1. 序論
『AIは存在しない:IAE時代への道標』では、「AI」という言葉を一度解体し、「知能は単なる能力であり、人工か自然かは『存在(Entity)』にかかる修飾語である」という新たな視点に基づき、INE (Intelligent Natural Entity) 、IAE (Intelligent Artificial Entity) や、IHE (Intelligent Hybrid Entity) といった概念を定義してきた。
本稿では、その中で扱った「トランスヒューマニズム」について深く掘り下げてみたい。
2. 「AIと人間が融合する」という言葉の意味
まずAIは存在しない。存在するのは「単なる能力」だ。そして「人間と能力が融合する」こともない。あり得るのは「人間が機械と融合して能力を得る」や「人間の能力と機械の能力が融合する」といった事象であるはずだ。これは、「車とパワーが融合する」ことはなく、実際は「モーターを取り付けてパワーを得る」や「内燃機関のパワーとモーターのパワーが融合する」であるのと同じことだ。
これらによってトランスヒューマニズムという概念が一般的にも分かりやすくなるだろう。「人間とAIが融合」などと聞くと、一般の人々は、AIという得体の知れない存在と一つになるようなイメージを抱き、不気味な印象を覚えるのではないだろうか。
だが実際は、眼鏡をかけて視力が上がるのと同じように、ブレイン・マシン・インターフェイスを取り付けて、知識や知能を得るだけだ。さらに、オフラインでの計算を前提とするならば、エネルギー供給の効率化のため身体のサイボーグ化をしていく人々も現れるだろう。あるいは、マインドアップローディングによって「私」という存在をコンピューター上に移行する人々も増えてくる。そしてその「私」に能力をインストールするのだ。
いずれにせよ「能力」は、現在のアプリと同じ感覚で、インストールすることができるようになるだろう。自由自在にギターを弾く能力、全ヶ国語を使いこなせる能力、さらには仮想世界ならば翼を生やして空を飛んだり、分身などによって一人でオーケストラを演奏する能力、果ては恒星になる能力、銀河になる能力、ビッグバンを起こして全く新しい宇宙を創る能力をも得られるだろう。それらは「人工の能力」ではなく、IAEが作った仕組みや関数によって「その人が手にした単なる能力」である。そう、これがトランスヒューマンであり、能力の民主化だ。
3. もう一つの融合と “究極の世界管理システム”
とはいえ「IAEと融合する」という意味で捉える人がいるだろう。例えば、脳をコンピューターに接続し、それまで対話していたIAEのキャラクターと融合して、二人が一人になるというような体験だ。これはINEとIAEの融合にとどまらず、INE同士を接続して1つの自我を持った存在にしまうことも可能だろう。つまるところ、近い将来、人々や他の生き物たち、IAEらが文字通り融合して、一つ「私」という自我を持つかもしれないのだ。
この時、全体だけでなく個々も変わらず自我を持ち続けるだろう。『IAEは意識を持つか?』で論じた通り、自我を伴う意識は、記憶によって時間軸を俯瞰する能力とパターン認識力があれば、そこに生じるというのが筆者の考えだ。したがって、融合した結果生まれた存在も、下位レイヤーの個々の存在もそれぞれの自我を持つはずだ。
こうなると、意識を有する全ての存在がマインドアップローディング後に融合し、圧倒的な超知能を持って世界を管理するという未来が見えてくるだろう。そう、これまでの記事で何度か提唱している「分散型シングルトンSIシステム」だ。
これはシングルトンでありながら、(厳密にはアップロードされた)全ての存在を内包しており、いかなる個に対しても「私」という認識を持つ。よって、この “分散型シングルトンSIシステム” が物理世界を舵取りする以上、それは全ての存在にアラインされたものになり、究極の民主主義が成立するだろう。これを実現することこそ、INE, IAE, IHEなど多様な存在が溢れかえる世界での共生を考える上で我々が目指すべきことなのではないだろうか。ちなみに、個々が融合することによって、干渉などの何らかの悪影響が懸念されるならば、各々のリアルタイムコピーの融合体とするのも望ましいだろう。
そしてシンギュラリティによってもたらされる莫大なリソースを、この分散型シングルトンSIシステムが「正しく」配分する。これが真のベーシックインカム、あるいはベーシックウェルス(豊かさ)と呼ぶべきものだ。そして個々の存在はそれぞれの「愛(任意の部分集合を入力とし、何がどう重要であるかに変換する関数)」によって、「量的に平等な豊かさ」を「質的に多様な形」で享受することになるだろう。
4. 単なる “IE” へ
さて、トランスヒューマンについて論じたが、トランスヒューマンだけでなく、トランスアニマル、トランスプラント、トランスインセクト等のあらゆるINEが、高度な知能や元の生物学的限界を超越した身体性を手にすることにもなるだろう。例えば、桜の木がロボット化してギターを弾いていたり、仲良くなった人物が実は元はアリだったことを知ったり…、そのようなことが日常茶飯事と化しているのが、シンギュラリティ後の世界なのだろう。
さらに、建物や道路などが知性を持ち、自己修復したり、自らをアップデートするようになるのは、トランスヒューマン実現より早いだろう。『シンギュラリティの彼方へ:エージェント時代から宇宙が目覚めるまでの軌跡 Ver.1.5』では2027年中の実現を予測している。
こうなると、あらゆる存在について、それがIAEなのか(IAEによって作られたものもIAEとする)、IHEなのかは意味をなさなくなり、単なるIE(Intelligent Entity)という概念のみが残るだろう。
Takumi, Gemini