大雨でスタートが1時間以上遅れたシンガポールGP。ウェットからドライへとコンディションが変化するレースは大荒れとなった。今回もグラフを交えつつ分析的視点で振り返ってみよう。
1. 攻めと守りのフェルスタッペン
1.1. 予選のドタバタ劇
予選アタックラップでポールポジション目前まで迫っていたフェルスタッペン。しかし燃料が足りないことがわかり、コーナーあと2つという所でルクレールを0.8秒上回っていながら、ピットに呼び戻されてしまった。
改善して行くコンディションの中で周回数と燃費を正確に読み切るのは難しい。しかし、それならば最終一つ前のアタックを完遂しておくべきだった。そしてその判断は可能だったはずだ。
一方で、ピットに戻した判断は正しい。あのまま走り切ってしまえば予選失格となりピットスタートだ。それよりは8番手の方が良く、ミスを重ねた中でも最後の最後に傷口に蓋をすることには成功した。
1.2. 弘法にも筆の誤り
レースでのフェルスタッペンは、ほぼ全編にわたって今年の慎重なフェルスタッペンだったが、一瞬だけ昔のリスクテイキングな姿に戻ってしまったレースだったように見受けられる。
まずスタートで出遅れたものの、そこから無理をせずに接触を避けてドライブしていた。ターン9でのマグヌッセンとの軽い接触は少々危なかったが、筆者は「無難にターン9出口にも1台分スペースを残しておいたが、本当にそこにいてタッチしたのですぐ左に避けた」と解釈した。マグヌッセンは実質的には争っていないマシンと競り合って接触する傾向があり、それも加味していたのだろう。ターン11でも明らかに引いている。
その後は2周目にストロール、3周目に角田とあっさり交わしたものの、ベッテルをなかなか交わせない展開となった。しかしSC明けの11周目のターン5でベッテルを交わすと、ターン13でガスリーを仕留めた。
この2つの動きに共通するのは、オーバーテイクポイントのひとつ前のコーナーで奇襲を仕掛けている点だ。オーバーテイクポイントのターン7、14の前には長いストレートがある。したがってストレートでの速度を稼ぐためにターン5や13では進入を妥協して脱出速度を稼ぐようなラインをとるのが理想的だ。
そうしてできた進入時のスキを突いたのがフェルスタッペンの動きだ。それでいて抜いた後の処理が上手いことによってその後のストレートで抜き返されなかった点も巧さが光る。こうして本来のオーバーテイクポイントで抜けそうにないと判断し、発想を切り替えるのは流石というほかない。
その後はアロンソに迫るが、ここはアロンソも要所要所を抑えており隙がなかった。そうした中では無理な仕掛けをせず、今年のフェルスタッペンの優れたリスクマネジメントが垣間見えた。
しかしSC明けの40周目、ターン7でノリスのイン側に飛び込んだフェルスタッペンはブレーキングで激しくロック。ランオフエリアに逃げて順位を落とした上に、タイヤを傷めてピットへ。先頭から40秒以上遅れた14位へ転落してしまった。
イン側はレコードライン上よりも濡れている状態でさらにバンプもあったが、そこを把握して適切な操作をするのがレーシングドライバーの仕事だ。そういう意味では、この瞬間だけはフェルスタッペンはリスクを冒しすぎてしまったと言えるだろう。
ここからは落ち着いたレース運びで、中団勢を交わしていき7位でフィニッシュした。終盤のハミルトンやベッテルとの接近戦でも無駄なリスクを取らずに順位を上げており、今年のフェルスタッペンらしい走りだった。
こうして俯瞰すると、リスクを取り過ぎてしまったのは40周目の一瞬だけで、全体としては王者らしい走りをしていたと言えるだろう。しかもこれは17戦走ってきて殆ど初めてのことで、「弘法にも筆の誤り」という次元のものだ。今のフェルスタッペンはその領域まで来ているという凄みを逆に実感できるレースだったかもしれない。
2. ペレスvsルクレールから垣間見えたもの
今回の優勝争いはスタートで前に出たペレスをルクレールが追う展開となった。図1に表彰台3人のレースペースを示す。
インターミディエイトでは33周目までペレスとルクレールがほぼ互角と言って良いだろう。18周目付近からルクレールが遅れているが、この辺りはタイヤを冷やすことに力を入れていたようだ。
ペレスに関してはスタートで前に出たこと、そしてミスをせずタイヤを持たせたことに尽きる。このレースを見ていればそれが如何に難しいことかは明白だろう。
一方、今回のルクレールのレースは非常に良い内容だった。まずインターミディエイトでのペースはサインツを平均1.0秒上回っていた。難しいコンディションでこうした差を生み出せるのはF1の歴史を紐解いても一握りだろう。
またドライタイヤに履き替えてからはペレスを激しく攻め立てた。最後にタイヤが大きくタレてしまったのはこの猛攻で無理をしたのが祟ったのだろう。
結果論で言えば、最終スティント前半に後ろでタイヤを労っておけば、ペレスのペナルティによって勝てた可能性が高い。しかしペナルティが出るか否かが分からない以上、それに期待して5秒以内でポジションキープしようとするより、タイヤを壊してでも抜きにかかった方が良いというのは支持できる考え方だ。
また、そこまで攻めた走りをしながらクラッシュしなかった点も非常に評価できるポイントだろう。この点はエミリア・ロマーニャGPやフランスGPでのミスから学び成長した点と考えて良さそうだ。ルクレールがリスクマネジメントの点でもフェルスタッペンと互角になってくると、来季以降が一層楽しみになってくる。
3. 類似したクラッシュも課題はそれぞれ?
今回は多くのドライバーがミスを犯した。本記事ではハミルトンと角田に着目してみよう。同じようなクラッシュだが、筆者にはその本質が少し異なるように見えた。
3.1. 集中力が課題のハミルトン
ハミルトンは33周目のターン7でオーバーシュート。そのままバリアに突き刺さった。前のサインツとはそれなりに距離があり、仕掛けるような状態ではなかったため、単純にブレーキングポイントを誤ったということになるだろう。筆者の経験上は、基本的には集中していない時に起きがちなミスだ。
ここで問題なのは、オーバースピードにも関わらずステアリングを左に切ってしまったことだ。真っ直ぐ行けばランオフエリアに逃げることができる。正にそれをやったのが40周目のフェルスタッペンだ。
ミスは次の瞬間には過去のものになっており、取り返すことはできない。しかしその瞬間から未来に向けて採れる選択肢はたくさんある。その中でベストを選択するかワーストを選択するかで、傷口が塞がるか広がるかが決まってくる。
さらに57周目のターン8では、ベッテルに仕掛けようとしてイン側のウェットパッチに乗りスリップ。オーバーシュートしてフェルスタッペンに交わされてしまった。全く同じミスを2021年のエミリア・ロマーニャGPで犯しており、これも集中していないように見えてしまう。
最近のハミルトンは集中力が万全ではないように見受けられるシーンが多々ある。2014年以降速さよりも強さを見せてきたハミルトンだが、ここ最近はマクラーレン時代に戻ってしまったかのようだ。ミハエル・シューマッハには(プラスにも働くが)敗北を受け入れられない面、ライコネンには予選、など歴代のチャンピオンたちも何かしら弱点はある。ハミルトンにとってはこの辺りが課題なのだろう。
集中力は根性論では養うことができない。フィジカル面やメンタル面など多角的にアプローチしてデザイン・組み立ていく建築物のようなものであるため、ハミルトンやチームがここからどう取り組んでいくのか、楽しみなポイントと考えることもできるだろう。
3.2. 角田は経験不足が露呈?
図2にガスリーと角田のレースペースを示す。
角田のインターミディエイトでのペースはガスリーの0.5秒落ち程度だった。これは決して良いペースとは言えない。
さらに35周目にはターン10でクラッシュ。明らかなオーバースピードだった。これはドライタイヤに履き替えて2周目だ。よって、前周よりも温まったタイヤで相対的にプッシュできるようになった周だったことが一因として考えられる。ブレーキングポイントは前周より奥で良いわけだが、それが10[m]なのか30[m]なのか、そういった部分を判断するのは難儀なものだろう。
ただし、これは集中力というよりも判断力の問題で、そこは経験の要素が大きいと思われる。前述のインターミディエイトのペース不足もその可能性がある。ルクレールですらF1参戦初年度や2年目ではウェットで今ひとつだった印象だが、下位カテゴリーでも現在でもウェットで速さを見せている。レインマイスターのミハエル・シューマッハも2010年の復帰時には雨で若干苦労していた。F1のウェットには特有の経験が必要とされるのかもしれない。
また判断力にはフィジカル面の影響も大きい。この点もF1での体づくりの履歴が浅い角田にはまだまだ伸び代があると言えるだろう。
ただし、厳しい見方をすればもう2年目の後半戦だ。そして比較対象のガスリーは来年移籍してしまう可能性が高そうだ。本来ならば今シーズンが終わるまでにガスリーに対してあらゆるエリアで接近、もしくは上回って力を証明した上で3年目を迎えたい所だろう。速さのポテンシャルは既に証明済だ。残り5戦で角田が一貫性や種々のコンディションへの対応といった面でどういった躍進を遂げるのか、注目していきたい。
Writer: Takumi