今年から春開催となった日本GP。ちょうど桜が満開となるタイミングにも恵まれ、週末は大盛況となった。レースは今回もフェルスタッペンの独走となったが、至る所に掘り下げ甲斐のあるバトルが見られた。
今回はアロンソ、ピアストリ、ラッセルによる6位争いと、角田の10位入賞の2点について、より深く探求してみよう。
1. “One of the Best Races, Best Weekend”
チームメイトのストロールがQ1で敗退する中、予選で5番手を獲得し、レースではピアストリやハミルトンを抑えて6位フィニッシュを達成したアロンソ。レース後には「ベストレース、ベストな週末の一つ(キャリアで5本の指に入る出来)だった。」と語り、週末全体を完璧にやって退けたことに満足した様子が見られた。
今回はレース終盤のバトルにフォーカスしてみよう。アロンソは第2スティントでミディアムタイヤを履き、ハードタイヤのピアストリを引き離すことができたが、第3スティントで両者ハードタイヤを履くとやや劣勢となった。
しかしここで真の脅威となったのはラッセルだった。三者のレースペースを図1に示す。
第3スティントのラッセルは、アロンソよりも4周、ピアストリよりも5周新しいミディアムタイヤを履き、0.5秒以上のペース差で追い上げてきていたことが分かる。これだけのペース差があると、ラッセルとしてはピアストリさえ抜けば、アロンソを仕留めるのは簡単だったはずだ。
これを察知したアロンソは、ピアストリにDRSを使用させて、ラッセルにとってピアストリを攻略しにくい状況を作り上げた。図2にアロンソの走行データを示す。
ラッセルが追いつく2周前の46周目を基準に48,49周目のデータを見ると、S字で差を広げ、バックストレートまでその差をキープしたら、コース終盤の130R付近で顕著に減速していることが分かる。
これによって、130R出口にあるDRS検知ポイントでピアストリが1秒以内に入れるように調整し、ラッセルを苦しめた。さらに言えば、S字からスプーンまでで間隔を広げておくことで、ピアストリのダーティエアを軽減してやり、逆バンク、ヘアピンやシケインでラッセルが仕掛けるチャンスも最小化できていたと思われる。
当該ラップのギャップを見ると、バックストレートで1.0~1.2秒程度の差があっても、130Rを通過すると綺麗に0.8~0.9秒程度の差になっており、戦術の上手さだけでなく、その遂行において精密機械のようなパフォーマンスを発揮していた。
また、スロットルやブレーキの操作を見ると、(前戦のような)奇妙な操作は一切なく、ERSの(電気エネルギーの)コントロールのみで速度を調整していたと考えられる。この辺りも、口では「(前戦でのペナルティについて)一回限りのものだった」と言いつつも、念には念を入れてスチュワードに指摘する余地を与えておらず、非常に賢いと言えるだろう。
そして、図1を見ると、ラッセルが最終ラップのターン1でピアストリを抜いた後、アロンソが猛然とスパートしたことも分かる。図3に先ほど基準にした46周目と最終ラップの走行データを示す。
最終ラップではストレート、コーナーどこを取っても速く、いかにピアストリとの差をコントロールしながらバッテリーを充電し、タイヤを労っていたかが見て取れる。
最終ラップのS字に入っていく際のラッセルとの差は1.1秒であり、図1を見ると、アロンソがそれまでと同じペースで走れば、シケインで飛び込まれる可能性があった。しかし、アロンソがこの力を貯めていたことで、それが不可能となった形だ。
これだけの卓越したレースクラフトを行い、純粋なペース面でも、予選でストロールに0.770秒、レースペースでも0.5秒と明確な差をつければ、「ベストな週末」という説明も大いに頷ける。
参考:日本GPレースペース分析
2. “ソリッドな”仕事は母国GP入賞へ
2.1. 序盤の展開
今回スタンドだけでなく世界を沸かせた主役の一人は、間違いなく母国凱旋の角田だろう。
予選ではリカルドを0.055秒上回りQ3に進出。そしてレースでは1度目のスタートでは出遅れたものの、2度目のスタートで大きく取り返し、9番手で第1スティントを進めた。
1度目のストップでボッタスにアンダーカットを許すも、第2スティントではミディアムタイヤで引っ張る戦略を採ったマグヌッセンが、その後ろにサージェント、ボッタス、角田、ストロールと連なるトレインを形成した。
2.2. 22周目の大逆転
そしてこの集団は、なんと22周目に同時にピットへ。この作業で角田が前の3台を大逆転。集団の先頭に躍り出て、実質的な10番手の位置を確保した。筆者は観戦時点では「RBの作業の速さ」と「角田のボックスパフォーマンス」が手繰り寄せたものだと解釈した。
後者について解説を行うが、平素から当サイトのボックスパフォーマンス分析に親しまれている方は読み飛ばしていただいて問題ない。
当サイトでは、
(ピットレーン通過時間)-(静止時間)
を計算し、「ボックスパフォーマンス」として、ドライバーの停止と発進のパフォーマンスを数値化してきた。そして角田は、この分野においてハミルトンやペレスらと並び、最も安定して上位のタイムを記録し続けてきた。そのため、筆者もこれが22周目の逆転の鍵になったと感じた。
しかし、22周目のピットストップを分析すると、驚きの事実が明らかになった。以下の表1にマグヌッセンからストロールまでのピットストップの静止時間および、ボックスパフォーマンスを示す。
表1 中団勢のピットストップ分析
なんと、角田の前を走っていた3人が軒並み4~5秒台の静止時間と、大失敗していたのだ。
角田のボックスパフォーマンスも、この中では最速だが、全体では13番目と、”角田にしては” まあまあの出来だった。(かつては、一人で1-2位を独占したこともあり、殆どトップ10に入り続ける安定性も見せてきた)
したがって、今回のRBと角田は「普通のことを普通にやっただけ」であるが、それが如何に難しいことであるかは、スポーツマンに限らず、恐らく世界中の万人が日々痛感していることなのではないだろうか。周囲があたふたする中で、着実にソリッドな仕事を完遂すると、このようなプレゼントが待っている。
そして、こうしたギフトが転がり込んで来る確率を高めているのが、RBのピット作業と角田のボックスパフォーマンスの「一貫性」だ。
まず、RB(アルファタウリ)は昨年1年間のピット作業時間の平均がレッドブル、フェラーリに次いで3番目に速く、かつバラツキの少なさではフェラーリを上回っていた。以下にそのデータを示す。
各バーの上部に示した「標準偏差(Standard Deviation)」はバラツキの指標だ。例えば、年間最速を叩き出したマクラーレンはかなり安定性が犠牲になっていることが読み取れる。
その点、本家レッドブルは別格としても、RBは安定性を含めたトータルの力ではフェラーリと並ぶ2番手チームと言えるだろう。この一貫して速い作業を行えることが、今回のようなライバルの失敗を確実に突くことに繋がる。
角田自身のボックスパフォーマンスも前述の通り、全体の13番手(ピットストップ全35回中)というタイムでも「今ひとつ」と思えてしまうほどに、日頃から高次元で安定していた。それも、今回の逆転に繋がった。いくらライバルが失敗をしても、例えばボックスパフォーマンスがサージェント並みの21.25秒なら、マグヌッセンやストロールには負けていただろう。
したがって、日頃から高いレベルで仕事をしてきた人たちがこのようなチャンスを掴むのは “必然的” であったと言えるだろう。
2.3. コース上でも完璧な走り
角田のコース上での走りも素晴らしかった。逆バンクでのオーバーテイクは勿論のこと、第3スティント前半でストロールに付け入る隙を与えなかったのも勝因だ。また図5に示すように、ストロールも、2019年ハンガリーGPのハミルトンや2021年フランスGPのフェルスタッペンのように、タイヤの差を作ってピットストップ1回分の差を詰めて抜く戦略を採用したが、角田も好ペースを維持して逃げ切った。終盤にはさらにタイムアップしており、それまでのタイヤマネジメントが功を奏している形跡も伺える。
3. まとめと次戦への展望
シーズン序盤で総合力が試される鈴鹿を走ったことで、各チームの力が見えてきた。
やはりレッドブルは強く、追うフェラーリやマクラーレンは、特にレースペースの改善が必要だろう。メルセデスも遅いわけではないが、どうしてもフェラーリ、マクラーレンと比べると見劣りしてしまう。アストンマーティンも、開幕戦と比べればレースペースを改善してきているように見えるが、まだ目指すべき位置までは遠いように見える。
次戦は徹底的にフロントリミテッドのトラック”上海インターナショナルサーキット”だ。厄介な回り込むコーナーやロングストレートがあるため、空力効率の優れたレッドブル、そしてその手のコーナーで差をつけていけるフェルスタッペンが非常に強いと思われる。彼らを脅かす存在は現れるのだろうか?2週間後を大いに楽しみにしたいところだ。
Writer: Takumi