F1がマレーシアに帰ってきた。
低中高速コーナーからロングストレートまで、あらゆる要素が詰まった非常にチャレンジングなトラックであり、その暑さと路面の粗さからタイヤマネジメントにおいても非常に難しい。そんな久々のセパンでの開催となる一戦を、今回もデータを交えて振り返っていこう。
なお当サイトでは、後年振り返った際に混乱せぬよう、このグランプリをマレーシアGPとして扱う。

1. 絶対王者が週末を完全支配
今季はレッドブルのマシンの戦闘力が乏しく、勝利がなかったフェルスタッペン。しかし今回は金曜日から競争力を見せ、予選では2位のハミルトンに0.298秒差をつける圧巻のポールポジションを獲得し、決勝でもポール・トゥ・ウィンを飾った。
1.1. タイヤを持たせた最終アタック
まずは予選のラップを振り返ってみよう。

(Data: GP Tempo)
フェルスタッペンとハジャーで特に差がついたのが、ターン2からの立ち上がりだ。低速からターン3へと曲がりながらトラクションをかけていくテクニカルなコーナーで、ここでのフェルスタッペンは見事だった。ハジャーも遅かったわけではなく、アントネッリやラッセルも同程度で、唯一フェルスタッペンに比肩したのがハミルトンだった。
グラフを見ると、このターン1,2に関しては1回目のアタックの方が速い。だが、2回目のアタックの方が、最後の2つのコーナーで圧倒的な速さを示している。ターン1,2はトラクションセクションであり、おそらく2回目のアタックではここでタイヤに掛ける負荷を控えめにして、ラップの最後までタイヤを持たせる方向に、走りを微調整したのではないだろうか。長いバックストレート前のターン14の立ち上がりは非常に重要で、ターン15もコーナー滞在時間が長く、コントロールラインまでの距離もそこそこ長い。ここに向けてタイヤを余らせておくことは非常に重要で、最終アタックでそれを完璧にやり遂げたのは、「さすが王者の走り」であった。
1.2. レースを完全支配
レースではスタートで出遅れたものの、6周目でラッセルを抜き去ると、アントネッリに対しても攻勢。9周目には0.3秒差に迫った。
そしてSC後のリスタートでは、ターン1でアウトからアントネッリに並び掛け、ターン2でインを取った。
ここで「技アリ」なのは、ターン2で過度に前に出なかったことだ。ここでもう少し速度を乗せて前に行ってしまうと、アントネッリにクロスラインの選択肢を与えてしまう。そしてターン3で外側の有利なラインを与え、抜き返されてしまうリスクが高まる。だが、フェルスタッペンはターン2で速度を落として自身はインに、そして外側にアントネッリを置いたまま、ターン3に向けてアウト側を取れるラインで、より直線的に立ち上がった。これをやられると、アントネッリとしては手も足も出ない。これぞ一級品のバトルスキルだった。
その後のペースはもはや最強無敵。とはいえ、ハジャーのペースを見れば、レッドブルのマシンのおかげとは到底言えず、この10年間見続けている通り、まさに「フェルスタッペンがもぎ獲った勝利」であったと言える。
2. 20歳のチャンピオン誕生へまた一歩
今回は随所でオーバーテイクの難易度が高いシーンが見受けられた。特にレース前半はレーシングブルズ勢やオコンの集団を上位勢が抜いていけない展開が生じた。
しかし、アントネッリはラッセルを抜き去った。これには2つの要素がある。
一つ目はタイヤマネジメントだ。

ドライでの第1スティント、アントネッリは最初の数周こそ慎重に入るが、その後はペースを上げてラッセルを追う。しかしグラフの傾きに注目してほしい。スティントが進むほど、アントネッリの優位性が増している。ラッセルも28周目からペースを上げたが、その後崖を迎えてしまった。アントネッリのタイヤマネジメントの秀逸さは昨年から何度も目にしてきたが、今回も、数周の間に作ったタイヤの差で、オーバーテイクに十分なペース差を生み出したのは、見事だった。
そして何と言っても、ターン2,3での速さを活かしたバトルスキルだ。
前述の通りしっかりとマネジメントしたタイヤでラッセルに追いつき、19周目には1秒圏内に入ってオーバーテイクモードを獲得。ここで興味深かったのは、2台が接近するとターン2の立ち上がりからターン3へと繋げるラインが2台で異なっていたことだ。ラッセルがターン2の出口で外側まで膨らんで、ターン3に向けて右に曲がりながら加速していくのに対して、アントネッリはターン2出口で中央に立ち上がって、ターン3に向けて直線的に立ち上がっていた。そしてこの区間で2台のギャップが一気に縮まるのだ。このことから、アントネッリがこの区間でアドバンテージを持っていることは明白だった。
彼の頭の中にも、ここの立ち上がりで接近することで、ターン4で抜き去るシナリオがシミュレートされていたであろうことは明白だろう。そして21周目には見事にその通りの動きでオーバーテイクを完遂した。
アントネッリは非常にクリエイティブに最適なラインを見つけてくる。バルセロナでも、最終区間で外側のラインを取る独特の走りで、ラッセルに対するオーバーテイクを決めた。それが今回も炸裂した格好だ。
アントネッリは、予選・決勝を通じて、純粋なペースでラッセルに明確に差をつけた。アゼルバイジャンGPの内容が悪かっただけに、ここで妙に守りに入ってスピードを失ったり、リズムの狂った週末を送るようだと、ピアストリやウェバーの道を辿ることになると考えていただけに、ここで今まで通りのアントネッリを見せられたのは非常に大きかった。これでラッセルとは84点、スピード面で最も脅威と思われるノリスとは132点差と、タイトル獲得へ一気に視野が開けてきた。
3. いまだにベストの一人
今回のレース、もう一人のMVPはアロンソだろう。
スタートではドライタイヤを選択して後退してしまったが、セーフティカーによってレースに復帰。中団グループの最後方につけた。そしてピットストップを遅らせて、ライバルのリンドブラッドが28周目、オコンが29周目にピットへと向かう中、アロンソは31周目まで引っ張り、次のスティントで3周分のオフセットを作った。今回のデグラデーションは基本的に各車0.1秒以上あったが、リンドブラッドは0.05秒程度と小さく、アロンソの3周のオフセットは0.2秒程度のアドバンテージにしかならなかったはずだ。
実際、リンドブラッドを抜いた後の、クリアエアでのアロンソのペースを見ても、そこまで速いわけではない。

では、アロンソはどのようにして、その僅かなタイヤとペースの差をコース上でのオーバーテイクに繋げたのか?一連の動きを追ってみよう。
まずチームメイトのストロールをあっさりパスすると、36周目にはオコンに対してターン2の進入でアウトに振り、そしてアントネッリと同じように出口で中央側のラインを取ると、ターン3に向けてオコンより直線的にトラクションをかけ、一気に背後に迫って、トゥを利用してターン4でオーバーテイクした。オコンとはペース差も0.5秒ほどあり、これが成功したのはまだ頷ける。
そして39周目にはリンドブラッドに対して同じ動きを見せるが、レーシングブルズのターン4までの伸びは鋭く、0.1秒差でトゥを利用しても追いつくことができなかった。
そこでアロンソは戦略を変更。翌周のホームストレートでリンドブラッドの後方に迫ると、ターン1の進入でインに飛び込んだ。だが、リンドブラッドもただでは引かない。ターン1でアウトを並走し、ターン2でインを取った。そしてアロンソがクロスラインを仕掛けてくることを読んで、アウトいっぱいに立ち上がらずセンター付近に立ち上がって、ターン3に向けて直線的に加速できるようにした。
だが、アロンソはクロスラインでさらにそのイン(ターン3主体で見ればアウト)へとスイッチバックし、ターン3でアウトから抜き去った。
以前からアロンソは、「このトラックではオーバーテイクには〇〇秒のペース差が必要」とされる中で、それよりも遥かに少ないペース差でオーバーテイクを成功させることが非常に多い。今回も随所で追い抜きの困難さが目立つ中、巨匠アロンソのスーパープレイが光った。
そして最終ラップでのノリスに対するディフェンスも見事だった。
ノリスがヒュルケンベルグを抜いたのは53周目。そこから2周半にわたり、アロンソのディフェンスが炸裂した。
アロンソのターン2の立ち上がりが相変わらず鋭く、これは防御でも機能し、ノリスにとってターン4で仕掛ける隙は無かった。
そしてノリスは、最終コーナーでタイヤをロックアップしながらアタックするが、アロンソはアウト側をキープして、スムーズに立ち上がり8位チェッカーを受けた。ここで不用意にイン側をブロックしてしまうと、アウトから並び掛けられ、直後に付かれた状態で立ち上がって、メルセデスPUのパワーでコントロールラインまでに逆転、というシナリオもあり得ただろう。だが、ブレーキングで突っ込むことができるアウト側を選んだことで、ノリスに並ばれることを防ぎ、相手に苦しいラインを取らせつつ、自身は立ち上がり重視のラインを取ることで、PUのパワー差をポジション逆転につなげないことに成功した。
今回は、攻め側でも守り側でも、アロンソらしい圧倒的な判断力が光った。これほどまでに、状況状況に合わせて最適解を選び続けることができるのは、恐ろしいとしか言いようがない。今回のように他チームと争える状況が生まれると、それが誰の目にも明らかな形となって顕れる。今後はもう少し頻繁に、そして来年以降はフェルスタッペンやアントネッリ、ハミルトンらとのトップ争いでそれが見られるよう、アストンマーティン・ホンダの躍進に期待したい。それはきっとスポーツから芸術の域へと相転移したものになるのだから。
4. 次戦への展望:マリーナベイの闇に潜むチャンス
次戦は、煌びやかな夜景の中で繰り広げられる過酷なナイトレース、シンガポールだ。
直角コーナーが連続する典型的なストリートトラックであり、全開率が低く平均速度も遅い。これは、直線のトップスピードや絶対的なPUパワーで劣るアストンマーティンにとって、今季最も表彰台に近づくことができる最大のチャンスと言えるだろう。ドライバーとしても相性の良いアロンソがトップ4の一角を切り崩すのか、注目したいところだ。
一方、タイトルを争う上位勢の勢力図では、低速コーナーに課題を抱えるマクラーレンにとって我慢の週末になる可能性が高い。
対照的に、メルセデスやフェルスタッペンにとっては、相性の良いトラックかもしれない。
壁一枚のミスも許されないマリーナベイ。雨の予報も出ており、今回以上のカオティックなレースになる可能性も十分考えられる。極限のチャレンジングな環境で力を発揮するのは誰か?今から楽しみである。
インタラクティブグラフ
ご自身の視点でさらにデータを深掘りしたい方向けに、操作可能なグラフを用意した。
このツールでは、**「ペースグラフ」と「ギャップグラフ」**の二種類が利用でき、ボタン操作で見たいドライバーだけを自由に選んで表示できる。
特にラップタイムグラフには、レース状況を理解しやすくするための工夫が施されている。
- 塗りつぶしの点:前が空いている状態(クリアエア)でのラップを示す。
- 白抜きの点:前のマシンの影響下(ダーティエア:前方2秒以内)にあるラップを示す。
この色分けによって、各ドライバーがどのような状況でそのタイムを記録したのかが一目で把握できる。
また、グラフ右上のボタンからは、画像のダウンロードやグラフの拡大・縮小(ズーム)も可能だ。分析の補助として、ぜひご活用いただきたい。
Takumi, ピトゥナ
