長かった2024年シーズンもついに最終戦。マクラーレンがコンストラクターズタイトル獲得を祝う一方、何人かのドライバーにとってはF1あるいは所属チームでのラストレースとなり、感慨深さも漂うグランプリとなった。今回もデータを交えながら、レースを振り返ってみよう。
1. 順当なマクラーレンのタイトル獲得
1.1. VSCリスタートで差がついたノリスvsサインツ
まず、図1にノリスとサインツのレースペースを示す。
まずは、第1スティントでのペースに着目すると、4周目以降の平均ではノリスが0.05秒だけ上回っている。しかし1周目でのギャップ1.9秒から、サインツがピットに入る25周目まで0.05秒ずつ離れていくと、その差は3.0秒のはずだ。しかし実際には3.6秒の差がついていた。さらにノリスがVSC明けの3周目でややタイムロスをしていること(おそらくタイヤのウォームアップの問題と思われる)も踏まえると、サインツはもっとノリスに接近した状態でピットストップを迎えていたはずだ。
実はVSCが導入される直前の2人の差は1.9秒だった。しかしVSCが解除された直後には3.2秒に広がっていたのだ。
VSC解除直前、3周目のターン5を立ち上がった後のストレートで、サインツはノリスの3.3秒後ろ、ガスリーの1.2秒前、ラッセルの2.3秒前にいた。しかし、解除直前にはスッと遅れ、ノリスとの差は4.3秒に広がり、ガスリーとは0.6秒、ラッセルと0.7秒差に縮まってしまった。(※注: VSC走行中のタイム差はVSC解除後のタイム差とイコールにはならないので、その比較は意味を成さない。理由は最下部の付録にて後述する。)
よって、サインツはノリスに対して、VSC解除前に1.0秒、リスタート時に0.3秒失い、トータルで1.3秒も失ったことになる。そして、27周目にノリスがピットアウトしてきた直後には、サインツは1.6秒後方にいたため、VSC後のロスがなければ、ターン5~9でバトルに持ち込めていた可能性が高い。
ハードタイヤでの第2スティントでは、ノリスの方が速かったが、ペースアドバンテージは0.2秒程度だったため、サインツが一度前に出てしまえば、抜き返される可能性は低かっただろう。
ここでサインツが勝っていれば、フェラーリが1ポイント差でコンストラクターズチャンピオンとなっていた。したがって、VSCリスタート時の2人の差が、その後のレースを、そしてチャンピオンシップを決定づけたとも言えるだろう。
1.2. ルクレールがいれば…
今回のルクレールは非常に競争力が高かった。図2にノリス、サインツ、ルクレールのレースペースを示す。
第1スティントでは中団勢をかき分けてくる展開で、定量的なペース分析はできないが、第2スティントに着目すると、5周古いタイヤを履いているにも関わらず、サインツの0.2秒落ちで走れていた。これはタイヤの差を換算すると、ルクレールの方が0.1秒速かったことになる(計算方法は付録2に記載)。それでもノリスより0.1秒劣るペースではあるが、サインツよりも接戦に持ち込めただろう。そう考えると、予選での僅かなトラックリミット違反が非常に痛かった。
2. 伝説を締めくくる作法
2013年から始まったハミルトンとメルセデスの関係、2014, 15, 17, 18, 19, 20年と6度のドライバーズタイトルを獲得し、84勝を挙げた。そんなハミルトンとメルセデスのラストレースは、正に王者の名に相応しいものとなった。図3にハミルトンとラッセルのレースペースを示す。
予選でこそ、マグヌッセンが弾き出したボラードがマシンの下に入るという不運により18番手に沈んだが、レースでの追い上げは見事だった。ハードタイヤでスタートし、序盤はローソンの後ろで苦戦したものの、前に出てからはラッセルと互角、スティント後半では明確に上回るペースを見せた。
そして第2スティントではミディアムを装着すると、ラッセルを大幅に上回るペースで追い上げ、最終ラップのターン9でアウトからパスした。
まずこのオーバーテイクは非常に素晴らしい。図4にハミルトンの、図5にラッセルのテレメトリデータを掲載する。
前の周回と比較すると、早めにブレーキを放し、スロットルを開けて加速することで、早い段階でラッセルに並びかけた。これによりラッセルは外側に1台分のスペースを残さざるを得なくなり、それによってラッセルの加速を鈍らせることができる。実際図5のように、ラッセルは一度加速を始めてから、スロットルを戻している。これは2021年のカタールGPでアロンソがガスリーを抜く際に使った技術と全く同じだ。正にチャンピオンの技と言える。
さて、次はペース面に目を向けよう。
ハミルトンはリバースストラテジーではあるものの、タイヤの差を考慮に入れた上で連立方程式を解く形で、レースを通じてのラッセルとのペース差を求めることができる。分析の結果、ハミルトンはラッセルを0.3秒ほど上回っていたことが分かった。
詳細はシーズンレビューのチームメイト比較編で言及する予定だが、過去2年間は予選で互角、レースペースの年間平均ではハミルトンが0.2秒差をつけてきた。しかし、今年は予選で年間平均0.2秒差でラッセルが上回り、レースペースで互角、すなわちハミルトンが劣勢に立たされてきた。だが、メルセデスでのラストレースでここまで見事な走りを見せたことは、伝説の一章を締めくくるに相応しいやり方だったと言えるだろう。
3. 1年間の振り返り
さて、当サイトでは1年間予選ペースとレースペースのチームメイト比較、およびライバルチーム同士の比較を行ってきた。こちらは、今後シーズンレビューという形で随時公開していく予定だ。
さらに、歴代ドライバーのペース分析も、新たなデータと新たな視点と共に、新たな知見を得ることができ、かつての分析内容をさらに洗練した考察を行った。噂のレッドブルのセカンドシートに「データ上は」誰が相応しいのかについても、結論を既に得ており、その他にもドライバーの成長に関する知見など、興味深い知見を多く得ている。この点もお楽しみにしていただければ幸いだ。
※参考
歴代ドライバーの予選分析
歴代ドライバーのレースペース分析
Writer: Takumi
4. 付録1
なぜVSC中のタイム差はグリーンフラッグ下のタイム差とは異なるのか?
それは、VSC導入時に減速を開始する地点と、解除後に加速を開始する地点の、位置的な違いに関係するものだ。
たとえば、両者が時速324km/h以上で走行中に、距離が180m離れていれば、それは2.0秒差になる。
ところが、VSC(バーチャル・セーフティカー)が導入されると、全車が大幅にスピードを落とす。先ほどと同じ180mの距離差があったとしても、もし時速180km/h程度まで速度が下がれば、同じ180mの差でも約3.6秒ものタイム差として換算されてしまう。つまり「同じ距離差」でも、速度が低ければ低いほど、時間差は大きく見えてしまう。
これは、「VSCが出された瞬間、先行車は後続車よりも先の地点までレーシングスピードで走れるのに対し、後続車はより手前の地点から減速を始めるため、タイム差が開く」とも説明できる。
しかし、VSCが解除されて再び全車が高速走行に戻れば、元々あった距離差は再び高速走行時の計算(約2秒差)に近い数字に戻る。
これは、「後続車は先行者よりも手前の地点から加速を始められるため、タイム差が縮まる」とも説明できる。
つまり、VSC中の「大きく見える」タイム差は、主に低速走行時に同じ距離が長い時間差として表現されることが原因であり、実際には物理的な距離が劇的に変化したわけではないのだ。
5. 付録2
5.1. 両ドライバーのデグラデーションが一定の場合
5.2. デグラデーションが途中で変化する場合