今回のレースはスタートの混乱でラティフィが上位進出し、3番手を走ったことで、如何にこれを上手く攻略するかが角田をはじめとする集団にとっての鍵となった。
各ドライバーの使用タイヤはこちらのピレリ公式より
本文中ではソフト=S、ミディアム=M、ハード=H、インターミディエイト=Iと表記する。
目次
- アンダーカットか?オーバーカットか?
- シューマッハとウィリアムズ勢は?
- 用語解説
1. アンダーカットか?オーバーカットか?
図1にサインツ、アロンソ、角田、ラティフィのレースペースを示す。
Fig.1 サインツ、アロンソ、角田、ラティフィのレースペース
基本的にはタイヤ交換後にペースが上がるため、アンダーカットが効果的なレースだったが、サインツとアロンソの第1スティント後半のペースは、新品ハードのラティフィよりも1秒以上速く、この2名はオーバーカットに成功した。
対照的に角田はラティフィの1周前に入りアンダーカットに成功。しかし、これは結果的には美味しくなかった。図2にガスリーと角田のレースペースを示す。
Fig.2 ガスリーと角田のレースペース
フエルエフェクトを0.06[s/lap]の前提で考えると、今回のデグラデーションはタイムがほぼ横ばいのため0.06[s/lap]となり、8周後でピットに入ったガスリーとは0.06×8≒0.5[s]のペース差ができてしまう計算になる。実際のラップタイム差もその程度であり、角田はガスリーと同等の力を有していたことがわかる。
ラティフィは早ければハミルトン、遅くともシューマッハをカバーするために数周以内にはピットに入る必要があった。よって、角田はオーバーカットを選択していれば、ラティフィの前に出るだけでなく、後半スティントを優れたペースで戦うこともできたはずだ。上手くすれば、サインツとアロンソに対してもオーバーカットを許さず、表彰台のチャンスすらあったと思われる。
サインツにも21周目にボックスの指示が飛び「No, No, ペースがあるよ」とドライバーからの意見でオーバーカットに切り替えており、各チームにとって判断が難しい所だったのは確かだが、戦略面の見直しはアルファタウリのサマーブレイクの課題となるだろう。
角田自身は、戦略でできたペース差とスピンの影響で、パッと見の印象は良くなかったが、競争力自体は非常に高く、シルバーストーンでの善戦も踏まえると、マシンを習熟してきていると言え、前向きな内容だった。とはいえ、FP2で走れていればより戦略面を考える材料が増えたかもしれないので、今後は週末のプログラムを俯瞰したリスクテイキングが必要になってくるだろう。
2. シューマッハとウィリアムズ勢は?
ポルトガルではラティフィをオーバーテイクし、レッドブルリンクでも競争力を見せたシューマッハ。今回も序盤はリカルドに離されず、競争力が高そうだったが、真値はどれほどだったのか見てみよう。
Fig.3 ラティフィのシューマッハのレースペース
第1スティント序盤は後方から来る上位勢に対するディフェンスに徹していた。自分のペースで走れるようになったのは17周目あたりからと考えて良いだろう。
第1スティント後半はラティフィから0.3秒ほど遅いペースになっている。また、ハードのスティントでは前半ラティフィをやや上回り、後半同等でピットアウトした際に約44秒差だったのを、チェッカー時には45秒差と、ほぼ同等のペースだった。タイヤの履歴が9周分違うので約0.5秒に相当し、これがそのまま2人のポテンシャルの差ということになる。マックスダウンフォースのコーナリングサーキットでハース勢がどんなペースを見せるか興味深かったが、ウィリアムズ勢と戦えるだけのペースは無かったと言える。
一方で、ジョビナッツィをチェッカーまで後ろに従えてフィニッシュしたのは、大きな収穫だ。ジョビナッツィのポテンシャルを推察するため、図4にライコネンとジョビナッツィの比較を示す。
Fig.4 ライコネンとジョビナッツィのレースペース
ライコネンの第2スティントは中盤でフェルスタッペンに引っかかっていた以外はクリーンエアだが、ジョビナッツィとほぼ同等となっている。タイヤの差18周はタイムにして約1.1秒だ。ジョビナッツィにもライコネンと同等のペースがあったとすると、シューマッハは1.1秒速い相手をずっと押さえ込んでいたことになる。抜きにくいコース特性とはいえ、これは賞賛に値する走りだったと言えるだろう。
次戦は夏休み明けのスパ。ローダウンフォースのオールドサーキットでどんな勢力図になるのか、次のモンツァでも近いパワーバランスになることが多いので、興味深く見守っていきたい。
3. 用語解説
アンダーカット:前を走るライバルより先に新品タイヤに履き替えることで速いラップタイムを刻み、その間摩耗したタイヤで数周走ったライバルがタイヤを履き替えて出てきた際には自分が前に立つ、という戦略。
オーバーカット:前を走るライバルより後にタイヤを履き替えて逆転する戦略。頻繁には見られないが、タイヤが温まりにくいコンディションで新品タイヤに履き替えたライバルが1,2周ペースを上げられない場合などに起こりうる。路面の摩擦係数が低い市街地やストレートの多いモンツァなどが代表的なトラックだ。
スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。
デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。
フエルエフェクト:燃料搭載量がラップタイムに及ぼす影響。燃料が重くなることでより大きな慣性力(加速しない、止まれない)が働き、コーナリング時も遠心力が大きくなり曲がれなくなる。それによって落ちるラップタイムへの影響を1周あたりで[s/lap]としたり、単位質量あたりで[s/kg]、あるいは単位体積あたりで[s/l]としたりする。また英語でFuel Effectなので、「フューエルエフェクト」や「フュエルエフェクト」などの表記がある。当サイトでは「フエルエフェクト」と[s/lap]を標準として扱う。
オーバーテイク:追い抜き
クリーンエア:前に誰もいない状態。F1マシンの性能はダウンフォースに依存している。したがって高速で走るマシンの後ろにできる乱気流の中では本来の性能を発揮しきれず、前のマシンにある程度接近すると本来自分の方が速くてもそれ以上近づけなくなる。そうした乱気流の影響を受けている状態をダーティエアという。多くのサーキットでは同等のペースでは2秒以内に近づくことは難しい。0.2~0.3秒のペース差があっても1秒以内に近づくのは至難の技だ。