2023年F1世界選手権ヨーロッパラウンドは、フェルスタッペン&レッドブルの完全支配にて幕を閉じ、ここからはフライアウェイのレースが続く。その第1ラウンドとなるのが、ここシンガポールだ。
レースは白熱する4台の優勝争いをサインツが制し、フェルスタッペンとレッドブルの連勝記録もストップした。そんな今回のレースも、背景には非常に興味深い要素があった。この記事では、データを交えて白熱のレースを振り返っていこう。
1. DRSを使ったサインツのディフェンス戦術
1.1 レース終盤の展開
今回のレースを面白くしたのは、なんと言っても44周目に入ったVSC時に、メルセデス勢がピットストップを行いミディアムタイヤに履き替えたことだろう。これにより20周目にハードタイヤに履き替えたサインツ、ノリス、ルクレールよりも24周分新しいミディアムタイヤで猛烈に追い上げる戦略が可能となった。
シンガポールは非常に抜きにくいサーキットであり、1周あたり1.5秒速くないと抜けないとすら言われる。しかし1周あたりのタイヤのデグラデーションを0.06[s/lap]とすると、24周分のタイヤの差は1.4秒に相当する。さらに短いスティントを柔らかいミディアムで走るとなれば、その優位性はさらに増す。メルセデスの判断は、同じタイヤで後ろから追いかけているだけでは決して生まれてこないチャンスを自ら切り拓きに行く勝負師のそれだった。
図1にサインツ、ノリス、ハミルトン、ラッセルのレースペースを示す。
一度はサインツの18秒後方に下がったラッセルだったが、サインツよりも1.5秒ほど速いラップを刻み、53周目にはルクレールをあっさりオーバーテイク。これだけのタイヤの差があれば抜けることが、この時点で明白になった。そして58周目にはサインツ、ノリスのバトルに完全に追いついた。
1.2 DRSギフト戦術のコンセプト
となればサインツが勝つには2通りしかない。
・速いラップタイムを並べて逃げ切る
・ノリスにDRSを使わせて守り切る
サインツが前者が可能なほどのペースを持っていなかったことは明らかだった。よってサインツは後者を選択したわけだが、ここでは後者の戦術がなぜ有効かを解説しよう。
まず、近年のF1においてオーバーテイクは3種類ある。
(1)前方のドライバーがDRSなし、後方のドライバーがDRSあり
(2)両者ともDRSなし
(3)両者ともDRSあり
(1)が最も抜きやすいのは明白だろう。そして(2)と(3)は格段に難易度が上がる。しかし(2)と(3)では(3)の方が抜きにくい。それはDRSを使用することで空気抵抗が減り、スリップストリームの効果が弱まるからだ。
今回の場合、ラッセルがノリスを抜く際に、ノリスがサインツの1秒以内でDRSを使用していると、(3)の状況となり、ただでさえ抜けないシンガポールのサーキットが、輪をかけて抜きにくいサーキットへと変貌する。
しかしノリスがサインツの1秒圏内から出て、DRSを失ってしまえば、ラッセルのタイヤなら一発で仕留められたはずだ。すると、次なるターゲットも単独走行のサインツ。これも(1)のパターンで楽に抜き去り、優勝を飾っていただろう。
よってこれを防ぐために、サインツは何がなんでもノリスを自身のDRS圏内に留めようと踏ん張った。
1.3 サインツの強固なる意志
当然ラッセルも状況を認識していた。この状況を崩すためには、ノリスとバトルをすることでノリスのタイムを落とし、サインツとの間隔を1秒以上にする戦い方が有効だ。
実際、59周目には、ターン14~16にかけてサイドバイサイドのバトルになり、これによってサインツとノリスの間隔は1.6秒となる。しかしサインツは露骨にアクセルを緩め、0.7秒落とすことで、翌周のDRS検知ポイント手前でノリスとの差を0.9秒とすることに成功。ここに何が何でもノリスにDRSを使わせ続けるという強固な意志を感じることができる。
図2はサインツ自身の59周目と60周目のテレメトリデータの比較である。上段がスピード、下段が59周目を基準とした場合の60周目とのタイム差、赤は59周目、白が60周目である。
スピードの段に着目すると、60周目(白)のサインツはターン2で目に見えて減速している。ここからターン5までに、自身の前周より0.6~0.7秒遅く走っていることが、タイム差の段で明らかになっている。
この辺りからも、サインツの迷いの無さが伺え、この初志貫徹ぶりは見る側からしても爽快だ。
2. 優れたタイヤマネジメントあってこそ
ここ3年の傾向として、サインツは予選ではルクレールに肉薄するものの、レースではルクレールの方がペースが良い傾向があった。しかし今回のサインツは両スティントでしっかりタイヤをマネジメントし、メルセデス勢が2ストップに切り替えた瞬間に猛然とスパートできる状態に整えておいた。
前述の通り、ノリスにDRSを与える戦術は賢く、実行面でも完璧だったが、それもこれもタイヤがボロボロでは出来なかっただろう。この辺りでも今回のサインツの仕事ぶりは、まさに100点満点の出来だったと断言して良いはずだ。
また、フェラーリのレースオペレーションも今回はかなり良く、バスール体制が機能し始めたその片鱗だとしたら、今後のレース、そして来季以降が非常に楽しみだ。得手不得手はあるものの、後半戦は意外とフェラーリがレッドブルへのチャレンジャーとなるシーンが増えてくるかもしれない。
いずれにせよ、今回のレースは、サインツが心技体を究極のレベルで駆使しており、世界最高峰のモータースポーツに相応しいレースだった。こんなレースを見せられると我々ファンは感動と興奮と主に「F1ファンで良かった」と思えるものだ。残り7戦で再びこんなレースを見られることに期待を寄せつつ末筆としよう。
Writer: Takumi