マクラーレンのランド・ノリスが僅か2ポイント差でタイトルを勝ち獲った2025年シーズン。本稿では、その全体像を分析的視点で見ていこう。
1. トップ4チームのペース比較
シーズンを通じたマクラーレン、レッドブル(フェルスタッペンに限定)、メルセデス、フェラーリの予選とレースペースの力関係の変遷は図1,2のようになった。


なお、予選・レースペース共に、ドライコンディションに限定し、各チームの速い方を基準とした。予選については、同一セッションにおけるクリアラップ同士、同コンパウンドでの比較、レースペースは、タイヤや燃料、ダーティエアの影響やレース展開上の文脈を加味し、定量的に算出可能なもののみを扱った。定量的な比較として不適切なものはプロットせず、有効なプロット点同士を線で繋いだ。
1.1. マクラーレン
その上でグラフを見ていくと、グラフが全体的にオレンジの破線よりも上に偏っており、やはりマクラーレンの速さが光る。レッドブルに対しても、予選で0.208秒差、レースでは0.1秒差と、年間平均でも上回った。
また競争力を欠いていたのは、モントリオール、シンガポール、アブダビぐらいのもので、それも極端なものではない。この安定感こそが今季のマクラーレンをダブルタイトルへ導いたと言えるだろう。
1.2. レッドブル
その中で、前半戦は鈴鹿やイモラに代表されるように、レースペースで僅かに劣っていても、フェルスタッペンが予選一発を決め、優勝を飾ってきた。なお、サウジアラビアでも同様の展開に持ち込み得たが、スタートでピアストリにやられてしまった。ここで逃した7ポイントは、フェルスタッペンにとっては痛かっただろう。
一方でモンツァ以降になると、予選で前を取れるケースが増え、レースペースでも互角のレースが多く、首位を守り切る展開が増えた。それでもメキシコからカタールまでは再び予選で苦戦してしまい、メキシコ、ブラジルの2戦でポイントを失った。
また、フェラーリと比較すると、レッドブルは予選パフォーマンスのばらつきが大きい。これは、タイヤをマネジメントしながら走行するレースではマシンの気難しさが出にくいのに対し、限界ギリギリでプッシュする予選でそれが顕著に出てしまうためだと思われる。
1.3. メルセデス
メルセデスは、予選ではマクラーレンから年間平均で0.218秒と善戦したが、レースペースで0.4秒落ちとなってしまった。グラフからもこの傾向は一目瞭然だ。また、カナダやシンガポール、ブラジル、ラスベガスなど、相性の良い所では非常に競争力が高いが、それ以外では苦戦という、これまたピーキーなマシンだったと言えるだろう。
1.4. フェラーリ
フェラーリは、予選ではマクラーレンから0.348秒差、レースペースで0.4秒差という厳しいシーズンになった。予選パフォーマンスは、レッドブルやメルセデスと比べると、グラフのアップダウンが少なく安定していたことがわかり、レースペースでもやや安定傾向ではあるが、いかんせん絶対的なペースが欠けていたという所だろう。
速い段階で開発をストップし、来年のマシンに注力していたとの情報もあり、新時代のスタートダッシュに期待したいところだ。
2. 上位勢のチームメイト比較
ここからは、チームメイト同士の比較を見てみよう。
2.1. ノリスvsピアストリ
表1 予選ペース比較

表2 レースペース比較

前半戦の予選では、シーソーゲームに見えて、ノリスが負ける時の方が差が大きく、ややピアストリ優勢であった。逆に後半戦ではピアストリが不調に見舞われた時期があり、シーズンを通じて見れば、両者ともほぼ同じように力を出し切ったシーズンだったと言えるだろう。
アブダビGPレビューで触れた通り、ノリスはF1での2年目でサインツのペースを上回っている。その時は予選で年間平均0.05秒、レースペースで0.1秒差をつけており、今年のピアストリとのそれとほぼ同じものだ。2年目から現在に至るまでノリスが成長していないとは考えられず、おそらくはそのサインツに少し大きな差をつけたルクレールと互角前後の力を有している、と考えるのが自然ではないだろうか。よってピアストリも並行移動させれば、サインツよりも少し上、というのが現時点でのスピード面の評価として妥当だろう。
また、二人の「強さ」も過小評価してはならない。
ノリスは、開幕戦で難しいコンディションの中、フェルスタッペンからのプレッシャーを跳ね除けて優勝。イモラでも、ラッセルやピアストリに対して豪快なオーバーテイクを決めた。そしてオーストリアではピアストリとの激闘を制した。最終戦アブダビではクリーンなレースで3位表彰台を獲得したが、1990年以降の14回の最終戦でのタイトル決定戦にて、ポイントリーダーがクリーンなレースを展開できたケースは半分の7回。特に、タイトル未経験のドライバーがそれを成し遂げたのは、2021年のフェルスタッペンぐらいのもので、そのことから、今回ノリスがやり遂げたことが、如何に凄いことかがわかるだろう。
サウジアラビアの予選や、カナダでの同士討ちはあるが、年に2回のミスなら上出来だ。ラスベガスのターン1では後ろを意識しすぎてオーバーシュートしたが、これは昨年からフェルスタッペンに散々インを取られてきた反省からのブロックラインが背景にある。つまり課題であったスタートについての成長の兆しとも取れる。
未だに精神面での弱さを指摘する声も少数見受けられるが、自分の弱さを真摯に見つめて、それが悪い形ではなく、繊細さや創造性、思慮深さなどの良い形で出るように、努力を積み重ねるのは、間違いなく「強さ」だ。フェルスタッペンにはフェルスタッペンの強さ、アロンソにはアロンソの強さがあるのと同じように、ノリスにはノリスの強さのあり方があって良い。
一方ピアストリも、アゼルバイジャンでは乱調となってしまったが、他では強さを見せた。サウジアラビアでの対フェルスタッペン、オーストリアのターン4でのノリスへの仕掛け、スパでのスタート直後のオールージュでのギリギリのコントロール、ハンガリーでのノリスに対するブレーキング、いずれもかなりのリスクを負った走りだ。普段は手堅くレースを進め、攻めるべき場面では豹変する。これはピアストリの魅力であり、今後タイトルを狙う上で強みになり得るだろう。
2.2. フェルスタッペンvs角田
表3 予選ペース比較

表4 レースペース比較

序盤2戦のみとなったローソンについては、表は割愛するが、予選では0.9秒、レースペースは1.1秒落ちという惨憺たるものだった。
フェルスタッペンはここ数年、ペレスに対して0.3~0.4秒程度の差をつけてきた。だが今年は角田に予選で0.5秒、レースペースでは0.8秒と非常に大きな差をつけ、これが彼の今年の活躍が驚異的とされる一因だ。ちなみに、フェルスタッペンはアロンソと並んで、今年予選で一度もチームメイトに負けなかったドライバーとなった。
レッドブルのマシンが扱いづらいものであることは確かだが、例えばフェルスタッペンがレーシング・ブルズに移籍したとしてハジャーに明確な差をつけないとは考えづらい。0.3~0.4秒の差はつけてくるだろう。そして今年のレッドブルとレーシング・ブルズの予選での平均タイム差は0.4秒だ。よって、フェルスタッペンはレーシング・ブルズに乗っていても、ほぼ変わらない戦績を収めていたのではないか?とさえ思わせるのだ。
そしてフェルスタッペンと言えば「強さ」だ。
マシン性能で劣る中、開幕戦でノリスを追い詰め、中国ではルクレールに対して技アリのオーバーテイク、鈴鹿の予選では、ラップの最後に待ち構えるシケインで攻めきり、守りに入ったノリスを大逆転してポールを奪取。明らかに速いマクラーレン2台を53周抑えきり、勝利へと繋げた。そしてイモラでは、タンブレロ1つ目でピアストリに対してアウトから被せ、2つ目でインを奪って抜き去り、優勝した。そしてモンツァ以降マシンが競争力を取り戻してからは、実際のペース差はマクラーレン勢と僅差でも、勝負どころを締めて、連戦連勝を果たした。またインテルラゴスでは、ピットレーンから3位表彰台を獲得した。このレースは、後方からガンガンに抜いてこられるフェルスタッペンと、隊列を抜け出せない角田の対比が残酷なまでに映し出されたレースだったとも言えるだろう。
ただし、そんなフェルスタッペンにも脆さが垣間見えたシーズンでもあった。
スペインGPではラッセルに突っ込み、イギリスGPではSC明けにスピンを喫した。前者で9ポイント、後者で5ポイントほどロスしており、ここ2年ほとんど完璧なレースを繰り広げてきたことを考えれば、マシンが悪く、フラストレーションの溜まる中で、彼もまた人間であることが垣間見えた1年だったと言える。
おそらくだが、スペインGP、イギリスGPの時点で、フェルスタッペンは今年のタイトル獲得の可能性はないと考えていたのではないだろうか?地に足のついた人間ほど陥りやすい、「数字上はありえても現実的に起きそうもないことに臨場感を持ちにくい」という状態だったと、筆者は推測している。おそらくタイトルが掛かっているという認識がある状況で、あの2つのミスをするマックス・フェルスタッペンではない。「不可能なこと以外は目標にしない」という筆者とは大違いで好感が持てるが、今年タイトルを失った経験は「あり得ないことは存在しない」という新たなメンタリティを、王者の脳にインストールしただろう。来年以降はさらに強いフェルスタッペンが見られるはずだ。
一方、来年からリザーブとしての残留が決まった角田だが、予選については、フェルスタッペンの0.2~3秒落ちで走れたことも何度かあった。だが、大差をつけられることも多く、レースペースでは特に差がついた。この傾向は、対ガスリーのそれと変わらない。ガスリーと互角で走れることがあっても、負ける時に大差がついてしまうことがあった。フェルスタッペン曰く「偉大なドライバーと良いドライバーの差は一貫性」。来季はコックピットに座らないことで見えてくる、学べることが多くあるだろう。そうしたチャンスをモノにし、天性のスピードをF1での競争力に繋げてもらいたいところだ。
2.3. ラッセルvsアントネッリ
表5 予選ペース比較

表6 レースペース比較

ラッセルはアントネッリを明確に上回った。アントネッリも角田と同じく、いくつかのレースで光るものを見せたが、いくつかのレースではペースを発揮できなかった。アントネッリはルーキーであるため、今年は学びの1年だが、来年は2年目。前述の通りノリスがサインツを上回ったタイミングであり、フェルスタッペンは初優勝、ルクレールがベッテルを凌駕したタイミングだ。アントネッリも来年には本領発揮と行きたいところだ。
ちなみに、ハミルトンは2022,23年の2年間で、ラッセルに対して予選で互角、レースペースで0.2秒上回っていた。総合的には0.1秒と考えて良いだろう。よって、ハミルトンの後継者が欲しいメルセデスとしては、アントネッリに「ラッセルの0.1秒上」を求めていると考えられる。アントネッリがその期待に答えられるか、非常に楽しみな今後の数年になるだろう。
2.4. ルクレールvsハミルトン
表7 予選ペース比較

表8 レースペース比較

予選、レース共に、0.2秒の差がついた。サインツがフェラーリ移籍初年度でルクレールに対して予選で互角、レースペースで0.1秒落ちまで持って行ったことを鑑みれば、これは物足りなく映るかもしれない。
とはいえ、そもそもルクレールは史上最速クラスのドライバーと考えられ、サインツもそれに迫る実力者だ。ルクレールはF1での2年目にしてフェラーリ移籍初年度に、ベッテルを予選で完全に上回り、レースペースでも互角に持ち込んだ。そしてサインツもトロロッソ時代にフェルスタッペンと組み、予選ではやや優勢、レースペースではやや劣勢ながらも、総合的には非常に接近していた。フェルスタッペン相手にあそこまで接近したのは、リカルドぐらいのものだ。
と考えると、ハミルトンがルクレールに届かなくても、そこまで異常事態として悲観することはないと言えるだろう。とはいえ、本来のハミルトンの力であれば、特にレースペースはもう少し接近できるはずだ。来季マシンは各々一から学ぶことが多いと考えられるので、ここでの奮起に期待したい。
3. 次回予告
中団以降については、この後『2025年シーズンレビュー(2)』にてお送りする。
Takumi, ピトゥナ