるとAには2.7秒の余裕が生まれるので、2回目のピットストップでより余裕を持つために少し余分に燃料を積む選択肢も生まれ、Bにとってはお手上げ状態だ。最悪の場合は、実力で劣る後方のドライバーにも逆転されかねない。これが「軽くすることのリスク」だ。

 ここまでを総合すると、「軽くして前を獲れれば素晴らしいが、後ろになったらジ・エンド」と言える。予選の時点では相手の力量も燃料搭載量も分からないこと、一発勝負ならではのイレギュラー(ミス、相手のスーパーラップ、黄旗、トラフィック、コンディション変化など)を考えると、かなりリスキーな綱渡りと言える。さらに予選でポールを獲ったしても、スタートで抜かれる可能性も存在し、一層リスキーと言える。

 さらに軽くして前を獲っても、1周目のアクシデントなどでセーフティカーが出れば、1回目のピットストップまでに相手に対して稼げるマージンが減ってしまう。そうした観点から見ても、レースペースに自信があるならば、少し重めに燃料を積んで予選を戦うのも賢い戦法と言えるのだ。

 一方で、予選で遅くなることによって、本命のライバル以外のドライバーに間に入られるリスクは確実に存在する。ここで間に入ったドライバーのレースペースが遅いと、ジ・エンドだ。2006年はイギリスGP・カナダGPでシューマッハが、サンマリノGP・フランスGPではアロンソが、このパターンでレースペースを活かせない展開となっており、トップチームでも嵌ってしまいやすい大きな罠と言えるだろう。

3.2 デグラデーションその他諸要因について
 ただし、ここまでのシミュレーションはタイヤのデグラデーションを0.00[s/lap]として計算している点は注意しておきたい。デグラデーションが高ければ、Case1、Case2-2-1、Case4で軽い燃料でスタートした側がもう少し順位を守りやすくなるだろう。とはいえ、その分後から入った側がピットストップを短くすれば良い話であり、その分2回目のピットストップが手前になってしまうことも、デグラデーションが0.00[s/lap]の時よりは不利に働かない。

 さらに、デグラデーションが大きい場合、ピットストップ後に戻る位置という不確定要素が絡んでくる。デグラデーションがない場合は、例えばCase2−1でAがピットストップを行った際、まだピットストップを終えていない中団グループのマシンの後ろになっても、16周分の燃料を積んだAとさほど変わらないペースで走ってくれる可能性が高い。しかし、デグラデーションが大きい場合は、このマシンのペースがAに対して相対的に遅く、Aが本来のペースを発揮できない場合があるのだ。

 また、実際のレースでは「新品タイヤ効果」にも注意しなければならない。そのサーキットに持ち込んだタイヤの特性によるが、新品タイヤに履き替えてから2,3周爆発的なペースを発揮することができるというものだ。時には先に入って重い状態になっても、軽い燃料で飛ばしているライバルを上回るペースで周回し、逆転することも可能になってくる(2006年イギリスGPのライコネンvsシューマッハなど)。こうなるとCase1、Case2-2-1は崩れ去る可能性が濃厚になってくる。逆にデグラデーション次第ではCase4のAにも勝機が出てくる。
 ただし、新品タイヤの効果が大きい時、それをフル活用すると、その後タイヤの性能が低下し、スティント全体のペースに支障をきたす場合がある。よって、次のピットストップまでに本来は軽い燃料で広げているべきギャップが無く、逆転されてしまうリスクもあるのだ。
 しかし、この新品タイヤ効果はピットストップ後に戻る位置が悪いと活かしきれない。したがって、中団勢との位置関係を把握し、「中古タイヤを履くか?新品タイヤを履くか?」を決め、その選択を最適化する燃料搭載量を決定しなければならない。

4. まとめ

 大まかに言えば、以下の結論が得られる。

(1)基本的には複数回のピットストップにより、軽い燃料と新しいタイヤを活かしてレーストータルで早く走り切ることができる。また、フューエルエフェクト・デグラデーション・ピットストップロスタイムによって最速の戦略は変わってくる。

(2)レースペースが互角の場合は、燃料搭載量を軽くして予選で前を獲る戦略が有効である。極端なスティント割で非効率的にならない限りは有利にレースを進めることができる。ただし、予選やスタートが上手くいかず、軽い状態にも関わらず後ろになってしまうと、例えレースペースが速くてもレースが台無しになってしまい、かなりリスキーと言える。

(3)燃料搭載量を重くする戦略は、レースペースに自信があり、相手との一騎討ちになるならば、ローリスクで確実に前に出ることができる有効な手段と言える。ただし、予選やスタートで本命のライバル以外のドライバーに割って入られてしまうと、大打撃となりやすい。

(4)デグラデーションが大きい場合は、後から入ることで逆転するのがやや難しくなる。

(5)新品タイヤ効果が大きい時は、後から入ることで逆転するのが一層難しくなるが、次のスティントでは優位に立つことができる場合がある。またピットアウト後の位置関係には注意する必要がある。

 このように実戦での戦略は、フューエルエフェクト、デグラデーション、トラックポジション、新品タイヤ効果、中団勢との位置関係など、様々なファクターが絡んでおり、当時のF1の非常に見応えのあるパートだったと言えるだろう。