「抜けないモナコ」という定番フレーズの通り、1周目のシューマッハvsマゼピンを除けばオーバーテイクがゼロだった2021年のモナコGP。コース上での派手なバトルが無く面白みに欠けるとの意見もあるが、「抜けない」特性を利用しようとする各チームの戦略は、実は非常に興味深いものだった。本記事では彼らの目に見えない戦いに焦点を当てて分析する。
※レース用語は太字部分で示し、記事末尾に用語解説を加筆した
目次
- 後ろを見ながら完勝したフェルスタッペン
- タイヤに優しいアルファロメオは本物
- シューマッハとマゼピンの力関係は変わらず
- ルクレールに勝ち目はあったか?
- 用語解説
1. 後ろを見ながら完勝したフェルスタッペン
図1にフェルスタッペンと、前半のライバルのボッタス、後半のライバルのサインツのラップタイムを示す。
Fig.1 フェルスタッペン、ボッタス、サインツのレースペース
序盤のタイムの上がり方はフエルエフェクトのそれを遥かに超えており最初に抑えて入っていたことがわかる。これも本来のペースより1秒遅く走ったところで抜かれることはほぼないモナコの特性をよく利用している。
20周目以降、無線で本人が訴えていたようにボッタスのタイヤがタレ始める。フェルスタッペンも合わせてペースダウンしているがボッタスほどではなくここで一気に差が開いた。25周目にボッタスのタイムがフェルスタッペンに匹敵すると次の周に一気に0.5秒タイムを上げている。このことから、フェルスタッペンには余裕があり、後ろを見ながらリスクを抑えつつ差を広げていた可能性が推測できる。
またフェルスタッペンの第1スティントはハミルトンを見ながらのレースでもあった。何故ならば、ハミルトンがピットインするorハミルトンに22秒以上の差をつけるまでフェルスタッペンはピットに入れないからだ。後ろに入ってしまえば、メルセデス陣営はハミルトンを延々と居座らせるだろう。それによりボッタスはほぼ確実にオーバーカットを成功させる。これがレッドブル・フェルスタッペンにとっては非常に大きな懸念材料だった。
しかし、メルセデス勢はタイヤが厳しく、まずハミルトンを入れた。チームとしてもボッタスの1勝のためにハミルトンのポイントを危機に晒すわけにはいかず、対ガスリーにアンダーカットを仕掛けた。この時フェルスタッペンとハミルトンの差は17秒。ピットストップロスを22秒と考えればまだ5秒ほど前にいたが、確実にガスリーを逆転する方を選んだ。しかし結果的にここは前戦のレビュー文末でも触れた通りオーバーカットができるトラック。ガスリーを逆転できないどころかベッテル、ペレスにもオーバーカットされるという大失態となってしまった。
これによりフェルスタッペンはボッタスのトラブルがなくとも楽にトップをキープできるレースとなった。後半スティントでもプッシュするサインツにペースを合わせて走りながらタイヤをマネジメントし、サインツがキツくなってくると、引き離せる範囲で自分もペースを落としつつリスクを抑えてチェッカーまでマシンを運んだ。
2. タイヤに優しいアルファロメオは本物
ミディアムスタートで引っ張りソフト勢をオーバーカットする戦略を採ったアルファロメオのライコネンとマクラーレンのリカルド。同様の戦略を採る中で、第1スティント終盤のペースが勝敗を分けた。図2に2台のレースペースを示す。
Fig.2 ライコネンとリカルドのレースペース
リカルドは30周目からタイムを落としライコネンに離されてしまう。差が7秒以上開いたところでピットインし、7周激しくプッシュしてライコネンより1.5秒以上速いラップを並べるも、時すでに遅し。ライコネンにとっては、ポジションキープできる範囲で引っ張って、リカルドに逆転されそうになったら入れば良いだけの話で勝負アリだった。この間スティント終盤のライコネンのペースも非常に良かった。
本シリーズでこれまでも指摘してきたアルファロメオ勢のデグラデーションの少なさが武器となった格好だ。
3. シューマッハとマゼピンの力関係は変わらず
以下にハース勢のレースペースを示す。
Fig.3 シューマッハとマゼピンのレースペース
Fig.4 シューマッハとマゼピンのレースペース(縦軸拡大版)
今回フリー走行でのペースが悪いように見えたシューマッハ。FP3でのクラッシュで予選を走れず、レースでも燃圧のトラブルで後退。ハース勢の本来の実力が画面からは全くわからない週末となってしまったが、図3のラップタイムを見ればシューマッハはいつも通りマゼピンに対して明確な差をつけていたことがわかる。序盤はタイヤマネジメントしつつトラブル解決後の33周目からペースを大きく上げている。一方マゼピンはスティント終盤にタイムを上げられておらずタイヤマネジメントの点でも遅れをとっていることがわかる。
図4の通り、シューマッハは燃圧トラブルで26周目からの5周で35秒ほど失っている。ピットストップ1回分以上の差を縮めた走りはかなり印象的だった。
4. ルクレールに勝ち目はあったか?
最後にルクレールについて触れておきたい。
ポールポジションを獲得したルクレール。しかしクラッシュで心配されていたギアボックスではなくドライブシャフトにトラブルが発生し、レース出場はならなかった。これまでの記事で分析した通りルクレールのタイヤマネジメントは非常に長けており、ポールからスタートしていれば、フェルスタッペンとの一騎打ちでアンダーカットかオーバーカットかという展開になっていた可能性が高い。今回いかにオーバーカットが有利といえども、2台ともタイヤがタレてきた時に「タレたソフトよりも冷えたハードの方が速い」というタイミングが必ず訪れる。そこで先手を打つのか、引っ張るのかという判断が勝負を分ける名バトルになった可能性も高かっただけに、ファンにとっても非常に勿体ない展開になってしまった。
一方でフェラーリに競争力があったことは事実であり、シンガポールあたりでどういった展開になるか、楽しみにしたいところだ。
5. 用語解説
フエルエフェクト:燃料搭載量がラップタイムに及ぼす影響。燃料が重くなることでより大きな慣性力(加速しない、止まれない)が働き、コーナリング時も遠心力が大きくなり曲がれなくなる。それによって落ちるラップタイムへの影響を1周あたりで[s/lap]としたり、単位質量あたりで[s/kg]、あるいは単位体積あたりで[s/l]としたりする。また英語でFuel Effectなので、「フューエルエフェクト」や「フュエルエフェクト」などの表記がある。当サイトでは「フエルエフェクト」と[s/lap]を標準として扱う。
スティント:ピットストップからピットストップまで。もしくはスタートから最初のピットストップや、最後のストップからチェッカーまで。スタートから最初のストップまでを第1スティント、1回目から2回目を第2スティント・・・と呼ぶ。
オーバーカット:前を走るライバルより後にタイヤを履き替えて逆転する戦略。頻繁には見られないが、タイヤが温まりにくいコンディションで新品タイヤに履き替えたライバルが1,2周ペースを上げられない場合などに起こりうる。路面の摩擦係数が低い市街地やストレートの多いモンツァなどが代表的なトラックだ。
アンダーカット:前を走るライバルより先に新品タイヤに履き替えることで速いラップタイムを刻み、その間摩耗したタイヤで数周走ったライバルがタイヤを履き替えて出てきた際には自分が前に立つ、という戦略。
デグラデーション:タイヤのタレ。1周あたり〜秒という表現が多い。使い方次第でコントロールできる。
タイヤマネジメント:タイヤを労って走ること。現在のピレリタイヤは温度は1度変わるだけでグリップが変わってくる非常にセンシティブなものなので、ドライバーとエンジニアの連携による高度な技術が求められる。基本的にはタイヤマネジメントが上手いドライバーやチームが勝者となりチャンピオンとなることが多く、最も重要な能力と考える人も多いだろう。
オーバーテイク:追い抜き