決勝の鍵:ノリスの「戦略スイッチ」が勝負を分ける
レースの勝敗を分けたのは、マクラーレンのランド・ノリスがレース序盤に下した戦略変更であった。
スタートで5番手まで順位を落としたノリスは、メルセデスのラッセルとアストンマーティンのアロンソに行く手を阻まれた。アロンソはすんなり交わしたノリスだったが、ラッセルの後で引っかかった所からは、当初のプランから切り替え、タイヤを温存して第1スティントを長く走る1ストップ戦略を選択した。
これは、チームメイトのピアストリやフェラーリのルクレール、ラッセルらが早めにピットインして2ストップ戦略へ向かったのとは対照的な判断であった。
結果的に、シミュレーション上では僅差で2ストップが最速とされていたものの、オーバーテイクが困難なハンガロリンクの特性上、「コース上での順位(トラックポジション)」を維持し、タイヤをマネジメントする1ストップ戦略が、ハイペースを刻み続けなければならない2ストップ戦略を上回った。
主要チーム/ドライバー別・戦略レビュー
マクラーレン:戦略分岐の末、1ストップが勝ち筋に
- ノリス(1位):
第1スティントを延長し、ミディアムからハードタイヤへ交換する1ストップ戦略を敢行。終盤はピアストリより14周古い(デグラデーションを0.06[s/lap]とすると、0.8秒相当の不利)ハードタイヤで守勢に回ったが、DRS圏内で猛追するピアストリを抑えきり、見事な勝利を飾った。ターン1で無駄なブロックラインを取らなかった点も素晴らしかった。ブロックラインを取ると、立ち上がりが厳しくなり、ターン2で仕掛けられることになるからだ。 - ピアストリ(2位):
2ストップ戦略で、終盤はフレッシュタイヤを活かしノリスに肉薄。しかし、ハンガロリンクのコース特性に阻まれ、オーバーテイクには至らなかった。下記の図1に示す通り、最終スティントでのピアストリのノリスに対するペースアドバンテージは0.6秒程度で、このトラックでオーバーテイクを実行するには、少し足りなかった。
デグラデーションを0.06[s/lap]とすれば、あと7周引っ張ることができれば、ペース差が1.0秒となり、オーバーテイクのチャンスは広がったはずだ。この場合ピットアウト時のノリスとの差も4秒ほど大きく、アウトラップの53周目終わりには16秒程度になっていたはずだ。ここから1周1.0秒のペース差で追い上げると、69周目、一応レースが終わるまでに追いつける計算になる。したがって、7周は極端としても、ピアストリ自身がピットストップ前に無線で意見したように、あと数周遅らせて、より大きなタイヤのオフセットを生み出して逆転に挑むのが最善だったと考えられる。
とはいえ、69周目のターン1での仕掛けは非常にリスキーで、これまで見えづらかったピアストリのキャラクターがハッキリと確認できた。オーストリアのターン4での仕掛け、スパでのスタート直後のオールージュでのギリギリのコントロールなど、チャンピオンシップを戦うノリスが相手ならば、過剰とも思えるほどにリスクを取りに行くのだ。そのいずれも、少し運が悪ければクラッシュに繋がっていてもおかしくなかった。普段は手堅い走りに徹しつつも、勝負どころでは徹底的に攻める。このメリハリの効いた戦い方は、チャンピオンの獲り方を知る者の作法だ。

フェラーリ:ペース低下とペナルティで表彰台を逸す
- ルクレール(4位):2ストップ戦略で先行を狙ったが、最終スティントでペースが急落。ラッセルの猛追を受け、残り8周で3位の座を明け渡し、表彰台を逃した。さらに、ディフェンス時の「ブレーキング中の進路変更」で5秒ペナルティを受けてしまった。レース後、40周目付近からシャシー由来の問題があったことが明らかになった。
メルセデス:攻守二本立ての戦略が奏功
- ラッセル(3位):2ストップ戦略を選択。終盤にルクレールを際どいながらもクリーンなバトルで抜き去り、3位表彰台を獲得した。
- アントネッリ(10位):1ストップ戦略で、ハードタイヤで48周という驚異的なロングランをこなし、貴重な1ポイントを獲得。卓越したタイヤマネジメント能力が光った一方で、ルーキーに見られる「タイヤを使いきれない傾向」の裏返しでもあり、マシンとタイヤへの理解という課題が垣間見えた。
アストンマーティン:巧みなペースコントロールで1ストップを完遂
- アロンソ(5位):
序盤に後続を抑え込む巧みなペースコントロールで「DRSトレイン」を形成。十分にタイヤを労った後、一気にペースを上げ、ボルトレート以下を突き放した。ここでのペースはボルトレートを0.2秒、ストロールを0.4秒上回っており、レースを決定づけて、1ストップ戦略を成功させて5位入賞を果たした。ストロールも7位に入り、チームとして大きな結果を残した。

レッドブル:トラフィックに阻まれるも、真の問題は純粋なペース不足
- フェルスタッペン(9位):
8番手スタートからアロンソが作った車列にはまり、思うように順位を上げられない中で、2ストップ戦略で状況を打破しようと試みたが、トラフィックに苦戦。終盤はレーシング・ブルズのローソンを抜くことさえできなかった。週末を通じて「アンダーステアからオーバーステアへ急に挙動が変わる」というマシン側の問題も抱えており、休暇明けの課題となった。
マルコは「1ストップを採用していれば5位か6位になれた」と語ったが、その場合、アロンソとのペース差は1周あたり1.3秒程度となっており(図3)、57周目には追いつかれ、順位を守り切るのは難しかったと思われる。ボルトレート、ストロール、ローソンもフェルスタッペンより1.0秒ほど速かったと思われ、結局は同じ結果になっていたと考えられる。足りないのは純粋な車のパフォーマンスだ。

サウバー:新人ボルトレートが今季ベストの快走
- ボルトレート(6位):
新人らしからぬ見事な走りで6位入賞。中団の混戦の中で優れたタイヤマネジメントを見せ、トップチームの一部が苦戦に喘ぐ中、チャンスをもぎ獲った。
また、師匠であるアロンソは、スティント前半にペースを落として後方のドライバーを押さえながらタイヤを労わり、途中から一気にペースを上げて突き放す戦術を得意とするが、ボルトレートはそれを百も承知したかのようなレースを見せた。16周目からアロンソが飛ばし始めてからも、しばらくはクリアエアでタイヤマネジメントに徹し、アロンソのデグラデーションが進み始めてからジワジワと差を詰めていくアプローチを採ったのだ(図2)。
これにより、第1スティント中盤に8秒以上に開いた差を、ピットストップ前には6秒以下に縮め、アロンソを先にピットに追いやることに成功した(アロンソ陣営としてはピットストップで手間取ればアンダーカットされるため)。これにより、もし40周目にSC・VSCが出ていれば5位を獲得できるチャンスを作った。
戦略のポイント:なぜ1ストップが勝てたのか
- トラックポジションの優位性
タイヤの熱劣化が大きいハンガリーでは、理論上2ストップが最速と見られていた。しかし、**「オーバーテイクが極めて難しいサーキット」**という特性が理想と現実のデルタを生んだ。一度前に出れば、タイヤの性能差があっても順位を守りやすい。1回少ないピットストップでコース上に留まり続ける1ストップ戦略の価値が最大限に発揮された典型例である。 - ロングスティントにおけるタイヤマネジメントの重要性
ミディアムタイヤでは、アロンソが39周、ボルトレートが40周、ハードタイヤでは、ノリスが39周、アントネッリが48周というロングスティントを走った。これは、1ストップ戦略を成立させるための絶対条件であった。ドライバーとチームが一体となった卓越したタイヤマネジメント能力が、そのまま勝敗に直結したレースと言える。
次戦の展望
次戦は、昨年ノリスが優勝を飾ったオランダGP。マクラーレンがザントフールトで勝利を再現できるかに注目が集まる。
昨年は1ストップが主流であったが、今年はタイヤが一段階ソフトなC2, C3, C4に変更され、2ストップレースが見られる可能性がある。また、ピットレーン速度が60[km/h]から80[km/h]に引き上げられるため、一層2ストップ戦略のインセンティブが強力になる。
1コーナー「タルザン」から急なバンクを有するターン3までのリズミカルな流れ、そして超高速のターン7,8など、非常にチャレンジングなドライバーズサーキットと言えるだろう。バンクのついた最終コーナーからターン1にかけて、オーバーテイクも可能だ。
マシンとドライバーの限界が試される伝統的なトラックで、どんなバトルが繰り広げられるのか、楽しみはサマーブレイクの間も尽きそうにない。
インタラクティブグラフ
自分でさらにデータを深掘りしたいという方には、こちらのグラフを使っていただければ幸いだ。
各車のペースグラフとギャップグラフをインタラクティブな形にしており、ボタン操作で見たいドライバーだけを表示できる。ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶしてあるため、レース文脈も把握しやすい。右上のボタンでダウンロードやズームなども可能だ。
ぜひ、ご活用いただきたい。
Lap Times
Gap to Leader
注意点:
ラップタイムグラフにおいて、ダーティエアのラップ(前方2秒以内に他車がいる)は各データ点を白抜き、クリアエアのラップは塗りつぶした。
Takumi, ChatGPT, Gemini
