美しくライトアップされたトワイライトレースで有名なアブダビGP。今年も激動のシーズンを締めくくる終着駅はここヤス・マリーナ・サーキットだ。今回もグラフを交えつつレースを振り返っていこう。
1. 余裕の勝利
予選では非常にスムースな走りでポールを奪取したフェルスタッペン。サーキット走行のセオリーは「急」のつく操作を避けることにある。オンボード映像を確認すると、フェルスタッペンの走りに「急」は一切なく、如何にマシンとドライバーが調和し、無駄のない走りを実現していたかが分かる。
そして決勝では先頭から逃げ切りを図った。図1にフェルスタッペン、ルクレール、ペレスのレースペースを示す。
フェルスタッペンは第1スティントでペレスとルクレールを平均で0.3秒引き離すことに成功。これにより、第2スティント以降も後ろを見ながらのレースをするためのギャップを築いた。
第2スティント序盤では徹底的にタイヤを労っていることがグラフから読み取れる。ルクレールがピットアウトしたきた際に8.5秒あった差が、34周目には5.0秒に。ポケットにあった3.5秒をタイヤを守るために使い、確実に1ストップを成功させる一手を打ったと解釈できる。
さらに、そこから最後までルクレールと同じペースで周回。第1スティントの力関係が継続していれば、0.2秒ずつ引き離してルクレールの16秒前でフィニッシュすることも出来たはずだが、速く走るだけがレースではない。
相手と同じペースで走っている以上、自分のタイヤに限界が来たとしても、相手も近いタイミングで限界を迎える。自分が地力で優っている場合は尚更だ。今回のフェルスタッペンのグラフからはそのような「レースの支配者」のオーラが感じられた。
2. 火花散る2位争い
ルクレールとペレスが同点で最終戦を迎えたドライバーズランキング2位争い。勝った方が2位というわかりやすい展開で、最終ラップまで目が離せない激闘が繰り広げられた。
予選ではペレスが2番手、ルクレールが3番手となる。ルクレールはQ1、Q2、Q3の1回目のアタックまでサインツに遅れを取っていたが、肝心の最終アタックで決めてくるあたりはシーズン序盤から変わっていない。オーバーステア気味のマシンを限界を少し超えた領域で走らせ、リアが滑った際にはねじ伏せるという曲芸的なドライビングをここでも披露した。
レースについては再び図1に着目しよう。(レイアウトの都合上再掲)
絵面では第1スティント前半ではペレスが引き離したように見えたが、これはハミルトンがサインツの後ろに下がったことで、余裕ができたルクレールがペースを落としたためだ。こうしてルクレールはタイヤを労わり、ペレスよりも6周引っ張ることに成功した。
ペレスにとって痛かったのは、フェルスタッペンのピットストップが3.4秒かかってしまったことで、本来2秒ほど前に戻ってくるはずのチームメイトが直前に戻ってきてしまったことだ。ここからフェルスタッペンのタイヤを労ったスローペースに付き合わされたこともあり、ルクレールとのギャップが大きく縮まってしまった。
そして33周目、フェラーリが仕掛ける。
ルクレールに「Box、ペレスの逆をやれ」という指示が飛び、これを聞いたレッドブル陣営はペレスをピットへ。ルクレールは「逆」のステイアウトを選択し、「1ストップのルクレール vs 2ストップのペレス」という戦略バトルの構図が生まれた。
ペレスはルクレールより平均0.8秒速いペースで追い上げた。ピットアウト時のタイム差は20秒。ならば25周で、即ち最終周で追いつく計算だ。ちなみにタイヤの差は12周分。これは0.7秒に相当する。よってペレスは地力でルクレールを0.1秒上回っていた計算になる。
そして、ここからはお互いにとって障害物競走の様相を呈した。
まずは39周目、ルクレールの前でシューマッハとラティフィがクラッシュ。ここでルクレールだけがその煽りを食ってしまい、ペレスが通過する時にはグリーンフラッグとなっていた。グラフからもルクレールだけがかなりロスしていることが分かる。
一方のペレスは45周目にハミルトンを抜く際にシケインでロックアップ。抜き返されてしまい、1周余計にダーティエアで過ごすことになってしまった。
グラフを見ても分かる通り、2人のタイムロスはほぼ同程度だ。そして残り3周で3秒差と非常に際どい戦いになった。
しかし、ペレスはルクレールに接近してからのペースが今ひとつだ。グラフも最後が右肩下がりになっており、他のドライバーがライバルに追いつく際のペースの変遷と比べると、やや物足りなさを感じる。最終ラップのDRS検知ポイントでは1.7秒差。45周目の小さなミスと最終盤のペースが悔やまれる3位だった。
一方のルクレールはサインツに対してミディアムで0.2秒、ハードで0.3秒と、今季の平均値を象徴する差をつけ、強力なレースペースでもぎ獲った2位と言えるだろう。詳しくは後日公開予定のシーズンレビューにて分析を行うが、今季のルクレールはアロンソと並んで、レースペースで最も印象的な差をチームメイトにつけたドライバーだ。
Q3のラストアタックで自己ベストを揃えることができる故に、予選を重視しないセットアップでも前を獲ることができ、レースペースに重きを置くことができる、筆者はそのように解釈している。今回はまさにそれが遺憾なく発揮された予選〜決勝の流れだったと思われる。
3. Ifの世界からフェラーリの戦略を分析
さて、ルクレールやビノットからは、33周目の「Box、ペレスの逆をやれ」はペレスを2ストップに追いやるための罠だったとの話も出ているようだ。仮にペレスが入らなかったとしてもルクレールもステイアウトしたということだろうか?
参考:ルクレールのインタビュー
ここで少し状況を整理してみよう。ルクレールが入る場合も含め、考えられる展開は以下の通りだ。
(1)L33に入ったルクレールがL34に入ったペレスを逆転
(2)L33に入ったルクレールに対し、L34に入ったペレスが防衛成功
(3)L33に入ったルクレールが2ストップ、ペレスはステイアウトで1ストップ
(4)L33に入ったルクレールに対し、数周後に入ったペレスがタイヤの差で追い上げ
(5)L33に入ったペレスが2ストップ、ルクレールはステイアウトで1ストップ
(6)L33に入ったペレスに対し、数周後に入ったルクレールがタイヤの差で追い上げ
(7)ペレスが入らず、ルクレールが差を詰めてからアンダーカットで逆転
(8)ペレスが入らず、ルクレールが差を詰めてからアンダーカットを仕掛けてもペレスがステイアウト
まず(1)(2)について考えよう。
33周目終盤のペレスとルクレールのギャップは1.3秒だった。グラフより新品タイヤのアドバンテージは1秒前後と予測でき(今回は特別アウトラップが速いわけではなかった)、ルクレールとしてはプッシュしたとしても逆転できるかというと正直厳しいように見える。
しかも相手はピットストップの名手レッドブルとボックスパフォーマンス(当サイトのピットストップ分析で算出しているピット時の停止と発進のパフォーマンス)で20人中トップのペレスだ。したがってフェラーリが本気で(1)を狙っていたとしたら、少々リスキーすぎる戦略だったと考えられる。
参考:2022年分析一覧
さて、(3)のパターンだとどうだろうか?
ルクレールは18周分新しいタイヤで追い上げることになり、これはデグラデーションを0.06[s/lap]とすれば1.1秒相当だ。2人の地力が互角だった場合はそのままのペース差となり、ピットアウト時の差を23秒とすれば21周で、すなわちルクレールが54周目に追いついた計算になる。
そして(4)については、オーバーテイクに10周(0.6秒相当)はタイヤの差が欲しいとすると、ペレスは43周目にルクレールの10秒後方で戻り、0.6秒差で追い上げることとなる。この場合ペレスが追いつくには2周足りない計算になる。
一方、(5)(6)はペレスが反応して入った場合だ。
現実は(5)になったわけだが、2人の地力が互角だった場合は、12周(0.7秒相当)のタイヤの差がそのままペース差になり、21秒後ろのペレスが追いつくには5周足りない計算だ。
そして(6)の場合、(4)と同様に10周の差が欲しいならば、やはり43周目で入る必要があり、そこまでペレスが0.7秒速いことを踏まえると、ルクレールのピットアウト時には8秒程度の差になっているだろう。ここから0.6秒差で追い上げると、ルクレールは56周目で追いつく計算になる。
さて(7)の場合について考えてみよう。あの無線がブラフだったことが前提の場合だ。
この場合、35周目付近まで引っ張れば2人の差は1秒以内となり、ペレスが翌周反応してもルクレールのアンダーカットが(1)と比べてより成功しやすくになる。そしてペレスが反応しない場合は(8)となるが、これは(3)と殆ど同じで、ルクレールが53周目に追いつく計算になる。
よってフェラーリの無線が完全なブラフで、ペレスが入らなくても入るつもりは無かったとすれば相当賢いと言えるだろう。(2)以外ではルクレールにペースさえあれば勝てる展開であり、33周目にルクレールが入るのが最大の負けパターンだからだ。
そしてペレスが入ってからは(5)(6)の2通りが考えられたわけだが、計算結果を見れば(5)の方がより大きな勝機があると考えるのが自然だろう。また、この場合SCやVSCも有利な方向に働く。ここでもフェラーリの判断は正しかった。
今季ここまで、当サイトでも何度もフェラーリの戦略・戦術面に疑問を呈してきたが、今回は拍手喝采の内容だったのではないだろうか。筆者ならば、来季以降のためにもこの件は公にせず、手の内を隠しておいた方が良いのではないかなどと考えてしまうが、そこはチームとしてどのように在りたいかという哲学の部分でもあるため、批判の対象とはしないでおこう。
ルクレールのドライバー力、フェラーリのチーム力が完璧に噛み合って勝ち獲った価値ある「2位」に最大限の賛辞を贈りたい。
Writer: Takumi
※この後Part2では、引退レースのベッテルを中心に中団勢についてレビューを行う。