• 2025/7/15 16:06

スケーリング則から紐解くフェルスタッペンとシューマッハの共通点

Bytakumi

6月 19, 2025

 かつてF1に君臨した「皇帝」ミハエル・シューマッハ。そして現在、圧倒的な強さでF1を支配するマックス・フェルスタッペン。時代もマシンも異なるが、共通点はその尋常ではない速さも強さだ。そしてそれらの源泉は、単なる天賦の才だけで説明できるものではないのではないだろうか。

 当サイトでは予選やレースにおけるペース比較を、路面コンディションやタイヤ・燃料などの文脈も踏まえて分析しており、彼らのプロフィールページをご覧になっていただければ、その尋常ではない速さを俯瞰できる。

参考:
ミハエル・シューマッハ
マックス・フェルスタッペン

 ここで筆者は、フェルスタッペンのiRacing(シミュレーター)やGT3マシン(実車)のテストへの打ち込み具合と、AIの「スケーリング則」にヒントを得て、彼らの圧倒的な速さと強さの背景には「圧倒的な学習データ」の積み重ねがあるのではないか、と考えた。

 「スケーリング則」は、現代のAI(人工知能)開発において重要な法則の一つだ。AIの性能は、投入される計算資源やパラメータ数、そして「学習データの量と質」に比例して向上する。データは膨大であるほど、モデルの性能が上がる。そして多様であるほど、未知の状況に対応する「汎化性能」が高まる。現在のGPTやoシリーズ、Geminiなどは、膨大かつ多様なテキストデータを学習データとすることで、博士レベルの推論能力を獲得しているのだ。

 本稿では、シューマッハとフェルスタッペンが、それぞれの時代において、いかにしてライバルを凌駕する「学習データ」を獲得し、自らを最強の存在へと進化させていったのかを詳細に分析する。


ミハエル・シューマッハ:物理的な「学習データ量」の圧倒的スケール

 シューマッハの強さは、AIでいうところの「スケーリング則」を物理世界で体現した結果と言える。彼のキャリアは、ライバルを圧倒する「走行量」によって支えられていた。

デビュー前:データの「多様性」の獲得

 一般的なトップドライバーがカートからフォーミュラ・フォード、F3へとステップアップする王道を歩む中、シューマッハはメルセデスのジュニアチームの一員として、F1デビュー前に大きく異なるカテゴリーを経験した。

  • 世界スポーツプロトタイプカー選手権 (WSPC) への参戦:
    シューマッハは1990年と1991年に、フォーミュラカーと並行してWSPCに参戦した。これは、ザウバー・メルセデス C11やC291といった、F1とは全く異なる特性を持つクローズドボディのプロトタイプカーをドライブする経験である。
     
  • 多様なデータの獲得:
    • マシン特性: F1より重く、ダウンフォースの効き方も違うマシンを操ることで、車両力学への深い理解を得た。
    • レース形式: 長時間の耐久レースを経験することで、タイヤや燃料のマネジメント、コンディション変化への緻密な対応、夜間走行など、F1のスプリントレースだけでは得られないスキルを習得した。
    • チームワーク: 複数のドライバーで1台のマシンをシェアするため、他人のフィードバックを理解し、妥協点を見つけながらセッティングを進める能力が磨かれた。

 この「異種データ」による学習が、彼のキャリア初期に見られた驚異的な順応性、特に雨や荒れたレース展開(1996年スペインGPの初優勝など)での異常な強さの礎となった、と考えられる。ライバルのミカ・ハッキネンなどがフォーミュラカー一本でキャリアを積んでいたのとは対照的に、シューマッハはデビュー時点で既に「多様なデータセット」を持つアドバンテージを築いていたのだ。

キャリア中:テストという名の「無限学習」

 シューマッハの黄金期は、F1におけるテストがほぼ無制限だった時代と重なる。特にフェラーリ移籍後は、その環境を最大限に活用した。

  • フェラーリのテスト環境:
    フェラーリは自前のテストサーキット(フィオラノ、ムジェロ)を所有しており、シューマッハは文字通り「走り放題」であった。グランプリの翌週には、すぐにサーキットで改善点をテストする、というサイクルを繰り返すことができた。
     
  • 圧倒的な走行距離:
    彼の個人としての年間テスト走行距離は、ピーク時においておよそ20,000kmから30,000km前後に達した。これはレース約100戦分に相当し、ライバルチームのトップドライバーたちに決定的な差をつけた。これはまさに「学習データの量」におけるスケーリング則の実践だ。
     
  • 質の高いデータ:
    当時はブリヂストンとミシュランによるタイヤ戦争の時代であった。シューマッハはブリヂストンの事実上の「エース開発ドライバー」として、膨大な種類のタイヤをテストした。これにより、タイヤの挙動に関する誰よりも深い知見と体感的理解を得て、レース戦略に活かすことができたと考えられる。

マックス・フェルスタッペン:現代における「学習データ」の再定義

 さて、現代においては、F1はコスト削減のためにテストが厳しく制限されている。シューマッハのように物理的な走行距離で差をつけることは不可能だ。そこで彼は、現代のテクノロジーと自身の情熱を活かし、「学習データの量と質」を別の形で確保していると思われる。

デビュー前からF1初期:超高効率な学習

  • F1での早期学習開始:
    彼はF3をわずか1年経験しただけで、17歳という若さでF1デビューを果たした。これは一見、F1デビュー時点での下位カテゴリーにおける「学習データ量」がライバルより少ないことを意味する。しかし、その見方は一面的である。
    彼の同世代のライバルたちがF2(旧GP2)などで数年間経験を積んでいる間、フェルスタッペンはモータースポーツの最高峰であるF1の現場で、より質・量ともに優れた学習データを蓄積するという、計り知れないアドバンテージを得ていた。F1は下位カテゴリーに比べ、年間の総走行距離が長く、レースをするトラックの数も多い(下位カテゴリでは統一トラックで数ラウンド行うことが多い)。さらに、最新鋭のツールを手にし、世界最高峰のドライバーたちを相手に、トップクラスのエンジニアやストラテジストと共に戦うことで得られる経験の質は比較にならない。つまり、同世代の誰よりも早く、最高レベルの環境で「学習」を開始できたのだ。AI的に言えば「高質データでスケール」と形容できるだろう。
     
  • レギュレーション変更による多様なデータ獲得:
    F1キャリア初期に、F1の大きなレギュレーション変更を経験している。最初の2年間は低ダウンフォースのレギュレーションであったが、2017年以降は「ワイド&ロー」のハイダウンフォースマシンへと変わったのだ。これは2017年以降にデビューしたルクレールやラッセル、ノリスらが経験できなかったことだ。これもデータセットの多様性に貢献していると思われる。

キャリア中:仮想と現実を往復するハイブリッドな学習モデル

 テスト制限という制約の中で、フェルスタッペンは「F1公式セッション以外」の時間を使って、ライバルとは異なる形で学習データを蓄積している。

  • シミュレーター(iRacing)での圧倒的な活動量:
    多くのドライバーが余暇をレース以外の趣味に費やす中、フェルスタッペンは2015年からプロのシムレーシングチーム「Team Redline」に所属し、iRacingで世界トップクラスのシムレーサーと日常的に競い合っている。
     
  • データの多様性と量:
    • 多様な車種・コース: F1マシンだけでなく、GTカー、LMP(ル・マンプロトタイプ)など、多種多様なマシンで、F1では走らないニュルブルクリンク北コースのような難関サーキットを走り込んでいる。これは、シューマッハがWSPCで得たような「異種データ」の学習を、仮想空間で、より大量に、かつ手軽に行っていると言える。
    • 膨大な練習量: F1レースウィークの夜にシムの耐久レースに参加するなど、その活動量は他のドライバーの比ではない。これは物理的な制約を超えて「走行時間」という学習量を確保する現代的な手法である。
    • 精神的な訓練: 高度な集中力、僅差のバトルでの駆け引き、長時間のレースを戦い抜く忍耐力など、ドライビングの根幹に関わるスキルを常に研ぎ澄ましている。
       
  • F1以外の実車テスト:
    ご指摘の通り、彼はオフの時間に個人的にGT3マシンをテストするなど、現実世界でも「異種データ」の収集は進み続ける。異なるマシンの挙動を肌で感じることは、F1マシンの限界挙動を理解する上でも大きな助けとなるだろう。

 ライバルたちもファクトリーのシミュレーターは活用するが、フェルスタッペンのようにプライベートな時間まで費やして、多様なカテゴリーで、かつトップレベルで競い合うほどの熱量を持つドライバーは稀である。これは、「公式の学習データが均質化された時代」において、いかにして個人的に差をつけるかという問いに対する、彼の答えなのである。


結論:時代は違えど、本質は同じ

 ミハエル・シューマッハとマックス・フェルスタッペン。2人のアプローチは、それぞれの時代の技術とルールを反映しており、一見すると全く異なる。

  • シューマッハは、物理的な走行距離という「圧倒的なデータ量」でライバルを凌駕し、スケーリング則を地で行く強さを築いた。
  • フェルスタッペンは、物理的な制約を乗り越えるため、シミュレーターと現実世界を組み合わせた「多様かつ膨大なデータ」を収集し、現代的な手法で汎化性能を高めている。

しかし、その根底にある本質は共通している。それは、AIのスケーリング則と同じ、すなわち「とにかく走れ」の法則だ。そして、現状に満足せず、ライバルが見ていない領域で、貪欲に学習の機会を求め続ける姿勢がそれを可能にしている点も見逃せない。

 才能に加え、同時代の誰よりも多くの「学習」を積み重ね、自らの脳をドライビングに特化した究極の神経回路網(ニューラルネットワーク)へと再構築すること。それこそが、2人が時代を支配する王者たりえる最大の理由と言えるだろう。

Takumi, Gemini, ChatGPT