• 2024/11/21 18:01

2021年アブダビGPレビュー(1) 【頂上決戦はラスト1周のドラマで…】

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 47年ぶりとなる同点での最終決戦。今回も2021年を象徴するかの如く、フェルスタッペンとハミルトンが抜きん出た競争力を見せた。至高のバトルもいよいよファイナルラウンド。今回も彼らの激しい闘いをグラフを交えて、振り返ってみよう。

各ドライバーの使用タイヤはこちらのピレリ公式より

※レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した

目次

  1. 予選はレッドブル
  2. レースはハミルトン主導
  3. 「チェコはレジェンド」
  4. それでもハミルトン優勢
  5. セーフティカーと「”勝負師”フェルスタッペン」
  6. 24歳で初タイトル
  7. セーフティカー中の問題について
  8. 用語解説

1. 予選はレッドブル

 フリー走行までは、予選一発のメルセデス、レースペースのレッドブル、という構図かと思われたが、予選では流れが大きく変わった。Q1ではメルセデス勢が1−2を独占したものの、Q3になるとフェルスタッペンがハミルトンを0.371秒上回ってポールポジションを獲得した。ここには二つの要因があった。

 一つ目の要因はペレスのサポートだ。セクター1ではフェルスタッペンが乱気流の影響を受けぬよう遥か前方を走り、ターン7の立ち上がりから速度を緩め、フェルスタッペンにスリップストリームを与えた。この影響は0.1~0.2秒ほどだったと思われ、チームプレーヤーとして非常に高い貢献を見せたと言える。

 二つ目の要因はQ3のコンディションに合わせ込んだことだ。フェルスタッペンはQ1からQ3にかけて1.2秒改善したのに対し、ハミルトンはわずか0.4秒の改善に止まっている。他のドライバーを見てみると、Q1からQ3への改善幅は0.3〜0.6秒程度で、フェルスタッペンの1.2秒が如何に異常な数字かが分かる。
 これがコンディションの変化にセットアップを合わせ込んだことによるものなのか、手の内を明かさなかったことによるものなのかは不明だが、セットアップでここまでの大きな差は説明し難く、筆者としては後者の可能性が高かったのではないかと考えている。

2. レースはハミルトン主導

 しかし、レースではハミルトンがスタートで先行し、フェルスタッペンをじわじわと引き離す展開となった。これは、メキシコの展開の真逆だ。メキシコでは、予選で競争力を発揮したメルセデス勢をフェルスタッペンがスタートで下し圧勝した。

 ここで、今回の主役フェルスタッペン、ハミルトン、ペレスのレースペースを見てみよう。

画像1を拡大表示

Fig.1 フェルスタッペン、ハミルトン、ペレスのレースペース

 第1スティント序盤こそ、2秒程度の差でついて行けたフェルスタッペンだが、6周目付近から離され、10周目からは大きくドロップオフしている。ハミルトンのデグラデーションは0.03[s/lap]程度だが、フェルスタッペンはタイヤがタレる前までで見ても0.07[s/lap]と、やはりソフトタイヤのデグラデーションで大きな差がついてしまった。

3. 「チェコはレジェンド」

 タイヤが終わってしまったことで、サインツに対して十分なギャップを築いていないにも関わらず、ピットストップしなくてはならなくなったフェルスタッペン。ここでサインツに3周手こずってしまったこともあり、ハミルトンとの差は19周目の時点で9.0秒になってしまっていた。

 しかしここでペレスのチームプレイが炸裂。20周目から21周目のターン6までハミルトンを押さえ込み、フェルスタッペンはその差を8秒縮めてハミルトンの真後ろにつけることに成功した。フェルスタッペンが無線で「チェコはレジェンド(伝説)だ」と称したのは、今後も語り継がれる名シーンになるのではないだろうか。

 ちなみに筆者は土曜日の予選後、このようなツイートをしている。

 筆者が考えていたほど極端な選択はしなかったようだが、55周目の突然のリタイヤ(レッドブルの弁ではPUトラブル)から考えても、少し燃料を軽くして、ハミルトンとのバトルでアドバンテージを作ろうとしていたとしても不思議ではない。
 VSCとSCの合計4周で2周分の燃料を節約できたとすると、ペレスは本来より5周分軽い燃料でスタートしていた可能性がある。フューエルエフェクトを0.07[s/lap]とすれば、0.3~0.4秒程度のアドバンテージになり、20周目のターン6でハミルトンを抜き返した凄まじいブレーキングも頷ける。
 また、詳細は明日の分析記事で論じるが、レースを通じてフェルスタッペンとペレスのペース差はタイヤの差を考慮すると、常に0.2秒程度だった。これは予選での0.8秒差よりもかなり小さく、今シーズンの他のレースと比べても接近した差であることも書き添えておこう。

 またその場合は、極端に燃料を減らし過ぎなかったのも賢明だったと思われる。最終スティントまでハミルトンのピットストップウィンドウ内(23秒以内)でレースを進めることが重要だからだ。例えば、レースの半分の燃料しか積まずに早々にリタイヤすれば、フェルスタッペンが2ストップで揺さぶりを掛けた際に、ハミルトンも翌周反応することが可能になってしまう。そこにペレスがいることが重要なのだ。

 もちろん憶測に過ぎないが、もしレッドブルがこのようにペレスの燃料搭載量を減らしていたならば、なりふり構わずタイトルを獲得しに来ており、こうした部分もF1のタイトル争いにおける戦略の醍醐味と言える。

4. それでもハミルトン優勢

 ペレスのブロックを受けたハミルトン、しかしハードタイヤに履き替えてもフェルスタッペンをじわじわと引き離していった。図1からも明らかなように、第2スティント前半で、ハミルトンのペースはフェルスタッペンを平均0.24秒上回っている。ちなみにデグラデーションが0.02[s/lap]のため、1周のタイヤの差を考慮すると、ハードタイヤでの実力差は0.2秒程度だったと言える。

 しかしフェルスタッペンに1回目の幸運が訪れる。36周目に導入されたVSCだ。VSC中のピットストップロスタイムは14秒程度のため、この時点でフェルスタッペンに対して6秒しかリードがなかったハミルトンは、ステイアウトせざるを得なかった。ハミルトンがピットストップすれば、フェルスタッペンはそれを見てステイアウトし、その後ろになってしまうからだ。

 ここでペレスが20, 21周目でハミルトンから奪った8秒が効いてくる。これがなければ両者の差は14秒以上となっており、ハミルトンとフェルスタッペンは2台揃ってのピットストップとなっていたはずだ。

 しかし、22周分新しいタイヤにも関わらず、フェルスタッペンのペースはハミルトンを0.3秒ほどしか上回っていない。それもそのはず、今回はハミルトンのデグラデーションが0.03[s/lap]程度と小さく、22周で0.7秒ほどしかタレない。実力的なペースでハミルトンが0.2秒上回っていたならば、交換後のフェルスタッペンのペースアドバンテージは0.5秒程度しかないはずだ。さらにハミルトンがスティント前半で余力を残していたことで0.3秒と、フェルスタッペンにとっては非常に苦しい展開となった。

 またメルセデスはこれも計算のうちでステイアウトを選択したと思われる。図2に示す通り、ハードタイヤで長く走っても新品のハードタイヤを履いたライバルに抜かれはしないことは、サインツがガスリーの後方で大人しくしていたことからも証明済みだった。19周目から36周目までが、サインツが19周新しいハードタイヤでガスリーの背後を走行していたタイミング、VSC後は17周古いハードタイヤのサインツとミディアムのガスリーが共にクリーンエアで走っていたタイミングだ。

画像2を拡大表示

Fig.2 サインツとガスリーのレースペース

 これと上記の計算を踏まえれば、ハミルトンがフェルスタッペンに追いつかれる事も抜かれる事もないと、容易に結論づけられる。
 よってこの時点でフェルスタッペンにとって状況は最悪。万事休すかに見えた…。

5. セーフティカーと「”勝負師”フェルスタッペン」

 しかし全てが動いたのが、ラティフィのクラッシュによる53周目のSCだ。
 ランオフエリアが豊富なヤスマリーナサーキットだが、この区間は市街地のようになっている。そのため、事前にこの区間でクラッシュがあった場合にどうするか、確認がなされていたようだが「赤旗ではなくSCで対応する」との合意がなされていたようだ。

 ここで再びハミルトンの14秒以内にいたフェルスタッペン。これによりハミルトンはステイアウトを選択せざるを得なかった。そしてフェルスタッペンは圧倒的有利な新品ソフトタイヤに履き替えた。

 もちろんここでも前半のペレスによるハミルトンへのブロックが無ければ、ハミルトンも順位を失う事なくピットストップを行い、同じタイヤを履いて順位を守り、8度目のタイトルを獲得していただろう。ペレスのブロックはこのレースで2度の劇薬の効果を発揮したことになる。

 また、ハミルトンには2番手に下がって新品タイヤで仕掛けるという選択肢はなかった。
 そもそもSC先導のままレースが終わる可能性が一つ。
 もう一つは、「ポイントリーダーの優位性」だ。フェルスタッペンは同ポイントながらも勝利数で上回っているため、両者リタイヤならばフェルスタッペンの戴冠となる。ハミルトンがいくらタイヤでアドバンテージを得ても、フェルスタッペンは非常にアグレッシブにブロックして来ることが予想されるため、非常にリスキーだ。それもあってメルセデスはステイアウトしか選択肢がなかった。 

 後述するが、ここでのSCの運用には一悶着があった。しかし紆余曲折を経て、レースはラスト1周で再開、ハミルトンとフェルスタッペンの間に周回遅れは無し、という状況になった。

 そしてラスト1周で再開となったレース。この時筆者は、フェルスタッペンの立場からすればターン5で仕掛けるのが理想だと考えて見ていた。
 なぜなら、定石通りのターン6でのオーバーテイクはハミルトンの想定範囲内だからだ。SCラン中に、ハミルトンは知恵を振り絞っていたに違いない。ターン5でのライン、速度調整、ストレートでの走り方、並ばれた際の寄せ方、あらゆる事をシミュレートしていたはずだ。7度の王者の経験と頭脳がフル回転していたのだ。
 その状態で、ハミルトンの計算範囲内の勝負を仕掛けても、ハミルトンはフェルスタッペンすら思いつかない引き出しを持っている可能性があり、ターン6での勝負はリスキーと考えられる。

 フェルスタッペンはロジックではなく直感的に勝負師の勘でその選択をしたのではないかと思われるが、何れにせよ、ターン5で飛び込んだことは、ハミルトンの思考の前提を崩すものだったと考えられる。ここで打てる最善手だったのではないだろうか?
 同時にハミルトンの能力を見くびらず、ライバルに対する敬意も感じられる戦術だったように映った。そうした意味では、今シーズン何度も接触や無線を通した口論を繰り広げてきた2人だが、最後に美しいスポーツマンシップが垣間見えた、そんなシーンでもあったのではないだろうか?

6. 24歳で初タイトル

 そのままターン9のサイドバイサイドも凌ぎ切り、トップチェッカーを受けたフェルスタッペン。これにて、チャンピオンシップは決着となった。

 2005年、当時36歳のミハエル・シューマッハから24歳のアロンソが初タイトルを奪い取った。今回も36歳のハミルトンと24歳のフェルスタッペンの攻防であり、歴史が繰り返されている。
 フェルスタッペンのドライビング技術と、レースクラフト、メンタルの強さはF1の歴史の中でもトップクラスなのは間違い無いだろう。今後何回もタイトルを獲得しても何ら不思議ではなく、これからの10〜15年が非常に楽しみだ。

まずは来年、レギュレーションが大きく変わる中、チャンピオンを取ったフェルスタッペンがどう変わるのか?どう変わらないのか?注目しながら見守ってみよう。

7. セーフティカー中の問題について

 最後にSC中に生じた議論について、筆者の一私見を記しておこう。

 まず、56周目の時点では「周回遅れのマシンは追い抜きを許可されない」とのメッセージが出た。これは完全にルール外の運営であると筆者は解釈している。ルール上は周回遅れのマシンは事故の処理が済み次第、前方のマシンを追い抜き、同一周回に戻ってリスタートとなる。残りの周回数が少ないため、その手順を行うと時間的余裕がなく、ラスト1周でレースを再開できないことを理由にしての判断と思われるが、これは即ち「この場でルールを作る」という行為であり、スポーツの運営として不適切と言える。
 しかし、57周目にはハミルトンとフェルスタッペンの間にいたノリスからベッテルまでの5台だけが、追い抜きと同一周回に戻ることを許可された。これは「2番手のマシン(フェルスタッペン)の前にいるマシンは同一周回に戻って良いが、その後ろのマシンは戻ってはいけない」という不公平なルールをこの現場で突如作ったことになる。56周目の判断よりは本来のルールに近いものの、公平性という点ではアンフェアであり、フェルスタッペンの後ろにいたリカルドにとっては理不尽にレースをするチャンスを失ったことになる。

 その一方で、本noteではあらゆる議論に対して相対的な視点で考えるスタンスを取っている。今回のマイケル・マシの判断にはどのような正当性があるだろうか?

 まずF1はスポーツであると同時に、エンターテインメントであり、ビジネスでもある。そして、それらは時として矛盾する。
 スポーツとして公平で一貫していることと、エンターテインメントとしてファンにもたらす価値を最大化することは、必ずしも同じ答えを導かない。例えば2019年のオーストリアGPでは、フェルスタッペンがルクレールを押し出して優勝した。あそこでペナルティが出なかった理由は、エンターテインメント性の観点もあったのではないだろうか?その後のイタリアGPのルクレールへの黒白旗も同様だ。今年のブラジルGPでのフェルスタッペンとハミルトンのターン4のインシデントも、5秒ペナルティが出れば多くの視聴者がハミルトンの優勝を確信し、残りの周回にスリルは一切伴わなくなっただろう。

 筆者は、「価値とは商品やサービスが顧客に与える影響量」と解釈している。F1の顧客は誰か?F1は顧客に何を提供したいのか?一時的なエンターテインメント面でのゲインと、スポーツとしてのロジカルな公正さを失うことによる顧客からの信頼の喪失など、あらゆるファクターをどう評価し、どうコントロールして判断するのか?

 これは非常に難しい問題であり、ロジックで一つの普遍的な答えを導くことは不可能だろう。だからこそ、筆者としては賛否両論のあるマシの判断にも一定の理解を示しつつ、上記のような幅広い視点でのディスカッションをFIA、FOM、チーム、ドライバー、ステイクホルダーやファンなどと行っていってもらいたいと願っている。その上で、全ての関係者が少しでも納得し、満足できる形で発展していってもらえれば何よりだ

8. 用語解説

スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。

デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。 

フューエルエフェクト:燃料搭載量がラップタイムに及ぼす影響。燃料が重くなることでより大きな慣性力(加速しない、止まれない)が働き、コーナリング時も遠心力が大きくなり曲がれなくなる。それによって落ちるラップタイムへの影響を1周あたりで[s/lap]としたり、単位質量あたりで[s/kg]、あるいは単位体積あたりで[s/l]としたりする。また英語でFuel Effectで、様々なカタカナ表記があるが、当サイトでは2021年サウジアラビアGPより「フューエルエフェクト」と[s/lap]を標準として扱う。

スリップストリーム:真後ろに出来る低気圧の空間は空気抵抗が少なくストレートスピードが伸びる

ピットストップウィンドウ:ピットストップをしても前に留まれるライバルとのタイム差。留まれる場合はウィンドウ外、差が小さく後ろになってしまう場合はウィンドウ内と言う。

VSC: バーチャルセーフティカーの略。コース上が危険な状態であるため、全車が一定の間隔を保ちスロー走行しなければならない。

SC:セーフティカーの略。

ステイアウト:ピットに入らないこと

クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。

オーバーテイク:追い抜き

サイドバイサイド:横並びの状態のこと

黒白旗:ブラック&ホワイトフラッグとも言う。いわゆるサッカーのイエローカードのような警告旗で、同じ行為を次に行うとペナルティの対象になる。